危機はまだまだ去ってない!
正体不明の男の指先で輝くのは、常に事件と共にある厄災の石だ。
私は慎重に距離を取りながら、いつでも魔法を使えるように集中する。男が持つキーラインが、ただの宝石だとは到底思えなかった。
「やはりこの石の存在も知っているのか……」
私の激しい警戒に、手遊びのように掌で石を転がしながら男は更に確信を深めたようだった。
「もう一度聞く。お前は何者だ?」
「それはこっちのセリフよ。フードの男を知ってる上に、その石を所持してるなんて、事件関係者に間違いないでしょ。あんたこそ一体何者よ」
「事件……?」
私の反論に、男は首をかしげるような仕草をしてみせる。
「とぼけないで。前・聖女殺しの事件よ。今も現・聖女が狙われてる」
「……前・聖女殺し?」
「事件にはいつもバイオレット・キーラインが絡んでた。あんたが持ってるその石よ」
とぼけてみせる気ならと、更に言い募る。内容が機密事項に抵触しようが関係ない。この男を放置する方が危険だ。
私がまともに事件パートをプレイしていなかったから知らないだけで、この男が真犯人の可能性も十分に考えられるのだ。
「聖女殺し……。前・聖女殺しねぇ……」
クッと、喉の奥で笑う声がしたかと思うと、次の瞬間には激しい哄笑となって人気のない廊下に笑い声が鳴り響いた。
「な、なによ……!」
「前・聖女殺し……クックック、これが笑わずにいられようもんか。ハハハ……。どこまでもムカつく野郎だ」
最後のセリフはゾッとするほどの殺意が込められてた。
「【閃光よ!!】」
反射的に男が持つキーラインに向けて魔法を発動させていた。だが手応えはない。廊下の一角をただ穿っただけに過ぎない。
瓦礫と土埃で一瞬男の姿が見えなくなった瞬間、私は右へ飛ぶ。
「【留まれ】」
それまでいた足元に拘束魔法が現れるが、間一髪で足を掴まれずに済む。掴むものを見失ったトラバサミのような形をした魔法陣は、そのまま火花を散らして消え去る。
「どういうつもり……?」
「そちらこそ、突然魔法を放ってきて何のつもりだ?」
「今私にその石を使おうとしたでしょう!?」
男が最後に向けた言葉は、私にではない事はわかる。けれど殺気と共に、男がキーラインを使おうとした事だけはわかっている。
「いい? 前・聖女殺しは皆が犯人を探してる。逃げ果せるなんて不可能な事よ。もしあんたがその事件に絡んでるんなら白状しなさい。それに現・聖女は絶対に殺させない。私が絶対に守るんだから!」
「はっ! 聖女を守る? お前ごときが?」
心底面白げに笑って見せた後、私を見る目には憎悪が灯っていた。
「!」
「舐めるなよ。誰にも守れたりするものか」
「【大地よ穿て!!】」
「その程度で誰を守るだって?」
床に現れた石の槍が、軽々と跳んで躱される。次の詠唱を行う前に、男はすでに目の前に来ていた。
「ほむら……っうぐっ!!」
「無駄な事はするな」
「う、ううっ…!」
頬を鷲掴みにされ、言葉を封じられる。身をよじって逃げようとするものの、相手は片手一本だというのに全く歯が立たない。
そのまま顔を掴まれたままゆっくりと持ち上げられ、爪先でさえ足がつかなくなってくる。
「お前が何者だろうともういい。どうせその調子じゃ口を割らせるにも時間がかかる」
「うぅぅっ」
バイオレッオ・キーラインがゆっくりと私の目の間にかざされる。
必死で暴れるがビクともしない。
「お前が何者かは、この石を埋め込んでからじっくり聞き出せす事にする」
紫の禍々しい光が、私の額にかざされる。
私がスバルを守ってあげるはずなのに、こんなところで終わりになるの?
私、何もしてあげれてない。結局聖女の力の使い方だって教えてあげてないし、スバルを狙ってる犯人だって分からないまま。
アルやレオンを巻き込んだのに、私何も出来ないまま終わっちゃうんだ……。
頬や顎が砕かれそうな程痛い。
眼前に迫るキーラインの光が眩しくて、もう目も開けていられない。
(ごめんなさい……先生)
一瞬心に浮かんだのは誰だったのだろう。
長い緑の髪を後ろで一つに束ねた女性————後ろ姿が心に浮かぶ。
その瞬間、激しい電撃音と共に、拘束が解放された。
「ぐあぁっ!!!」
「うあっ!」
床に激しく叩きつけられたのは同時だった。
けれどダメージに差があるのは一目瞭然だった。逆方向に叩きつけられた男の手が、まるで火に焼かれたように爛れていた。
だが私には男に投げ捨てられた痛みしかない。
同じように床に倒れたまま額に手をやるも、そこに石のくぼみはなく、ただなだらかな皮膚がある。
キーラインは埋め込まれていない。
「はぁ、はぁ……。い、今のは一体……?」
「き、貴様……」
焼かれた手をかばいながら、それでも全く怯んだ様子を見せずに男は私を睨みつけてくる。
キーラインが私に触れそうになった時、キーラインと私の間に何らかの力が作用したとしか思えない。
けれど私にはそれが一体何なのか分からず、男の焼けた腕に唖然とするしかない。
「そうか、貴様……カミラの娘たちか」
「カミラ?」
誰のことを言っているのか。
口を開こうとした時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
レオンの声だ。
「くそ、今のショックで沈黙の魔法が破れたか。……しかも相手はレオン・イザヤ・アレクサンド。今は分が悪い」
男が焼けた腕を庇いながら、ゆっくりと立ち上がる。
床に倒れたままの私が、魔法を発動させようと指先に力を込めるのを鼻で笑いがら男は言った。
「貴様はカミラの娘だったんだな。だが俺は俺の目的を果たすのみだ」
「目的……? 目的って一体なんなの。スバルを狙ってるのはあなたなの? それに私、カミラの娘なんて知らない。あなた誰なの?」
「俺の名はヨナス。お前はお前の望みのまま動けばいい。俺は俺の目的のために動くのみだ。俺が何者であろうと、お前がカミラを知らなくとも」
「待って! 全然答えになってない——!」
ゆらりとヨナスの姿が霞む。
やられた。今のやりとりの中に、幻術魔法の詠唱を含めていたのだ。
「アンジェリカ!!」
レオンの声が真後ろで聞こえた時には、ヨナスの姿はかき消えてどこにも見当たらなくなっていた。
「アンジェリカ! 一体何があった? 戦闘の痕があるのはどういうことだ!?」
観覧席から突然駆け出した私を追ってきてくれたのだろう。廊下で私が派手にやらかした魔法の痕跡にギョッとしながらも、レオンはすぐさま私の元へと駆けつける。
「怪我をしたのか? 何があった」
私の両頬には、おそらくヨナスに掴まれたせいで痣が出来ているのだろう。床にへたり込んだままの私の頬に、鋭い視線を投げる。
「これは……」
どこから説明したものだろう。言葉を探しながら、ハッとした。
「皇子! それよりもスバルは!? スバルを見ましたか!?」
「それよりもだと!? アンジェリカ、さっきまで戦闘をしていた形跡があって、尚且つ怪我までしているんだぞ? それよりもとは何だ!」
「お願い皇子! 大事なことなの! スバルの命が危ないかもしれないの!!」
「……なんだと?」
ヨナスとの邂逅でかなりの時間を食ってしまっている。フードの男もキーラインを身につけたオッドウェルも、どうなったか分からないままなのだ。
「お願い皇子! 知ってたら教えて!」
私の剣幕に、これは宥めても無駄だと悟ったのだろう。レオンは渋い顔付きのまま、嘆息した。
「スバルならおそらくフィールドだろう。先ほど館内放送で2回戦が始まると流れていたからな。今頃は試合が開始しているだろう」
「……!! そ、そんな」
「どうした? まだスバルが試合する事を心配しているのか? 大丈夫だ。初戦のスバルを見ただろう。アルフレッドも褒めていた。スバルも今は自分の身を守る術を持っているし、観衆がいた方が敵も手出しし難かろう」
そうじゃない。そうじゃないのだ。
危険は外部じゃない。陣で外部から接触を遮断された、フィールド内部にある。
「オッドウェルにいじめられると心配しているのか? それはさすがにスバルが不憫だぞ」
「オッドウェルにキーラインの石が嵌ってるのを見たの! オッドウェルは操られてる可能性がある!! スバルが危ない!!」
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