「希望――――無謀なり、機神の縛光」
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圭は俯き、せき込むフリをしながらナイセストをうかがう。
ナイセスト・ティアルバーがどういうわけか自分との戦いを望んでいることを、圭は既に察知していた。
終焉抱き新月に呑まれた後の、光弾の砲手による奇襲。あれは、圭が倒れた自分にナイセストが間髪入れず止めを仕掛けてくることを予期して練った策だ。
しかし、ナイセストはたっぷりと時間をかけ、圭が自ら立ち上がるのを待った。
結果、闇の侵蝕に苦しむ芝居を早々に切り上げ、攻撃を手ぐすね引いて待っていた圭はナイセスト、そしてナタリーにやられたフリを見破られてしまうこととなったのである。
(……そう。だから今回も、奴はすぐに仕掛けてはこない――――そしてその方が、色々な意味で俺にとっても都合がいい)
ナイセストが歩み寄ってくる音。
圭は顔を伏せたまま口元を拭うフリをし、至極苦しそうな表情で顔を上げる。
ナイセストの目は圭の予想通り落胆を湛え、特にその気もなさそうに、決着のため歩を進めている。
理由には皆目見当がつかない圭だったが、これを利用しない手はなかった。
(そうだ。歩み寄ってこい……俺の傍まで。陣の中央まで)
スペースには依然、圭の放った魔力の残骸が残る。
床に散る砂粒。
歪に立ち上る氷柱。
それらには、圭のこれまでの学びが込められている。
機神の縛光。
六つの魔法陣を起点として構成される、陣が作る円の中央に位置する者を完全に拘束する最上級魔法。
その縛りは魔法障壁をも貫通し、どんな達人をも微動だにさせず。
その代償に、わずかな時間で術者から莫大な魔力を吸い取っていく――――
(あと三歩……)
ナイセストの歩みを固唾を飲んで見守るのは、今や圭だけではない。
マリスタ、シャノリア、そしてナタリー――今この場に、そしてあの時あの場にいた三人は、皆その他の観衆とは一線を画した緊迫感でスペースを見つめている。
機神の縛光がありふれた魔法であったなら、きっと彼らの他にも気付く者があっただろう。
機神の縛光は呪文の詠唱で発動する魔法ではないため、陣を直接地面に描く必要がある。
最上級の拘束力を持つが故に、魔法陣の規模も相当なもの。魔法書を見ながらでなければ、とてもではないが常人には描けない複雑さをも持つ。
陣自体も特徴的で目につきやすく、更には陣の完全な維持は魔術師十数人がかりでないと不可能。
つまり、機神の縛光は戦闘中に使う魔法としては絶望的に不向きなのである。




