「Bosom 闇せまり光さす異世界」
テインツの目が細められる。
後から後から大粒が零れ落ちる。
閉じられた口から、奴の小さなプライドが閉じさせた口から、懸命に何らかの言葉が飛び出そうとしている。
きっとその言葉を言わせたのは、奴の妹だった。
『――、――――、――――、――――――――――――お前に託そうとしている。自分の為にしか動かないお前に、あれだけ痛めつけたお前に、ティアルバーさんに向けるべき僕の剣を託そうとしている……っ!!!!』
テインツが、吠えた。
〝 〟
その絶望に満ちた声を、俺はずっと前に耳にしたことがある。
その慟哭を、俺はずっと前にこの口から叫んだことがある。
『………………たのむ。ケイ・アマセっ、』
少年が俯いたまま近付く。
『僕を…………僕を、助けてくれ』
少年が俺の腕を掴み、両膝を屈し地に着ける。
〝みんなであそびたいから……だから、たすけて〟
〝ケイ。お願い〟
〝居るじゃありませんか。ナイセスト・ティアルバーの心をあんなにも揺さぶっている者。今のティアルバーさんと話が出来るかもしれない人物が、一人だけ〟
――――声が、視線が、突き刺さる。
これで何度目だ。
何度言われようと、俺は俺の為だけにしか戦わないのに。
俺がこれだけ拒否しているというのに。
それでもお前たちは、何度も何度も、何度も――――――
『ナイセスト・ティアルバーを倒してくれッ……!!!!』
テインツと目が合う。
きっと顔を上げるつもりはなかったのだろう。奴は俺の顔を見た途端目を逸らし、投げ出すようにして俺から手を離して距離をとった。
『…………そして僕はまた、お前にそれを話さないんだ。お前には届かない言語を使って……本当にどうしようも無い、意気地なしで臆病で卑怯で身勝手で器も小さい、ちっぽけなちっぽけな、クズ野郎』
「…………」
『それに、お前は他人を背負って戦うような奴じゃない。解ってるさ。はは――――結局、僕は泣きたかっただけだったのかもしれないな。気持ち悪い――――お前のような、敗北を知らない人間には解りようがないだろうけど』
『解るさ』
『引き止めて悪かった。もう行って――――――――――――――――――、』
――――テインツがゆっくりと、目を見開く。
俺は、もう一度応えた。
『解ったよ、テインツ』
――――テインツの顔が、みるみる羞恥と憤怒と絶望と、小さな喜びにうつろう。
『おま、えっ…………リシディア語が、もう……っ!??!』
『俺にも妹が居た』
『な……何?』
『だから――これきりだ。これ一度だけ』
戦士の抜剣。
『もう一度だけ、背負ってみよう』
『……………………』
……テインツから、笑みが零れた。
消えかけていた出入り口の炎が勢いを取り戻し、燃え盛る。
奴の手で垂れ下がっていた剣が、芯を取り戻したかのように上を向く。
火は、再び灯った。
「――どこまでいっても隠し玉。お前はやっぱり――――ムカツク奴だ、ケイ・アマセッ!!」




