「道化――――熱狂、ひとり、醒めた目で」
視点が定まらない。
喉と口に錆びた鉄と酸の味と痛みが広がる。
手や腕が、その内部が焼け付くように痺れ、動かない。
「――――――゛ァ、」
動かせ。
せめて動かせるところを、すべて使え。
「ァ゛ァアアァア、゛ァ゛あああアぁア――――――!!!!」
「――――口も利けなくなったか。それにしても無様に『侵蝕』されたものだ」
叫びながら天井を仰ぎ、壁に頭を擦り付ける。
腹筋を痙攣させ、狂ったように叫び続ける。
観覧席から聞こえる悲痛な叫び。
目の前に迫る神妙な顔のナイセスト。
奴の片手に――再び闇が集い来る。
「戦士の抜剣――……」
黒紅と紫紺の入り混じった漆黒――湾曲剣鎌剣が一振り、ナイセストの手に握られる。
俺は喉を鳴らすように叫びながら項垂れ、腹を抱え込むようにして蹲る。
幸い判定が下る様子はない。
足音にだけ意識を集中し、外野から向けられる絶叫はすべてシャットアウトする。
雑音が最高潮に達する。
誰もが試合は終わると、そう思っている。
うるさいな。
黙って見ていろ、魔女。
◆ ◆
「アマセ君ッ!!!!!アマセ君アマセ君アマセ君ッッッッ!!!!!!!」
「お――落ち着いてパールゥ、ちょっと――近付きすぎると危ないわ!」
「マジでヤバいってシャレんなんないわよアマセッッ!! アマセェッ!!!」
「なンで監督官止めないの……もう勝敗決まってるじゃないのよこんなの……!」
「…………!!」
「あませくんーーー!逃げてぇっっ!!!」
喉を枯らして叫ぶ友人達。
そこまでしても、彼女等の声があの男に届くことは無い。
大歓声。悲鳴。怒号。狂喜。
およそ大声に属するすべてが今、この調練場に集っていると思っていい。
それほどの熱狂で以て、会場は最強と最弱の戦いに注目していた。
会場を見る。
壁際で倒れ伏している赤。
剣を手に、止めの一撃を繰り出そうとしている白。
勝敗は既に誰の目にも明らかで、故に熱狂は試合の盛り上がりというよりも、処刑の見世物に近い。
今この状況を冷静に見ることが出来ている人物が、一体どれだけ居るのだろう。
蹲る男。
奴は血と意味不明な有声音を喚き散らしながら顔を伏せ、土下座でもするかのような姿勢となった途端、動かなくなった。
あれだけ耳障りだった鼻にかかる声も、滑稽に映った気狂いの仕草も、今は一切無い。
まるで事切れてしまったかのようだが、奴の背はしぶとくも上下している。
「――――――」
詰めが甘いのだ。
あれだけ乱れ狂っていながら、呼吸だけがそんな気味の悪い程正常な筈も無いだろうに。
そこに気付いてしまえば、後は総崩れ。
奴が上手く演じているつもりのあれら「侵蝕」の挙動は、どれもこれも道化のお道化にしか見えなくなる。
待っているのだ、あの道化は。
息を潜めて、反撃の機を。




