ミア
少女は気を失っていた。俺がこの子をキャッチした時だろうか、それとも最初から意識が無かったのかその辺はよく分からない。けどまあついさっきまで絶叫していたしキャッチしたときに気絶したんだろう。
歳は……中学生? それにしては子どもっぽい? 外見は顔を見た感じ幼く見える。身長も俺の肩より下くらいなのでその幼さに拍車がかかっていると言えよう。
ここまではどこにでもいそうな、いやどこにでもいなそうな最上級の美少女(独断と偏見)なのだが、それ以上にこの美少女を異質たらしめているポイントが一つ。
ピンク! 髪の毛ピンクってどういうことだよ!
アニメやマンガではよく髪の毛のピンクな女の子はよく目にするからか特に意識はしていなかったが、実際に実写で見てみるとものすごい違和感がある。自毛なのかこれ?
気付けば俺はこの子の髪の毛が本物か確かめるために、腰までなんの癖もなく伸びるスーパーストレートなそれに手を掛けていた。
うっはぁ……さらっさらだよ。髪の毛ってこんなにするすると手から滑るものだっけ。
俺が一人女の子の髪の毛に夢中になっていると、
「――ん」
お、今なんか言ったな。目が覚めたのか。
俺が女の子を覗き込むと、ゆっくりとその大きなくりくりとした目を開けた。女の子の瞳は、透き通るような青だった。
「気が付いたか。おい、大丈夫か? 全く一時はどうなることかと思ったけど。大変だったんだからな、君をキャッチするの」
小さな愚痴を漏らしつつ、続いてどうして空から降ってきたのかと尋ねたのだが、女の子はなんというか心ここにあらずといった感じで。
「……」
俺の言葉はちゃんとこの子に通じているのか不安になる。でも視線は俺から外す様子もないし……あの、そんなにこっち見ないでください。照れます。
あ、もしかしたら日本語が分からないのかな。それなら何も喋らないのも説明がつく。でもそうだとしたらどうやってコミュニケーションを取ろうか。
無い知恵をどうにか振り絞って思考を巡らせる。
ダメでした。何も思いつきません。
女の子は依然俺を凝視してくる。もうギブ。ギブアップ。目で殺すとはこのことか。違う。
そうして俺が両手を上げて降参のポーズをした時だった。
「お――」
ん? 今喋ったよな? 何? なんだって? もう一回頼む!
耳をそばだてる。
「――お前が私を受け止めてくれたのか」
ようやく女の子が口を開いてくれた。とりあえず日本語を喋ってくれたので一安心。
ていうか俺、お前呼ばわりされたよな。こんなかわいらしい女の子が「お前」だなんてはしたない言葉、おじさん使って欲しくなかったよ。
「あ……あぁそうだ! 空から降ってきた君をキャッチしたんだ! やっとまともに喋ってくれた。てっきり日本語が分からないのかと思ってたよ」
女の子は手を開いたり閉じたり、自分がまだ生きているのだということを確認していた。
「ほう、てっきり死んだものかと思っていたが……うむ、素直に感謝するとしよう。ありがとう」
感謝されているらしいが女の子はほとんど無表情だった。
「いやいや、感謝だなんてそんな。俺は当然のことをしたまでで――」
「で、お前は俗に言うところの変態というやつなのか」
いやだからそんな褒めるなって。褒めたって俺からは何も出てこないぞこいつぅ。
いくら無表情でもこんなかわいい女の子に感謝されて浮かれない男などいない。
俺は鼻の下を伸ばし、気持ちの悪い笑顔を浮かべていたところでふと我に返った。俺は今何と言われた?
「……なんて?」
「だから、お前は変態なのかと聞いているのじゃ」
「……違いますけど」
真顔で対応。
「じゃあこの手はなんじゃ」
そう言われて自分の手に目をやると。
あぁ、髪の毛……。俺はこの子の髪の毛にここぞとばかりにわさわさと触り続けていたのか。そう、こうやって会話をしている今も女の子の頭頂部から髪の毛の先端にかけて手ぐし無限ループを行なっている。これでは変態呼ばわりされても何もおかしくないし、何も言えない。
「い、いやこれは……その……」
「なんじゃ」
しどろもどろになる俺をジト目で見てくる女の子。なんとかして誤解を解かなければいつ叫ばれるか分かったものではない。あ、でも今夢だから関係ないか。
「だから……えぇと……」
「だから、なんじゃ」
「……ピンク……ピンク! そうそのピンク色の髪の毛が余りにも美しくてさ、つい……」
そうだ! 俺は本当にそう思ったんだ! 最初からそう言えば誤解されるようなことは無かったのに。
何もうしろめたい気持ちなどない。ただ単にピンクの髪の毛が珍しくて、触ったらすべすべで……。ちゃんとそう言えばいいものを声に出して言うことの出来ないのが俺なわけで。
「ふむ……私の髪の毛が美しくて、か」
「そうなんだよ! いやぁ最高の髪の毛だよこれは! 髪の毛マイスターの俺が言うんだから間違いない!」
思わず適当なことを言ってしまった。
「髪の毛マイスターとはなんじゃ」
「すいません、適当なこと言いました」
案の定ツッコまれた。
「でもまぁ、変態から言われるにしても褒められるのは悪い気がしないな」
女の子はまんざらでもない様子で手を顎に当てる。というか頑張って弁明したのに変態容疑が晴れてない。
ここでいつまでも変態、変態じゃないで争っていては話が何も進まない。もう折れよう。とりあえず俺は変態だということで話を進めることにする。この子、喋らなければ完璧な美少女なのにもったいない。喋る前と後での俺のこの子に対する扱いが大分違う気がする。明らかに適当になっている。
一つ咳払いをして間を置く。
「よし、じゃあなんで空から降ってきたのか聞く前に、君の名前を教えてくれ。その方が話をしやすいからな」
「……」
またジト目になる女の子。……あぁそういうことですか、俺から名乗ればいいんでしょ。
「……俺は大哉。市川大哉だ。これでいいか?」
「うむ。男たるもの、名乗るときはまず自分からと相場が決まっている」
「どこの相場だよ……」
腕を組む女の子にツッコみを入れる。
「私はミアだ。道に迷って空から降ってきてしまった」
……え、終わり?
分かったのはこの子はミアという名前だけで、そのあとは理解に苦しいものだった。意味不明すぎる。道に迷って空から降ってきてしまったとは一体どういうシチュエーションなのだろうか。
「な、なに?」
もう一度聞き返す。
「いやぁあの時は参った参った。……時に今は西暦何年じゃ?」
話聞いてないし。しかも今度は西暦の話かよ。やばい、話に脈絡がなさすぎる。
「今は二〇一一年だけど」
「そうじゃ思い出した、確かにその辺をうろついてた気がする」
「……ええと、いまいち話が見えないんだけど」
「『だけど』が多いなお前は。だけどなんなのじゃ」
唇を突き出して文句を言うミアという女の子。
「悪いんだけど最初からわかるように説明してくれないか? まず君――ミアが何者なのかってとこ辺りから順を追って説明してくれると助かるんだけど」
「また『だけど』か」
「う……」
いつの間にか口癖みたいになっている。早いとこ直さなければなんだかかすごいウザいキャラになってしまいそうだ。
「まぁいい。まずは私についてだったか。さっきも言ったとおり私の名前はミア。今が旬の、花も恥じらう華の十六歳である」
二回も言いやがった。
お世辞にもあるとは言えない胸を張って自己紹介をするミア。……ちょっと待て。そんなことより今、聞き捨てならない言葉があったぞ。
「じゅ、十六歳!? 馬鹿も休み休み言え!」
「な!? 貴様誰に向かって馬鹿などと!」
仰天するミアに俺は続ける。
「そんな中学生――いや下手したら小学生みたいなのが十六なわけあるか! 十六っていったら俺の一つ年上だぞ! 大人の女性だぞ! それをなんだお前は! 『お父さんに言われてタバコのお使いに来たの』って言っても余裕で通用しそうだぞそのナリ!」
「き、貴様……一つ下の分際でそこまで私を愚弄するとはいい度胸だ。ここは先輩としてお前のその腐敗した根性を叩き直してやる!」
言うとミアは立ち上がり俺の正面に立った。
「正座!」
「……えぇと」
「貴様は一生正座の刑だ!」
「は、はぁ……」
「ふっふーん」
仕方なく正座する。俺が素直に正座したことに対してミアは満足したらしく、大きく頷いていた。なんなんだこれは。




