「快楽殺人者」
「ええ、担架は要らない。この子も斬られた手足も、この中に入れて。私が運ぶわ。先に行って、集中治療の準備を」
「しかし、この子はもう息を――」
「無駄口。いいから急げ」
校医パーチェ・リコリスが、スタッフの教師に告げる。
横ではグレーローブの風紀委員数名が、ヴィエルナを――そしてヴィエルナの手足を、こわごわとパーチェの作り出した水泡の中へと押し込んでいく。
手足も、そしてヴィエルナ自身も、特製に錬成された水泡の中へと沈み、静かに浮かび始めた。
「………………」
監督官トルト・ザードチップはそんな緊迫した様子、そして返り血に汚れたホワイトローブに顔をしかめて――拘束しているナイセスト・ティアルバーを見た。
頭を白と黒で二分された少年は、俯き加減なまま沈黙している。
スペースにこれほどの血だまりを作ったにもかかわらず、その佇まいは至って平静なものだった。
(――平静? 違げぇ。あれは――)
――演習スペースの魔法障壁をペトラと同時に破り、一息にナイセストの所有属性武器――鎌剣を片方弾き飛ばし、もう片手首を抑え込んでいるトルト。
そうして少年の顔へ視線を遣った彼は――一瞬、醜いほどに歪んだナイセスト・ティアルバーの表情を垣間見た気がしたのだ。
(――とんでもねぇヤローだ、畜生め。人を殺しといて未だに動揺一つ見せやがらねぇ。精神病質者ってやつだな、おぉ関わりたくねぇ)
両腕、両足の切断。
首筋への斬撃。
地に撒かれた大量の鮮血。
〝ヴィエルナ・キース再起不能〟
「再起不能」とは、あの場面でトルトが咄嗟に放つことが出来た、ナイセストへの精一杯の皮肉だった。
(この出血じゃあ、もうこいつはダメだろう――面倒なこったぜ。よりによって俺が監督する第二ブロックで死人を出しやがるとは。しかも――)
「とんでもない試合をしてくれたな。ナイセスト・ティアルバー」
重く冷えた声が、ナイセストに飛ぶ。
ペトラ・ボルテールは、静かにナイセストを睨みつけた。
「これは盾の義勇兵、アルクスへの適性を見るための試験だ。四大貴族の嫡男ともなれば、それは重々承知のはずだろう?――それが何だ、あの顔は。はっきり見て取ったぞ――おまえ、ただ自身の快楽の為だけにこの子を殺そうとしたな」
(………………こいつを、殺そうとした?)
 




