6:終幕──続行
異形の獣が、氷と雪で作られた結晶に閉じ込められた。
中心であるその場では解らないが、外から眺めはとても凄まじい。
氷雪の宮殿。屋敷を中から食い破るように出現した城は、中に恐ろしい魔物を抱え込んでいながらも、研ぎ澄まされたように美しかった。
雪の女王の物語にて、少女が最後に辿りついた、題名の雪の女王が住まう氷雪の宮殿。
ルイベルはその城を魔術によって現実に再現を為し、巨大な魔物の体を氷雪の宮殿で閉じ込めたのである。
「そ、そんな……」
氷雪の宮殿から発せられる冷たい風に曝されながら、消沈したビアンカがその場にへたり込む。
「こいつは返してもらうぞ」
「あっ……」
いつの間にか近づいていたルイベルが自分の本が納められた収納用の魔導書を拾い上げ、そのまま銃口をビアンカのこめかみに突きつけた。
「まだやるつもりなら、このまま引き金を引くがどうする?」
「あの子が私の一番強い魔物です。これ以上、私に抵抗する手段はありません」
項垂れるビアンカに傷ましい視線をステラは向けながら、剣を納めてルイベルに訊ねる。
「これからどうする?」
「どうもこうもねぇ。全部あらいざらい警察に話して、それで終わりだ」
そう言いながら、ルイベルは銃を懐のホルスターに納める。
ルイベル達が生き残っている限り、今回の件をもみ消すことは難しいだろう。
内乱を納める際、ルイベル達は各方面と繋がりを持つことになった。
それは現在でも維持しており、ルイベルが前もって、両家のことを調べたのもの、そのコネによるものである。
ここまでのことを引き起こしたバルハウス家の責任問題は重大だが、彼女をここまでさせる様に追い詰めたカーフェン家も危うい。
名誉と富を手にした両家とも、衰退の二文字は避けられないだろう。
しかし、そんなことはルイベルには関係ない。
もう、この場に用はない。
そう考えたルイベルが、ステラを連れて立ち去ろうかと思った矢先だった。
「これはいったい」
若い男がこの場に現われた。急いで来たのか、身なりが所々ボロボロである。
「ヨハン?」
彼の姿を見て、そう言ったのはへたり込んでいたビアンカであった。
ヨハンと呼ばれた男は、彼女に気づくと、驚き、焦燥の色を貌に宿す。
「ビアンカ? まさか、本当に君は、父さんを」
「そのつもりだったけど、この人たちに止められたわ」
「てめぇは、そこで寝ている奴の息子か?」
そのやり取りを眺めていたルイベルが、ヨハンに向かってそう訊ねた。
「ああ、そうだ。僕の名はヨハン・カーフェン。彼女を止めてくれてありがとう」
「そこは父親を助けてくれて、じゃねぇのか?」
「それは……」
複雑そうにヨハンは視線を彷徨わせる。
その様子を見たルイベルが、あることに勘付いた。
「てめぇ、此方側の協力者だな?」
「!? ああ、その通りだ」
「此方側?」
そうやって首を傾げるステラへと、仕方のなさそうにルイベルが説明した。
「この女が言っていただろ? 同じ思想を持つ人と手を組んだ。
これだとカーフェン側にも、イザコザを終わらせる協力者がいても不思議じゃねぇよ。
もっとも、それが当主の息子とは俺も思わなかったがな」
そして彼等の関係は協力者以外にもあると、二人の様子から見て取れた。
ビアンカはゆっくりと自分に近づくヨハンを、申し訳なさそうな瞳で見つめる。
「ごめんなさい、ヨハン。一人で先走った結果で事態を悪化させてしまったわ」
「いや、君をここまで駆り立てたのは僕の責任だよ」
「いいえ、ヨハン。貴方は何も悪くないわ。見たところ、お父さんのお叱りを受けて何処かに閉じ込められていたのでしょう? 服、酷く汚れているわ」
「……ああ。父が地下の牢にね。騒ぎに乗じて抜け出せたが、間に合わなかったようだ。
不甲斐ない僕を許してほしい」
「貴方が無事なら、それでいいわ」
「ビアンカ……」
「ヨハン……」
熱が籠った瞳で、見つめ合う二人。
「ふはぁ……。で、その三文芝居はまだ続けんのか?」
それを、ルイベルが欠伸をして茶々を入れ、ステラも咎めるような瞳を彼に向ける。
「ちょっと、ルイベル。少しは空気読もうよ」
「読んだから、溜息出たんだろが。コイツら、家同士の仲悪いのにできてんだろ?」
聞く人が聞けば浪漫に溢れる関係だが、読書家で偏屈なルイベルにとってはよく目にする人間関係だ。
「在り来り過ぎなんだから、溜息の一つや二つ出してもいいだろう」
「そんなことを思っていても、表に出したら駄目なんだよ……」
「知るか」
ルイベルは明後日の方向を向く。それを見たステラは呆れて項垂れた。
「もぅ……。で、お二人はどうなさるつもりですか?」
代わりに対応するように、ステラがビアンカとヨハンに視線を向ける。
「ルイベルはこんなんですけど、私も彼同様、今回の件を蔑ろにするつもりはありません」
「おい、こんなのってなんだよ」
「そこ突っ込まない。で、どうするのですか?」
「どうも何も、なる様にしかなりません」
ビアンカは肩を落として、首を横に振った。
だが、今更彼女たちにできることが少ないのは事実だろう。
ビアンカの言葉通り、この先はなる様にしかならない。
「本当に、どうしてこうなったの……」
肩を落としたビアンカの瞳から涙が零れた。
「家同士の争いを無くすために頑張って、ヨハンと出逢って、でも、お父様とお母様が死んで、それでも頑張って。やはり、他人を利用するというので罰が下ったのかしら」
「罰なら僕も受けよう。君だけには背負わせないよ」
「ヨハン……。ああ、叶うならば死んでもう一度貴方とやり直したいわ」
「そうだね。僕も、そう思うよ」
それは何気ない、ただの現実逃避で出した言葉にすぎない。
「く──」
だが、その言葉はルイベルの感性を刺激した。
「く、くはははははは」
「ルイベル?」
異常に気づいたがステラが怪訝そうにルイベルの様子を窺うが、彼は構わず笑い続ける。
「くははははは! 家同士に因縁がある恋人同士が、死んでやり直すねぇ! これはちょっと出来過ぎじゃねぇかぁ!」
「おい。確かに僕等は君たちに迷惑をかけたが、これ以上の愚弄は止めてもらおう」
ビアンカを抱き寄せながら、果敢な眼差しをヨハンがまだ笑うルイベルに向ける。
だが、ルイベルは曇った笑いを続けながら、首を大袈裟に横に振るった。
「あぁ、わりぃな。けど、これは別にてめぇらを馬鹿にして笑ったんじゃねぇ……」
「…………」
「だが、気にしたのなら、ちょっとした詫びをしてやるよ」
そうやってルイベルは笑いを堪えながら、回収した魔導書から、とある本を取り出した。
『再現
Reproduktionk──』
ルイベルが新たに出した本で《書典再現魔術》を発動すると、彼の手には液体が入った小瓶があった。
「ほらよ」
ルイベルはそうやって手に持った小瓶を、ヨハンに投げ渡す。
反射的に受け取ったヨハンは、妖しそうに小瓶を眺めてからルイベルに視線を戻す。
「これは?」
「毒薬だ。眠ったように死ねるぜ」
『!?』
その場にいたルイベル以外が絶句した。
死んでやり直したいと言ったが、それで毒薬を渡すことを、誰もが正気を疑った。
そして、ルイベルは舞台を演出する作家の如く、二人に語りかける。
「覚悟があるなら、決めろ。そうすれば、違う物語が始められるぞ?」
→
昼下がりの公園。
ルイベルは設置されているベンチに腰を落として、新聞を読んでいた。
「カーフェン家。バルハウス家。両家が繰り広げた争い。ヘルマン・カーフェンによる暗躍。バルハウス家当主ビアンカ並びにカーフェン家次期当主ヨハンは謎の死去……。
何だか具体的な事が抜けてる文面だね」
「少しでも体裁を取り繕う為に、ぼかしてるから当たり前だろ。ていうかちけえぞ」
いつの間にか隣に座っていたステラが肩の触れ合う距離まで詰めてきたので、ルイベルは面倒そうに距離を開けた。
「あっ! まだ読んでたのに……」
「知るか。自分で買って読め」
むくれた顔をするステラを無視して、ルイベルは新聞の続きを読む。
ルイベルたちはカーフェン家の屋敷での出来事を、内乱収束時に知り合った政府の人間に知らせ、後の事故処理はその人間に任せた。
ルイベル達のできることは戦うこと。それ以外は専門家に任せるのが利口である。
新聞の内容には、ルイベル達が知らなかった事実も記されているが、二つの両家が今後どうなることは書かれてなかった。
だが、これからどうなろうがルイベルには興味がない。
彼にとって、あの一件は既に終わったこと。
新聞は自分達のことが書いてないか確認する為に読んだのだ。
内乱終結に比べれば小さなこととはいえ、自分の知名度を上げるとことをルイベルは心良く思っていない。それは今回のように目をつけられる原因になるからだ。
面倒事はしたくない。人間、誰だってそう考える。
「ビアンカさんとヨハンさん、今頃、どうしてるかな」
しばらく黙っていたステラが、妙なことを口にした。
新聞で二人は死去したことになっている。後で訪れた警察も二人の死体を確認した。
「知るか」
素気なく、ルイベルが答える。
もはや彼にとって、二人の事も終わった事だ。
二人はルイベルの魔術によって死んだようなものである。
──否、死んだことになったのだ。
ルイベルがあの時、魔術によって再現したのは物語の断片。
それは、ウィリアム・シェイクスピアが描いた『ロミオとジュリエット』に登場するある毒薬だ。
その毒薬は『死んだように眠る』魔法の薬である。
物語でロミオとジュリエットはその薬によって生まれた擦れ違いより悲劇を彩ったが、今回のヨハンとビアンカは二人で飲み、二人共死の体になった。
そして、二人の死体は人知れぬ外国に運ばれることになる。
目覚めた彼等がどんな道を歩むか、それはルイベルの知ることはできない物語。
ならば、自分が知る結末は、二人は死んでやり直しをしたところで締めくくろう。
それが、後味の良い話なのだから。
「ほんと、捻くれてるね」
ステラがくすりと笑う。
「何がだ」
「二人に同情して、体も外国に運ぶ手筈も態々してあげたのに、その態度。捻くれてる」
「俺は慣れ親しんだ物語に似た事態を、自分好みに演出しただけだ。同情なんてしてねぇ」
「だから、捻くれてるの。いや、照れてる?」
「その頭、ぶち抜くぞ?」
「眼が本気!」
そうやってステラが身を引いたが、しばらくするとまたルイベルに寄って来た。
いつも以上に大人しい様子に、ルイベルも内心怪訝に思う。
「言い遅れたけど、ごめんね。今回のこと」
「何がだ?」
「だって、ルイベルはビアンカさんを疑ってたのに、あの人の依頼を受けたのは私がいたからだよね?」
「…………」
「私一人でも依頼を受けようとしたから、ルイベルは着いて来てくれた。
本当にごめんなさい。あの時も……」
「あの時?」
意味が分からくなったルイベルは眉間に皺をつくって隣の少女に顔を向けた。
ステラは、何故か消沈した顔で項垂れている。
そのまま、黙っているのかとルイベルが思った矢先、ステラの口が開かれた。
「内乱が起こった時、私達は行動した。自分達か火に向かっていくような無茶をした」
お人よしの性格だったのだろう。
そんな人間が多く集まった為、自分達から面倒なことを進んでした。
「でも、ルイベルは面倒事を避けたかった。けど、ついて来てくれてた」
文句を言いながらも、彼は最後まで共に過ごした。
喧嘩をしたり、擦れ違いもあったが、自分達は目的の為に進んだ。
全ては、もう一度、学校での日々を取り戻す為に。
しかし、それはもう失った願いだった。
「一緒に七英傑になんて呼ばれて、それで卒業させられた。私達と一緒じゃなかったら、ルイベルはまだ学生でいられたのに」
「ああ、そうかもしれないなぁ」
ルイベルは肯定した。
そして、続けて、言葉を繋げる。
「けどよ。あの時、お前らと一緒に歩けなければ、お前らの友達と胸張れねぇだろ」
「え……」
「俺は別に学生になりたかったから、学園に行きたかったわけじゃねぇ」
親には興味本位でと言った。
本心は、よく描かれる青春の物語に、自分も踏み入れたから。
己の母がよく語り、学校に行けぬ者達に開いた学校へと、その景色を目にしたかった。
そして、期待以上のものが見れた。
描いていた青春は、求めもしなかった英雄譚に塗り変わったが、それでも、確かに残ったものが存在する。
「……欲しかったものは手にした。あの学園でお前たちと出会えた。
学園生活はたったの一年だったが、お前らと出会えなとなら後悔はない」
「ルイベル……」
それを聞いたステラは驚き、次に顔を綻ばせる。
泣きそうな、嬉しそうな、眩しい表情。
それを見たルイベルは視線を逸らし、話題を変えた。
「とういか。もしかして、俺の事を気にしてお前は騎士団のスカウトを断ったり、最近よく付き纏っているのか?」
「え? ……、騎士団の件は未熟者だと思ったから断って、ルイベルのことは友達だから一緒にいたいなって思っただけなんだけど、迷惑だった?」
「うざいとは思ったが、別に迷惑までとは思ってねぇ」
それを聞いたステラはぱぁと明るくなると、急に立ち上がった。
「じゃあ、この前言っていたドラゴン退治行こう!」
「待て、何でそうなる?」
「え? 迷惑じゃないって言ったよね?」
「それとこれとは話が別だ。俺は本を読みたいんだよ。本を読ませろ、本を!」
「本なんて何時でも読めるでしょ?」
「読めねぇよ! こんなこと毎回してるから、どんどん積み本が溜まるんだよ!」
「もう、男の子が言った言葉を撤回するのはカッコ悪いよ。ほら、行こう!」
少女の強引な手に引っ張られ、少年は無理矢理立ち上がらされた。
少年は、歎息し、諦め、自分の脚でも歩き出す。
其れは英傑と呼ばれた、少年少女の後日譚。
彼等の伝説は、既に終わった。
だが、彼等の物語は、まだまだ続く。
とりあえず、ここまでが書いた分。
ある賞に応募したのですが、このまま御蔵行きになるのは悲しいので、投稿しました。
なお、ステラは私の看板娘的な存在で、ピクシブに絵があります。
短いですが、ここまで読んでくれた人に感謝を。
この作品で貴方が少しでも心に、少しでも良いものが芽生えるものがあればうれしいです。