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部活さがし その2

 グラウンドに響く掛け声。土を蹴る音。ボールを打つ金属音。

 俺たちはグラウンドの隅で野球部の練習風景を眺めていた。

「なあなあ! 野球なんかいいんじゃないのか! ほら、あんな感じにカキーンって!」

 指を差し楽しそうにミアが言う。

「バカ言え。バットなんて中学の球技大会くらいでしか持ったことない」

「ふむう、じゃあ無理か――おおぅっ! あんなに飛ぶものなのか!」                                

 ミアは目を輝かせながら遥か彼方に飛んでいく白球を追っている。

 最初はただのこいつの気まぐれかと思っていたが、意外と真剣に俺の入る部活を考えてくれているらしい。

 まずは外の部活から見ていこうというミアの提案で始まった部活探し。サッカー、陸上、テニスと、他にもいろいろな部活を見て回って、今ボーッと眺めている野球部は俺たちが見学する最後の屋外部活動である。どう考えても入ることは無いのだが、少し歩き疲れてしまったのでグラウンド脇のベンチに腰掛けているという感じだ。

「まあ屋外の部活はこんなところだ。もう中に入ろうぜ」

「え! ボール当て鬼ごっこ部は無いのか!?」

「無いに決まってんだろ」

「なんと……それではこの時代の人間は夏の甲子園が終わった後は何を楽しみに夏を過ごすのじゃ?」

「いや、まあ人それぞれだろ」

「おかしい……甲子園の後は高校球児の使用した球を使っての『夏の全国高校ボール当て鬼ごっこ選手権大会』が日本国民の夏のもう一つの風物詩のはず……」

「高校球児の使用した球って……硬球じゃねえか! 下手したら死人が出るわ! なんて物騒な大会!」

「ちなみに会場はそのまま甲子園で開かれる」

「ただでさえ死のロードと言われている甲子園を本拠地とするプロ野球チームがこんなくだらない大会のためにさらに死のロードを歩むことになるなんて……不憫すぎるぞ甲子園を本拠地とするプロ野球チーム!」

 俺は同情の涙を必死にこらえる。頑張れ甲子園を本拠地とするプロ野球チーム。

「そうか、無いのならば仕方がない。校舎に入るとしよう。無いのか……」

 釈然としていない様子のミアだったが、ぶつぶつ言いながらも校舎に向かって行った。しかしボール当て鬼ごっこ部……どんなルールで一チーム何人なんだ……。

 次から次へと湧いてくるボール当て鬼ごっこ部の謎が俺の頭の中をぐるぐると回る。

 そんなおかしな興味を抱きつつも、ミアの後を追うのだった。

 


 山王学園高校はA棟、B棟、C棟、D棟と、全部で四つの棟に分かれている。A棟とB棟に通常のクラスや職員室、C棟とD棟に視聴覚室や家庭科室といったような移動教室で使われる教室が設置されている。校舎が丘のような斜面に建設されているため、A棟からD棟の高低差は大きく何度も階段を使わなければならない。そのためA棟の生徒がD棟へ授業に行く際は口々に愚痴を漏らしながら歩いているのをよく見かける。

 そんな特殊な構造の校舎を、立地的に一番下に位置するD棟から上へと攻めていこうとミアが言うのでそういうことになった。学校の玄関自体はA棟にあるのだから上から下に攻めればいいのではないかと階段を降りながら感じていたが、なんだか今日は朝からいろいろありすぎて疲労のキャパシティを完全にオーバーしているので反論するのも面倒くさい。

「――はい、ここがD棟です」

「ふむ。なんだか薄暗いな」

「まあ特別教室くらいしかないからな。放課後のこの時間に来る生徒なんてあんまりいないだろ」

「なるほどなるほど。それでは探すとするか」

 そう言ってD棟を四階から散策する俺たちだが、どこの教室も明かりはついていなく、しかも人っ子一人すれ違わない始末で、薄暗いのも相まってかちょっとした肝試しをしているような気分になった。一階ともなると廊下はさらに暗くなり妙に俺たちを不安にさせるのだった。

「……おい近い。近いから」

 気づけばミアは俺に擦り寄って歩いている。

「なんだお前。こんなまだ夜でもないのに怖いのか?」

「こ、怖くないもん! 平気だもん!」

 無意識のうちに口調が戻っている辺り、よほど余裕がないと見える。

「こ、ここここんなもの! 十六年生きてきた私にかかればへっちゃらだし!」

 意味が分からなかった。

 ただ俺も鬼ではない。今にも失禁しそうなこいつを突き放すようなことはしない。とりあえずこいつが失禁しないようこのまま引っ付かせておくことにする。しかしアレだ。どうして女の子ってこんなにもいい匂いがするんだろう。それだけは十五年生きてきた今でも全く分からない。

 ミアの反則的な香りに気を取られていると、もうD棟を一周するところまで来ていた。そこの曲がり角を曲がれば俺たちが降りてきた階段に出る。

 そうしてD棟には何も無かったな、と俺が言おうとした時、ミアがあることに気づく。

「お、おい! あそこの曲がり角の部屋、明かりが付いてるんじゃないか!?」

 ミアの恐る恐る指す指の先に目をやると、俺たちの真正面、曲がり角の突き当たりの教室……でいいのかこれ? 他の教室は全て引き戸なのだがこの部屋のドアだけはドアノブがあり、なんというか仰々しい。ドアだけ見れば応接室といった感じだろうか。そのドアの隙間からうっすらと光が漏れていた。

 ドアには何か張り紙がされている。

 薄暗くてよく見えなかったが、近づいていくとそれは書道の半紙に書かれていることが分かった。


 裏帰宅部


 書道の先生も真っ青な達筆でそう書かれていた。


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