第1081話
「どうするどうするどうするどうするどうするどうする………………!!」
うわ言のように、ぶつぶつとそう呟く領主。
ヒジリケンを殺すどころか、ここで出ていかなければ確実に好感度が下がり、出ていったところで単なる時間稼ぎにしかならないという最悪の状況に陥った。
出て行かないのは確実に詰みだ。
しかし、出ていったところで、有用な手札はもう残っていない。
先日のモンスターの騒動以降、組織からの支援もぱったり消えてしまった。
ミッションの失敗以外に、道は残されていないのだ。
しかし、そこに一本の道筋が示される。
「お困りのようだッピな」
頭を抱える領主はゆっくりと顔を上げ、そして目に見えて血相を変えていた。
「ぁ………………ピ、ピクシル………殿」
ピクシル——————ピクシー族長にして、以前ケン達と戦ったエルフの王候補のガージュを殺した張本人。
そして、ケン達が敵対する黒服の組織に属する妖精の1人であった。
より一層流れるように汗が噴き出る。
目の焦点が合わず、常に泳ぎ続けている。
直視した先にいる、ピクシル現実を見ないように、彼がやってきたと言う事実を目の当たりにしないようにはしげるように目を泳がせていた。
しかし、彼に怒りは見えない。
それれどころか、むしろ笑顔であった。
不気味はほどに、曇りのない笑顔を浮かべていたのだ。
だが、
「もう、君のミッションに望みはないッピね。お前はペナルティを受ける事になる。ここまで有利なミッションで、たった1人のガキを相手によくもまぁこれ程までに醜態を晒せたッピね。恥を知れ」
吐かれた言葉はどこまでも苛烈。
領主は、ゆっくりと後ずさる。
しかし、何かにぶつかり、それ以上下がれなかった。
恐る恐る後ろを向くと、
「ィっ、ヒ…………」
大きな影と、目が合った。
そして、それは徐に領主の頭を掴み、何かを首筋に当てる。
何かは領主にはわからない。
だが、これが自分のとっていいものか悪いものかくらいは、理解していた。
すると、途端に領主の呼吸が荒くなる。
全身の血管が、加速する心臓の鼓動を、全身に伝えていた。
「まぁせめて、役にくらい立ってくれッピよ」
「待ってくれ、まだ私はッ——————」
何かが、領主の首筋に流し込まれる。
すると、メキメキと音を立てながら、領主は姿を変えていった。
ピクシルは、それを見てニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。
「さて、なるべく殺すなというのが、上からの命令だが………あの小僧、どこまで対抗出来るッピか?」
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「………………は?」
俺は思わず、そんな声をあげていた。
「どう、したん………ですか?」
何か緊急事態かと、顔を覗き込んでくるG・R。
確かに、緊急事態ではある。
だが、あまりに唐突で、俺も混乱していた。
正直、どう話せばいいのかわからないが、とりあえずありのまま伝える事にしよう。
「ミッションが、クリアになったんだけど………」
突然ウインドウが表示され、クリアの文字が出されたのだ。
「!! それじゃあ好感度が」
「いや、違う」
「?………違う………?」
そう、実はウインドウには、別の表示もされていたのだ。
そのせいで混乱したといってもいい。
その内容は、
「向こうが、続行不能になったって………」
「は——————」
『敵対者が、ミッション続行不能のため、ミッションは成功となりました』
こう表示されたのだ。
G・Rも混乱している。
それはそうだろう。
何せ続行不可能なんてかだごとではない響きだ。
恐らく、自分からのリタイアではない。
となれば、自害…………いや、考えにくいだろう。
諦めの悪さは、今の状況を見ればわかる。
………そういえば、いつの間にか戦闘音が小さくなっていた。
あまり戦闘が起きていない。
敵の連中が、突然大人しくなっていた。
すると、
「おい、聖。どうなってんの」
聞き慣れた声の鉄仮面——————流が、部屋に入ってきた。
「お前再会して一番にそれか」
「しゃーないじゃんか。状況が状況だ。突然衛兵も敵も動きが悪くなって戦いをやめちゃってんだよ」
「ああ、見えてる」
領主が動けなくなったことで、新たにお告げでも下ったのだろうか。
となれば、後はきっちり平定すればいい。
いよいよ、戦いは終わりということだ。
「呆気ない………よな」
「これで………………終わり?」
いきなり仇が消えた事で、G・Rは意気消沈していた。
………やはり、何かがおかしい。
これで終わるわけがない。
自殺をするような奴とは到底思えないのだ。
そう思って、少し考え込んでいると、また別の人物が、部屋に乗り込んで来た。
「終わりじゃないかもしれないよ」
今度はウルクだ。
「終わりじゃないって?」
「チビ神ちゃんがそういってる。妙な魂が、向こう側………領主の本宅に——————」
「!!」
ザワッ、と。
妙な胸騒ぎがした。
落ち着かない気分になり、思わずある方角を見つめる。
それは奇しくも、今まさにウルクが言っていた領主の本宅がある方角であった。
壁があって何も見えない。
しかし、気配は感じる。
その気配は、今まさにこちらに意識を向けていた。
そして、
「っ、来るぞ!!」
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大きな何かが、ギルド前に降って現れた。
近くで戦っていた冒険者たちや、衛兵。
果ては暴れていた領主の私兵達もざわついていた。
「なんだこれ」
徐に近づく私兵の1人。
それは、生物とは思えないほどに、深い黒であった。
奇妙な位置から腕やら足が生えており、眼球も所々に付いている。
正体もわからないまま、大きな何かにそっと触れる。
温度はなんともいえない。
触り心地も、硬いといえば硬く、しかし金属や岩ようにしっかりと硬いわけではない。
この曖昧な感じが、一層その何かを不気味に思わせた。
だが、その男がそれ以上の感想を言うことはなかった。
「?——————れあ」
取り残された胴体は、まるで死んだと思わせないほど自然に立っている。
宙を浮く首も、疑問の表情を浮かべていた。
しかし、それも一瞬。
顔から次第に血の気が引き、接続部から流れる血で水溜りができた頃。
そこら一帯は、一瞬にしてパニックになった。
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「………おい、あれは………」
俺は、その黒い塊に見覚えがあった。
それどころか、俺は一度殺されかけている。
完全にそれとはいえないが、あの人間のなりそこないの容姿は、デバッガーのそれと、酷く似ていた。
ミッションで不正や異常が起きた時にそれを修正し、不正を防ぐために、絶対に勝てないであろう強さを持つデバッガーが現れるには知っている
しかし、このミッションではデバッガーは出ないとコウヤが言っていたのだ。
何かが起きている。
本来のデバッガー程の力ではないにせよ、確実に『ノーム』よりも強い。
今は勝てる気がしない。
ただ、一つを除けば。




