5.魔法薬の学校に入るしかないようです
「……ソーマ殿。薬の開発はそんなに簡単ではないものですぞ? 正創薬師になっても、レシピの開発ができなくて、ジェネリックを作っている方もいるのです。オリジナルのレシピを作るには多くの素材を集めて、こつこつと研究を進めなければならないのです。学校では今までのポーションの開発と、素材の傾向を勉強して、新しいレシピに必要な素材のあたりを付けられるように学んでいくのです。手当たり次第に創薬のスキルを使ったからと言って、ぽんぽんと新しいレシピができるわけがないのです」
そう、それこそ万が一にもです、とエクランさんはずいと顔を寄せて、真面目な顔でそう言った。
素材に必要なものは、そこらへんに生えている草花から、魔物の部位まで、それこそ幾万にも上る。
その中から、適切な配合を見つけ出して、創薬を重ねて行く必要がある。
何種類の素材が必要かもわからず、さらにはどれを掛け合わせるかもわからない。それを適当に組み合わせて作り上げる、なんていうのはほぼ奇跡に近い確率という話になるということだ。
「じゃあ、まったく新しい方向の薬って、作るの大変そうですね」
「そうなのです。だから既存のポーションの上位互換みたいなものの開発を狙う正創薬師の方もいらっしゃいますね。先ほどお話しした魔除けポーションも、そうやって上級のポーションが作られたと言われています」
そうやってちょっとずつ創薬の技術を上げているのです、とエクランさんは誇らしげに胸を張った。
自分がやっている仕事が、ちょっとずつ進歩していって、世界をよくしていっている実感という物があるのだろう。
くっ。こんな風な認識となってしまうと、僕だって学校にいってからじゃないと、ポーションのレシピの公開なんてできないじゃないか。
こちとら、最高峰のエリクサーだってすぐにでも作れるというのに。
「それに正創薬師の方が開発したものであっても、偶然未発見の毒物を発見してしまう場合もあります。どのみち認可が通らなければ市販はできませんから、特許庁へと届け出をするわけですが、そこで毒であることが判明したら、即刻製造権利をごっそり奪われます。また、そうではなくても、指定毒薬になると取り扱いもまた、厳重になります」
「指定毒薬?」
「特に取り扱いを注意しないといけないポーションのことです」
多くのものはおいてきましたが、さすがにこればっかりは手元に置いておかないとまずいですね、といいながら、彼は小さな箱に入っているポーションを取り出した。
「紫、ですか」
「ええ、紫色のポーションは、基本指定薬品です。他のはそこまで厳重な管理はいりませんが、こればっかりはちょっと」
こうやって、寝るときはだいたい枕元ですとエクランさんはその箱をこつんと軽くたたいた。
「ほかのポーションとは別、ということですか?」
ちらりと、鑑定をかけてみると、劣化生命力増強ポーションなんて名前が出てきた。あれ。でも、これ……
「副作用が強すぎるのですよ。例えばこれは、寿命を延ばすポーションなのですが、よっぽどでないと使えません。条件がそろってないと、逆に寿命を縮めてしまいます」
使用できるのも治療院での資格持ちだけです、と彼はきっぱりといった。
うーん。
確かに、あの紫のポーションは飲むとちょっと大変なことになるかもしれない。
「エクランさんとしては、毒に近いと考えてらっしゃいます?」
「そうですな。寿命が伸びるといわれてますが、その前に激痛が走り、腹が下り、三日三晩苦しんで生存すれば寿命が半年伸びると言われていますしな。売れるから扱いますが、ほかのポーションに比べると圧倒的な危険物です」
そこらへんの扱いに関しても厳密に取り決められているのですと、彼は言った。
ふむ。あっちの世界で言う医療用麻薬みたいな扱いなのだろうか。
「これ……レシピいじればもうちょっと安全になりそうに思うんですが……」
管理者モードでレシピをチェックすると、まだ特許期間なのは見て取れる。
ただ、同時に見えてくることもあるのだ。
一部、毒薬の素材が使われています、という備考である。
三日三晩苦しむ、というのはそれの効果なのではないだろうか。それをレジストできれば助かるけど、そうじゃなければ、といったような。
「レシピの改良ですか……特許があるものに関しては、そこの会社が行うこともありますが、すでにこれで完成系だと思うのですが」
製法の変更は新たに魔法薬を取り扱うところに申し出て、審査を受ける必要がある。
よっぽどの成功をひかない限りは、なかなかそれができるものではないのである。
しかも、紫のポーションの改良など、いままで行われたことはなかった。
なぜって? 人に試さなければならないからだ。成功すればそれはもちろんいい。けれどもそれで死亡事故でも起こしたのであれば、その魔法薬会社は一気に社会的信用を失って、倒産である。
「それでは、こちらはどうですかな? 性別変更ポーションといわれるものですが」
エクランさんは再び別の紫色のポーションを取り出した。
「……こんなの、何に使うんです?」
それを鑑定してみて、ちょっとばかりげんなりしたような声を漏らしてしまった。
性別変更ポーション。60%の確率で性別を30分変えるポーション。ただし40%の割合で一週間昏睡する、なんていうやばいものなのだった。
でも、30分性別を変えることになにか意味があるのか、僕にはよくわからない。
まあ、あっちの管理者のおじいちゃんに、ないすばでぇにもできるとかなんとか言われたし、そういうのも好きだけど。
30分だけなんて……
「チャームを使ってくる相手に対しての、抵抗力が上がるんですよ。主に男性のみに効果がでる誘惑系の攻撃をしてくる魔物もいるので。そういった討伐のときに」
上位の冒険者なら、一回や二回は使っているポーションですと彼は言った。
うわ。こっちの世界は大変という話は聞いてたけど、そんなこともやってるのか。
その割合で昏倒するとなると、戦える人の数がガクッと減ってしまいそうだ。
「でもこれ、昏睡毒の素材が入っちゃってますよね。もうちょっとそこの量減らせば、昏睡する可能性が2%くらいまで落とせるはずですけど」
完全に除去とはいきませんけど、レシピ変えればいいのになぁと言うと、エクランさんは目を見開いて、何を言って……と固まっていた。
おっと。禁止ポーションに関しては、レシピは非公開だったか。
まずいと思っていたら、エクランさんはやれやれと首を振った。
「どうやらあなたの地元ではこちらと常識が違うようだ。ですが、さきほどの話はよそではしないでくださいよ?」
儲け話の匂いがぷんぷんするというのに、うかつに話されては困りますから、と彼は笑顔を無理矢理貼り付けた。
さすがは商人といったところか。
「ですが、あなたがどれだけ規格外だからといって、この国、というかこちらの文化圏にいる間は、正規の手順を踏まなければ、新しい発見を発表できない、というのも事実です」
「偶然発見しちゃいましたー! はダメってことですよね」
「そうですね。その才能を生かすためには、まずは資格を取る必要があります」
それさえ取れてしまえば、きっといくらでもソーマ殿なら活躍できるでしょう、とエクランさんはちょっと目を輝かせながら僕を見つめてきた。
いい金の木ができたというようなことかもしれない。
「もしソーマ殿が町に行かれるのでしたら、まずは学院に入る必要があります。試験に好成績で受かることさえできれば、返還の必要の無い奨学金も出してもらえます」
さきほどの坐薬制作を見た限りでは、実技の方は問題はなさそうですから、あとは、筆記試験対策をすれば、ソーマ殿ならいけますよ、と彼は太鼓判を押してくれた。
いや、そりゃ……なんせ、管理者モード持ちですし?
試験に関してはどうにでもなるとは思うけれど。
でも……さ。学費以外にもいろいろかかるものってあるわけで。
「いや、でも僕そんなに手持ちのお金がなくて……」
最初はエリクサーを売ってそれで生活費を稼ごうと思っていたので、まったくもって、当てが外れてしまった感じである。
ほんと、どうやって食べていけばいいのだろうか。
「正創薬師を目指す方でも、二年学べば準創薬師になる試験は受けられますからね。アルバイトをしながら学んで行けばいいと思いますけど」
「いや、だからその二年というか……明日のパンを買うお金も手持ちがなくて……」
そう。そりゃ、毎日エリクサーを飲んでいれば食事は取らなくて良い、というのは、あるにはある。
あるけれど、それはちょっと人間としてどうなのかとも思ってしまうわけだ。
それに他にも生きていればお金というものはかかる。
服をはじめ、生活必需品というものはそれなりにあるものだ。
服の汚れを取るために万能薬を使う、というのもさすがに避けたい。
「なるほど……一攫千金を求めて町に出てきた物の、金はなし、と」
ふむ、とエクランさんは顎に手を当ててなにやら思案をし始めた。
「ソーマ殿は、乳鉢作成とポーション瓶作成はできますかな?」
「それは……はい。できそうですが」
創薬スキルの下の下の方に、その二つのスキルはある。
先ほどの坐薬制作で必要になるという話がでてきた乳鉢である。
ポーション瓶の方も、素材と一緒に使うことでポーションの質が上がったりするそうだ。
「なら、私の知り合いでそれを扱ってる商人がいますから、手紙を書いて上げましょう。割と学院に入学したての若い方のアルバイトとしては人気がある仕事なんですよ」
それなら生活費にはおそらく困らないはずですと、エクランさんは請け負ってくれた。
乳鉢作成か……ちらっとスキルの説明を見たけれど、材料は粘土と石英らしい。
そこらへんはきっと用意してくれていて、あとはスキルを使うだけの簡単なお仕事といったところだろうか。
「それと、町にある魔法薬や、魔薬部外品を扱う店がありますから、そこでのアルバイトなどもやってみてもいいかもしれません。もしくは、これは運になりますが、冒険者とパーティーを組むというのも一つですね」
まあ、どのみち創薬師のスキル持ちはあまりいませんから、どちらにせよ働き口はありますよ、と彼は言った。
無双は無理でも人並みに生活はできるらしい。
「冒険者……ですか?」
「ええ。低クラスの冒険者は採集の依頼もあります。ただ、残念ながら普通の冒険者は鑑定が難しいんです。ソーマ殿。試しに魔法薬鑑定をあたりに向けて使ってみてください」
ほら、あそこらへんを中心に、と言われて、彼の言う通り鑑定を周囲に向けてみる。
「うわっ」
「どうです? そこらへんにある魔法薬の材料が表示されたでしょう? 本来なら薬草辞典とかと見比べながら採集をするんですが、創薬師が一人いれば、簡単に済んでしまうわけです」
ま、同行する新人冒険者は、魔物が出てきた時に対応する護衛みたいな形になりますけれど、と彼は言う。
確かに、これだと、採集作業ははかどるってもんじゃないだろう。
しかも僕のやつは管理者権限があるからなのか、やたら遠くまで表示がされている。
「えっと、飛竜の爪、か。エリクサーの材料に入ってたやつだったっけ」
「……なんですと!? 飛竜の爪? え……ハイポーションの原料ではないですかっ。どこです!?」
その単語を聞いたエクランさんは慌てて、きょろきょろと視線をさまよわせた。
彼にはさすがにどこにあるのかわからないらしい。
「あっちの奥の方にある山の中です。飛竜の巣でもあるんですかね」
「……あんな遠くまで見えますか……ほんとソーマ殿は規格外ですな」
結構なことです、とエクランさんはにっこにこで僕の事を見つめていた。
まあ、なんにせよこれでなんとかなりそうだ。
仕事につくまでは、エリクサーで体調管理をしながら、生活をしよう。
そんなことを思った時だった。
「そうですね。あとはこれをお渡ししておきましょうか」
彼はそう言って、銀貨のはいった袋を渡してくれた。
それなりにずっしりしたそれには、十枚の硬貨が入っていた。
「いや、これは……さすがに受け取れませんよ。いろいろ教えてもらった上でこんな」
「学院への入学資金に銀貨二枚はかかります。そこで特待生になれたならアレですが、そうでなければ一年前期分の学費が銀貨五枚です。あとは寮に入ってからも食費などはかかるでしょう」
それを差し引いて、一週間分程度の生活費なのだとエクランさんは言った。
ううむ。お金の価値も覚えないといけないかもしれない。
「これをもって、僕がどこか別の町に行ってしまう、とは考えないのですか?」
「それならそれで仕方ありません。言ったでしょう? 創薬スキルを持つ人は少ないから、今のうちにお近づきになっておきたいって」
しかもソーマ殿はそんじょそこらの方とは違うのですから。
いわば先行投資、というやつですよ、とエクランさんは笑った。
銀貨十枚の価値というのがいまいちわからないけれど、けして小さな出費ではないだろう。
それに先ほどから、売り物のポーションを一つダメにしてしまっている。坐薬として使えるけど、販売はできない一品になってしまったのだ。
「そういうことなら、いただいておきます。正直助かります」
うん。現状エリクサーやポーションでの稼ぎが期待できないので、本当に金策には困ってしまっているところであるのは間違いがない。
とはいえ、さすがにもらいすぎという申し訳なさはあった。
「じゃあ、僕の方からはお礼ってことで、これをお渡ししておこうかと」
なので、とりあえずお礼は渡しておこうかと思う。
さきほど作った一本のポーションである。
試験管に入った、それは赤。
そして。その効果は魔除けのポーションの中級である。
さきほどエクランさんが欲しいといっていたものである。
いちおうこれなら特許も切れているし、作れたとしても不自然ではないだろう。
「買い取りじゃなくて、譲渡、なら禁止ではないんでしょう?」
「……本来なら、あまり褒められた行為ではないんですがね。まあ、今回の旅で使ってしまえばばれませんかね」
ありがとうございます、とエクランさんはなにも記載されていないポーションを受け取ってくれた。
想像以上に喜んでくれたようだった。
「さて。では私からのポーション講座はこれにて終了です。そろそろ夜も更けてきましたし、お休みにしましょうか」
今日は疲れたでしょう、とエクランさんは食べ終えた食器を手早く片付けてくれた。
洗浄のポーションというものがあるそうで、振りかければ食器類が瞬く間に綺麗になるというものだった。
普通なら、2、3滴垂らして水とともにこすって使うものなのだそうだが、量を使えば水が無くともこの通りということだった。
「そうさせてもらいます。あ、それと一つ。あの町にもエクランさんはまめに来るんですよね?」
「そうですね。三ヶ月に一度くらいはあの町にも寄りますよ。そのときは一緒にご飯でも食べましょう」
そして、資格を取ったら、是非、私との商談をよろしくお願いしますよ、と彼は恭しく頭を垂れた。
こうして僕はこの世界に来た初日を、魔法薬にまつわる仕組みのさわりの勉強に費やした。
これから、魔法薬学院に入学を果たしたり、赤い目をした、銀髪兎っ娘(だが男だ!)が、命の恩人さんっ、とかいってつきまとってくるようになるのだが、また、それは先のお話である。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
そもそも、薬関係でなにかお話書きたいよね、と思っていたわけですが、いかんせん「リアル薬事情は地味すぎる」というジレンマがあって、「じゃあ、チートでエリクサーとかでお話書けばいいのではー」というのがスタートでした。
そしていろいろと考えると「どうして異世界の人って、ポーションを無条件に飲めるんだろう?」とすごく疑問に思ったのです。そのポーション、ほんとに回復ですか? と。
実際地球でも、薬と称して毒を飲ませることは歴史上多くありましたし、薬だと勘違いして間違った治療をしたりもしていました。
薬を飲むということは、それを渡した相手を信頼するということに他ならないわけです。
そして、治療のためには蓄積された過去の経験と、研究データが元となります。
今の日本人はわりと「薬飲んどきゃ治るよ」=ポーション飲んどきゃいいよ、くらいな感覚な人が多すぎるように思うのですよね。
そこらへんの医薬分業系も、お話に組み込めていけたら面白そうだなとは思ったのですが……いかんせんうまくまとめられる自信がなく。とりあえずお話はここまで、となります。
え、ウサ耳銀髪っ娘の活躍はどうしたって!? いや、男の娘は大好きですけど、脳内保管で是非お願いいたしたいのです! きっと、短剣二本使ってスピードで戦う系の子になるんだろうけれども。