日報29『料理2』
珍しく、早い時間にたった一枚のカットが乗っている。まだ下にはそこそこの山があるにも関わらず。
「ヤな予感するなぁ・・・」
カット袋の端を見てみると、ケーキと記してあった。その場で中身を引き出すと、全てが色トレスで作画されたホールケーキの一枚止めだった。
頭をかきながら自席へ戻ると、浮かない顔をしていたのを察したのか、隣の席の北町さんが声をかけてきた。
「どしたの、南花?大変なカット引いた?」
「一枚止めなんスけど、お誕生日のホールケーキっス。」
「あ〜、料理関係は地味に大変よね。ご愁傷様。でもまだ止めで良かったじゃない。食べてるカットだったらもっと面倒になるんだから。」
「そーっスね。・・・って、嘘だろ!?輪郭トレス、影あり?」
指定打ち込みをサーバーから落とし、開いた途端に絶望の声を上げる。打ち込みのフォルダの中に直接、色見本としてざっくり塗り分けられたファイルが入っていたのだ。通常は別フォルダにあるカラーモデルを指示するファイル名だけが書き込まれているのだが、登場頻度の少ない物は打ち込みフォルダに色見本として荒く塗り分けたファイルを入れる事もある。今回はそのパターンだ。
「生クリームに苺にハッピーバースデーのチョコプレート、砂糖菓子の人形二体・・・、やっべえコレ時間かかる。トレス線一色で上がってるし。」
通常、動画で使えるのは実線の黒と赤青緑の四色。デジタル動画ではその他の色が使われているのも最近では見かけるが、手描きの動画ではやはり前述の四色になる。スキャナーで読み込んだ後に出力される色がその四色のみだからだ。このカットの場合、原画はトレス線を黒鉛筆で引いているが、横に『動画時、色トレスで』の指示があるので、トレス線を全て赤の色鉛筆で引いている。指示に沿った処理なのだが、仕上げには優しくない動画上がりだ。明らかに素材が違うであろう、苺とプレートと人形を実線色のままにしておいてくれていれば、トレス線の塗り分けも少しは楽になるのだが、そういった配慮は残念ながらほぼされない。
「原動画さん達は仕上げ研修やるべきっスよね。自分らの描いた素材がどれだけ塗りにくいか思い知ればいいのに!」
「まあ、出来ればそれが理想なんだろうけど。末端が言った所でどうにかなる訳でも無し。さっさと作業始めなさいよ。」
「北町さんが冷たい・・・」
肩を落としながらスキャナーに向かう。幸い、動画の線自体は綺麗だったので、二値化も綺麗に出た。
「まずはチョコプレートと人形かな。」
チョコプレートは土台のチョコと文字の二色、人形の方は髪、肌、上着、ズボンに目、口のトレス色の五色。それぞれ輪郭線にも影色がある。一枚止めとは言え、これだけの輪郭線の色があると塗り分けるのが大変だ。境界を一ドットずつポチポチと区切って塗り分けていく。思わず目を瞬いた。
プレートと人形を塗り終え、苺と生クリームに移る。クリームはケーキ本体と、デコレーションで色が変えられていた。
「何でこんなに面倒くさい塗りにしたんだ。生クリームなんか一色でいいじゃないか。」
ブツブツと愚痴を言いながら手を動かす。線のはみ出しや途切れがほぼ無い事が唯一の救いだ。
「よっし、終わった!」
彩色チェックをして、塗り漏れ、ゴミが無い事を念入りに確認する。
「終わったの?見せて見せて。あー、やっぱり影ありトレスだと綺麗な上がりになるわね。」
「塗る方はもう勘弁ってカンジですけどね。」
「そんな事言ってると、また引くわよ。」
「怖い事言わないで下さいよ。結構北町さんの予感当たるんスから。」
席を立って上がりを出しに行く。次のカットはスキャン済みのダミーカット袋だったので、中身が分からない。自席へ戻り、トレスデータと打ち込みデータをサーバーから落とし、中身を確認する。すると今度は茶碗に山盛りのご飯と餃子を食べているキャラのカットだった。先程のケーキとは作品が違う。たまたま今日は料理が重なる日になっだけなのだが、少し嫌な流れだ。
「北町さーん、当たらずとも遠からずでした。今度は餃子です。でも、ご飯も餃子もトレス線は一色だ。」
「当たりの日だね。それさっきのと同じ作品?」
「いえ、別作品です。」
「よっぽど料理に憑かれてる日なのね、今日は。頑張って。」
「うい、頑張ります。」
今度は食べ物のトレス線が一色のみなので、さっきのケーキよりはだいぶ楽だ。それでもキャラのみを塗るよりは面倒くさいが。
「餃子一口で食べてくれるのもありがたいな。断面とか見えたらたまったもんじゃない。」
一応、餃子のカラーモデルには断面の色も作ってあったが、このカットでは不必要だったので助かった。塗り進めていくと、当たり前だがご飯が徐々に少なくなっていくので、合成親がたくさんあり、そこは少し面倒だった。複数枚の合成になる為、組み合わせ番号を間違えないよう、何度も合成伝票を見返した。
ペイント作業が全て終わり、モーションチェックをしていると、なんだか餃子を食べたくなってきた。今夜は冷凍餃子を買って帰ろうか。我ながら単純だ。
上がりを出しに行くと、棚には最後の一カットが乗っているだけだった。今、上がりを出したカットと同じ作品でカット番号も近い。嫌な予感がする。
自席へ戻り、トレスデータと打ち込みデータを落としてくる。恐る恐る打ち込みデータのフォルダを開くと、真上から撮られた餃子の皿。トレスデータを開いてみると、一枚止めの皿の上の餃子が徐々に減っていく内容だった
「続く時は続くなぁ。」
「何?またケーキ?」
どことなく嬉しそうに北町さんが聞いてくる。
「はずれ、餃子の方です。ケーキよりは楽かな?ちなみにこのカットで今日は終了です。」
「ホントに一日料理の日だったわね。」
「こういう日もあるんですねぇ。」
「何を他人事みたいに。」
「なんかもう笑っちゃいますね、三回も続くと。」
薄い笑いを浮かべながら手を動かす。そして今晩のおかずは餃子に決定だ。ついでにショートケーキもコンビニにあれば買ってしまうかもしれない。そんな今夜の食卓に思いを馳せながら、ペンタブを動かした。