15 忍法と
本日二話目となります。
誤字を修正しました。申し訳ありませんでした。
自らの技能の準備を目を輝かせながら待っている人間を見て、クーガの笑みは更に強まった。
相手は、強い。自分の切り札を、楽しそうに待っているのがその一つの証拠だ。この人間にとって自分程度が使う秘伝や奥の手など如何とでもできると考えているからに違いない。そうクーガは考えていた。
いくら心を冷静に保とうとしても、自らを流れる獣の血がそうさせない。強敵を見つけ、心の底から抑えようのない歓喜があふれてくる。
十傑になり、一つの牙になり、久しく忘れていた自分より上位のものとの戦いに、クーガの期待は高まるばかりだった。
自分のすべてをぶつけ、それでも勝てるか負けるかで言えば、負けが強い。そんな戦いの予感に、印を結ぶ手が否が応にも早まった。
そして、発動する。
「影分身」
クーガの体が、闇に包まれた。
闇に包まれたクーガから、闇が離れていく。
そして、その離れていった闇がクーガの形をとる。
最終的に残ったのは、光を飲み込む漆黒の人影が、一〇。
元のクーガすら色が変わってしまっていた。どれが元のクーガなのかは見た目では判断できないであろうが。
「どうだ、驚いたか?」
すべてのクーガが同時に口を動かす。が、言葉はまるで一人のみが発したように響いた。しかし、どのクーガから聞こえているのかとロリンが耳を澄ませば、すべてから聞こえているように感じられた。
不思議な体験だった。
「うん」
その不思議な声に、ロリンは素直に答えた。実際は、驚いたというより興奮しているというほうが強いのだが。
ロリンの返答に、クーガたちは満足げにうなずくと、懐から漆黒の小太刀を取り出し、ロリンを円を描くように囲んだ。
「では、魔力の消費が激しいのでな、いかせてもらうぞ!」
そう叫ぶと、一〇人の影のクーガが一斉にロリンに襲い掛かった。
「ツインスラッシュ!」
最初にロリンにたどり着いたクーガが、ばつの字を描くように二刀を振るう。
それをロリンはしゃがんで潜り抜け、股から胸にかけて漆黒のダガーで切り裂いた。
切り裂かれたクーガは夜の闇に溶けて消えた。一人。
間髪をいれずに背後からクーガが迫る。
「幻影剣!」
つい先ほどひやりとさせられた一撃を、振り返りながら腕を切り落とすことにより対処する。そしてそのまま首を刎ね、刎ねられたクーガが消える。二人
やはり一呼吸をおく暇も与えずに、今度は左右同時に襲い掛かってくるクーガ。
「四連突き!」
「四連斬り!」
四連続で上下下上と襲い掛かる斬撃を己の得物で以っていなし、四連続で放たれる神速の突きを三回かわし、最後の一撃を懐にもぐりこみながらよける。
そのまま一度右手のダガーを手放し、突きを放ち前に出されたままの腕を持って四連斬りを放ったクーガの胸を刺させ、左手のダガーを以って残った片方の腹を抉る。四人。
二人のクーガが消滅した瞬間、消えたクーガの背後から投擲された小太刀が姿を現す。
とっさの判断で左手のダガーも手放し、スキル矢返しにより投擲したクーガの胸に返す。六人。
矢返しは矢以外の飛び道具にも発動する。素手であり、二本までなら。
時間差で迫ってきた三本目の小太刀を首をひねるだけでかわし、肉薄してきた一人の斬撃をしゃがんでよけながら、ダガーを二本地面につく前に取り直す。
しゃがんだまま肉薄してきた一人の足を切り、背後に回り首を落とす。七人。
小太刀を投げたクーガが一本の得物のみをもって飛び掛り、技能を使う前に上半身と下半身を別けられる。八人。
直後、八人目の消え行く体の背後に隠れていた一人がロリンとの距離をゼロにする。
刃物が届かぬほど肉薄し、ロリンの服に触れようとしたところで頭突きが見舞われ、首を刎ねられる。九人。
その瞬間、樹上から一〇人目のクーガがロリンめがけ飛び降りてきた。
「千首一閃ッ!」
裂帛の気合と共に放たれた渾身の双撃が、千に別れる。
ユームも必殺の一撃として使用したその技能が、ロリンに迫る。
千の必殺が、タイミングを変え動きを変え、一撃一撃が意思を持つようにロリンの肌に突き立たんとし、その前にロリンの投擲した純白のダガーがクーガの胸に突き刺さった。
純白の刃は心の臓腑を食い破り、一〇人目のクーガの動きを止めた。
そして、最後の分身のクーガが夜の闇に溶ける。
十一人目の本物のクーガは、得物を一つ手放したロリンの影から音もなく湧き出た。
そして――
「手加減!」
バク宙をしたロリンのサマーソルトキックを受け意識を飛ばした。
遠くに響く叫び声を聞いて、シャロは目を覚ました。
昼寝でボーっとする頭を振り、意識をはっきりとさせる。
そして気づく。
「お父さん?お姉ちゃん?」
誰もいないことに。
夜の闇が、彼女を不安にさせる。
遠くに聞こえる喧騒が、彼女のその怯えを増させる。
このまま家で待つべきか、それとも二人の帰りを待つべきか、彼女は迷った。
だが彼女の不安は、家にいることを許さなかった。
「おとうさーん!ロリンおねえちゃーん!」
シャロは家を飛び出し、信頼する二人の名前を呼びながら、音がするほうへと向かった。
夜の森を進むこと自体は怖くないシャロだったが、その日は虫も鳥も声を潜めていて、不気味だった。聞こえるのは、声ともつかぬ音だけ。
近づくに連れて、その音は段々聞き取れる声に変わった。
それは、怒りと苦痛の声。
シャロの足が止まる。
この先には行ってはいけないと本能が叫んでいた。
しかし帰ったとして、二人はいない。
結果シャロは近くの木の根元に、膝を抱えて座り込んだ。
「みんな、どこ行ったの?」
不安と恐怖に押しつぶされ、涙があふれそうになった。
そのとき。
「おーい!シャロー!」
聞きたかった声が聞こえた。
それは、父の声。
「お父さん!」
シャロは立ち上がってあたりを見渡した。
「シャロー!どこだー!」
「お父さん!ここだよー!」
声を上げながら父を探すシャロ。
少しして、見つけた。
心配そうな顔で自分のことを探す父の姿を。
「お父さん!」
「シャロ!」
走り、父に飛びつく。
その表情は、先ほどとは真逆の笑顔。
「お父さんどこ行ってたの!」
「ちょっと、な。すまん」
「もう!」
怒ったようなことを言いながらも、笑顔を絶やさないシャロ。
父は苦笑いしながら頭をかいた。
抱きついたまま父の匂いを堪能して、首をかしげた。
「お父さんどこにいってたの?」
「だから、ちょっとな」
「大丈夫?色んな血の匂いがするよ?」
それは、いつもの父とは違う匂い。
たくさんの獣人の血の匂い。
父は、抱きつくシャロを一度離し、肩に両手を置いて笑って言った。
「そりゃあ、たくさん殺したからな」
狐は、笑った。
一日一話ペースを守りたいんですが、ちょっと想定以上に里での戦いが長引いてしまっているので、明日も二話投稿したいと思います。閑話ははさみません。
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