第1056話
撤退については、ノームも考えていた。
しかし、状況を鑑みれば、それは極めて困難であった。
自分以外にとって、敵は圧倒的な格上。
逃げるどころか、よそ見がもう命取り。
背中を見せた日には死が待っている。
わかりきった事だ。
だが、次にG・Rが放った一言で、ノームの考えは一転した。
「“帰巣”………知って………ますか?」
「!!………姉ちゃん、まさかあのスキルを持ってンのかイ!?」
返事はYES。
となれば、話は変わってくる。
迎え撃つという策はどこへやら、ノームはすぐに冒険者達に指示を出した。
「お前ら一箇所に集まれ!! どこでも良いから隣の奴に触れてろ!! 全員つながるようにな! わかったらぐずぐずすんなよォ!!」
ノームに急かされ、混乱しつつも慌てて集まる冒険者たち。
しかし、当のノームは動く気配がなかった。
武器を構えて、今にも飛び出そうとしている。
「あなたは………」
「姉ちゃんよォ、俺ァ援軍にくる連中に知らせなきゃならねぇから自力で帰る。心配すんな。少なくとも俺は死なんよ。こいつがあればな」
腰に下げた瓢箪とコツンと叩くノーム。
彼もまた、“仮面上戸” というレアスキルの持ち主。
Bランクの敵を無傷で倒したあたり、実力は折り紙付きだ。
自信満々の笑みを見たG・Rは、どこか安心したように笑って、踵を返した。
「………お願い………します!!」
「そっちこそなァ………」
G・Rは小さく頷いて、冒険者達の方へ走り出した。
そして、
「手を!!」
「お、おう………!」
差し出された手を掴み、即能力を発動。
1秒と立つ事なく、その場にいた大勢の冒険者は、影も形も無くなった。
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「っ、ぉ………ぁ………………ここ、は………」
四方の緑はいつの間にか視界から消え、現れたのは見慣れた街並み。
冒険者達は、皆困惑していた。
そう、移動した先はカイトの入り口。
いつ迎え撃っても良いように、G・Rはわざわざ此処に飛ばしたのだ。
「あそこにいるよりも、今はしっかりと兵力を整えて戦うべきだと思って、ここに移動して貰い………ました。勝手で申し訳ない………ですけど」
返事はない。
ただ沈黙と、どこか安心したような表情は、答えを示しているように思えた。
すると、その中で1人の冒険者が口を開いた。
「いや………誰だか知らないが感謝する。正直、あんなの俺たちだけじゃ足止めにもならねぇ。アンタがいなけりゃ俺たちは………」
その冒険者は、タラタラと汗を流し、青ざめた様子でポツポツとそう語った。
一騒動あると覚悟していたG・Rだったが、この反応を見るに文句はないと理解した。
そして、納得したと判断して続きを話し始めた。
「とにかく、今はここで少しでも戦う準備が出来るように………しましょう。丁度、領主様の兵も来ているみたい………ですし」
里の入り口には、隊列を組んで森の入ろうとしていた領主の持ち駒達がいた。
当然、彼らも突然現れたG・R達に対して少なからず動揺している様子であった。
しかし、お陰で動きを止めてくれた。
少し遅かったのか、既に出発してしまっている部隊もあったのだ。
戦力を整えるためにも、これ以上動かれるわけにはいかなかった。
「えっと………確か………」
冒険者達の元から離れ、目標となる人物を探すG・R。
危機とも言えるこの状況だが、しかし別側面から見ればこれは好機とも言える状況であった。
ここで群れを倒し、力を示せば、民からの信頼はより強固なものとなる。
アピールのためにも、目立つ必要がある。
そして、その考えの通り、やはり彼は民衆の前で点数稼ぎに及んでいる様子であった。
「カイトは磐石である!! この数年、私は何もしなかったわけではない。民がこの白紙化した世界に於いても安心して過ごせるように、我々は基盤を整えていた。そして今、それが役に立つ時が来たのだ!」
大勢の屈強の兵に囲まれ、領主は演説をする。
わざとらしく組まれた隊列も、“エンターテイメント” だったと言うわけだ。
だが、効果は絶大。
人々の目に浮かぶ憧憬と期待。
今までになかった人望というものが、確かに根付いてきている。
「信じられない者もいるだろう。確かに私は領主だ。権力者だ。しかし、権力にあぐらをかき、ただ椅子で踏ん反り返るだけの無能ではない! 命をとして戦う覚悟を持っている。それを、ここで今一度証明して見せよう!!」
「っ………」
先程やってきた冒険者も思わず見入っている中、たった1人、G・Rだけ眉を顰めていた。
かつてその元にいただけに見えてくる嘘。
ただただ不快そうに、それを眺めていた。
「私は守る!! 私は誰も——————」
一度落ち着いて深呼吸をする。
ざわつくのは、どうしても思い出してしまうから。
そう。
彼女は元部下。
とある理由があって去った者。
追われている以上、生半可な理由ではない。
それが忌まわしいものであれば尚のこと。
このざわつきは、要はそう言うことなのだ。
頭にチラつく過去に、心が掻き乱されている。
内側で暴れる何かは、声となって外に出ようとしていた。
それでも叫びたい衝動をグッと抑え、G・Rは演説を我慢して聞いた。
しかし——————その我慢は、たった一言によって最も簡単に崩れ去った。
「——————誰1人、見捨てない!!」
「——————」
——————何日も、喉元に何かが引っかかっていた。
でも、それを吐き出せば、無茶苦茶になって、苦労が無駄になるような気がしたから、私は耐えていた——————
引っかかっていたのは、ずっと叫びたかった本音。
理性はそこに蓋をし、叫ばないよう抑えていた。
今、崩れたのは、蓋であった。
吐いた息は、本音を掬い、蓋のなくなった道を一切つっかえることなく通り過ぎ、そして、
「どの——————」
「どの口で、そんな大ボラ吹いてんだ!!」
その言葉を耳にし、すんでのところで止まった。
突然飛んだ怒号に驚いたのは、G・Rだけではなかった。
故に、注目は一時領主から離れ、その声の主へ向いた。
あらゆる方向から向けられる矢印。
そこには当然、G・Rからの矢印もあった。
視界にとらえる。
男だ。
英雄扱いされている領主に向かって、そんな命知らずな言葉を吐いた人物を見たG・Rは、
「………………だれ?」
と、呟いた。




