「喜悦、定まれり」
ナイセストは、薄緑色の水泡に包まれ運ばれていくヴィエルナを――ヴィエルナの肉塊をぼんやりと見つめ、内心に問う。
ヴィエルナ・キースを滅多斬りにしたこと。
それ自体は、彼の中で大した意味も――興味も持てていなかった。
(俺は、この女を殺そうとしたわけじゃない)
「そら人殺し、外へ出ろ。監督官にゃオメーの殺人ショーの後処理に――明日の殺人ショーの準備もあるんだ。余韻に浸るなら便所にでも行け」
しっし、とトルトに促されるままに背を向け、ナイセストがスペースを出る。
ゆっくりと移動していくヴィエルナを、追い抜いた。
〝お前はヴィエルナではない。『ケイ』だ〟
(そうだ。俺が殺そうとしたのは……)
――脳裏に浮かぶは、血飛沫の中で見えた恐怖の目。
プレジアを、己を振り回し搔き乱す、赤き金色の異端。
返り血に染まったローブの裾を、静かに握る。
顔が笑みに歪んだことに、ナイセストは気付きさえしなかった。
(――プレジアを作り替えるなど、断じて許さん)
「離せッッ!!! 離せッつってんだろッ!!」
「落ち着いてくれ、ハイエイトさんっ……!」
「そうですよ先輩っ!」
「ざけんなよッ!? これが落ち着いてられるワケ――――」
数人の風紀委員、そして教員に抑え込まれ喚き立てていたロハザーが、水泡に浸されたヴィエルナを見て絶句する。スペースを抜けた瞬間加速した水泡はナイセストとロハザーの間を抜け――パーチェとともに、第二十四層から風のように去っていった。
「………………」
「………………」
自然、かちあう視線。
否。ナイセストは、ロハザーを見もしなかった。
煮え滾るような視線をナイセストに投げつけるロハザー。
しかし彼はすぐに視線を外し、風紀委員たちの隙を突いて拘束を振り切り、瞬転さえ用いて転移魔法陣に飛び乗り、姿を消した。
(壊してやろう。お前がこれまで築き上げてきたものを)
――今のナイセストに自分の言葉など届きようがないことを、解ってしまったから。
(踏み固めた道を。作り上げた環境を。積み重ねた自信と力を。繋いだ関係を。仲間を。絆を。一欠片も残さぬよう、悉くな)




