第1060話
街の入口の方が騒々しくなって来た。
どうやら、先遣隊が帰ってきたらしい。
つまり、奴も戻ってきている筈。
「おい領主のボウズ!! 戻ってきたぞォ………お?」
やはりいた。
ネームレスの、あのノームだ。
先遣隊を連れて無事戻ってきてくてたらしい。
どうやら向こうも俺に気がついたようだ。
「よ、久しぶり」
「金髪ボウズじゃねぇかァ! あひひ!! 戻ってきやがったんだな!?」
相変わらずのデカい笑い声と元気の良さに、妙な安心感を覚えた。
性格が豪快になっているので、結構酔っているのだろう。
だが、相変わらず酔っても頭は回っているようで、すぐに真剣な顔になった。
「っと………いけねぇ。テメェには聞きてェことが山程あンだがよォ、それよか今は領主のボウズに言っとかにゃならん事がある」
「………何だ?」
無愛想に返事をする領主。
僅かにだが、やはり少し不機嫌になっているような気がする。
しかし、これはそんな領主にとって、まさに寝耳に水と言える報告であった。
「今すぐに、籠城の準備をしろ。ここはもう保たん。数日やり過ごして、そこの緑髪嬢ちゃんの帰巣でなんとか外に出られるようにしとけ」
「「「!?」」」
ノームのその発言は、あまりにも重かった。
ギルド最強の冒険者が放った、実質的な敗北宣言。
ノームを知らない民衆は別として、その強さをよく知っている冒険者や、領主の兵達の士気は、一瞬にして落ちていった。
「何を馬鹿な………この里を捨てろと!?」
「じゃなきゃ全員死ぬぞォ? 俺はどうにかなるが、少なくとも一般市民は全員食われて終わりだ。それとも、俺の意見は聞けねェってかィ?」
「くっ………」
折れざるを得ない状況。
民衆も、不穏な空気を察し始めている。
『領主に任せていれば安心』
その概念に入った亀裂は、今確実に広がりつつある。
領主が人望を得た原点は、こう言った状況下で、里を救ったと言うたった一つの実績と、畳み掛けるように行った行政の改革。
今里を捨てれば、その二つに大きなダメージを受ける。
しかし、命には変えられない。
自分の命は当然のこと、領民を失えば、当然このクエストはチャラだ。
加えて地位も無くなってしまう。
ここから逃げても、まだ別宅として使っている里がある。
もう、選択肢は一つしかなかった。
「………………………………わかった。今から、領民の避難を行う」
「「「!!!」」」
はっきりと、そう断言した。
民衆の中に、どこか存在していた、自分は安全だと言う思考は、たった今消えてなくなった。
不安の波は、瞬く間に民衆の余裕を呑み込んで行き——————対照的に、俺は笑みを浮かべていった。
さぁ、今だ。
「一つ!! いいか?」
わざとらしく叫びながら、俺はそう宣言した。
縋るものを求めていた民衆の視線が、一気に集まる。
アレを見せつけるには、最高の状況だと、俺は判断した。
ローブのボタンを外し、手をかける。
そして、仰々しくそれを脱いだ時——————民衆から、悲鳴が上がった。
「!! ボウズ………テメェそいつは………」
間近にいたノームは、真っ先に異様な俺の姿を見て、そう言った。
ローブの下にある、今の俺の姿は、誰がどう見ても普通ではなかった。
それはまさに、“異形” であった。
全身から首元までくっきり浮き出た血管。
蠢く魔力は、その血管の中から微かな光を放ち、一層俺を化け物じみた容姿に仕立てている。
これは、限界を超えた姿。
人が許容する魔力の限界を超えた量の魔力を身に宿し、今にもはち切れそうになっているのだ。
いつ気を失ってもおかしくない痛みが、絶えず襲い続けている。
しかし、それと引き換えに、俺は膨大な魔力を一時的に身につけた。
「貰いもんの魔力だが、これで “ある魔法” が使える。そいつがあれば、多分全部解決する」
「………フン。にわかには信じがたいな。そのノームですら匙を投げるような敵を相手に、少し魔力を多く宿したDランク冒険者が一体どう出来る?」
「ところが、出来ちまうんだなァ。これが………っと、お出ましか」
街の入り口に、強い魔力を持った集団が近づいてくるのが分かる。
そう、モンスターだ。
注目の視線が強まる。
民衆も、今迫っているモンスターが、ここら一帯で現れるそれとは比べ物にならない事に気がつき始めている。
期待以上に溢れる不安が、空気を澱ませていた。
「流石に足が速ェな。人の足なら何時間もかかる道を1時間かからずにやってくるか。んじゃ、」
だから、今必要なのは、明確な希望。
勝ちのイメージ。
溜まっている魔力を神の知恵と共に、一気に——————
「始めようか」
——————解放
「ッッ………………!!?」
膨大な魔力が、一気に解放され、一瞬みんなの顔が強張った。
同様に、G・Rやノームも驚いた顔をしているが、こいつらには今から存分に動いてもらう。
そうだ。
領主のいう通り、俺ではダメだ。
だから、今回の主役も別にいる。
「G・R、ノームのおっさん」
俺は、その今回の主役になり得る人物に声をかけた。
この2人なら、申し分ない。
ネームレスであることを差し引いてもあまりあるその実力。
この2人なら、あの魔法を効果的に使える。
「これから2人に魔法をかける。情けない話、今の俺のよりアンタらが戦った方が効果的だ。でも、多分問題はない。アンタらなら、一瞬で終わらせられる。だから、どうか信じてくれ」
2人とも一瞬思案するが、すぐに頷いてくれた。
ありがたい、が、礼は後で存分に言うとしよう。
もう時間が惜しい。
俺はすぐに2人を並べて、背中に手を当てた。
神の知恵の制限時間は3分。
通常、この制限通りに使うと、外界にいた頃よりも効果が弱い。
しかし、使用時間を3分の1に縮めて、能力を凝縮する事で、ようやく普段通りの神の知恵と同じレベルになる。
それを、さらに倍濃縮する事で、俺はいくつかの魔法の行使が可能となる。
その一つは、複合魔法の “三重の” 重ね掛けだ。
「いくぞ」
「おう」
「はい」
2人とも、覚悟を決めたようだ。
一つの魔法に、無理矢理同じ魔法を2つねじ込む。
術式は大いに狂い、情報量は膨大すぎるほどのものになる。
それを的確に、しかし素早く組み立てる必要がある。
およそ、人には不可能と言える技術。
しかし、能力を集中させ、一時のものとはいえ限界を超えた神の知恵は、その不可能を可能に変えた。
「クインテットブースト——————トリプル」
「!!」
至高と呼ばれる、詠唱魔法一級。
その天井を破った複合を、さらに突破した、究極の詠唱魔法。
神の知恵の限界を来れた強化魔法の放つそのオーラは、本来の『白』ではなく、禍々しささえ覚えるほど暗い、漆黒であった。
「うお!? なんだこいつァ!?」
「これは………………一級………いや、それ以上の!?」
あのG・Rですら、素直に驚いていた。
だが、驚くのはまだ速い。
その身を動かして、ようやくこの魔法の真価はわかる。




