「凍域に響く笑み」
「……」
一瞬の思索の隙を見抜き、大きく振りかぶった肘打ちで追撃するヴィエルナ。
数瞬のち我に返ったナイセストは、迫る左肘へと反射的に拳を撃ち込み――――拳よりも硬い一撃に押し負け、誰の目にも明らかなほど、怯んだ。
「っ――――!」
「―いけっ!!!」
「ヴィエルナッ!」
ヴィエルナが右肘を放つ。
マリスタとロハザーが叫ぶ。
拳を下げぬままわずかによろけたナイセストの顔面へ、灰の右肘はまっすぐに吸い込まれ、白は、
白は、くらった。
『!!!!』
時が止まる。
否、凍り付く。
それまでの高潮が嘘のように静まり返った第二ブロックの中央で、ただよろめいたナイセストの足音だけが鳴る。
左頬を打たれたまま俯いたナイセスト。彼の左頬を貫いたまま動かないヴィエルナ。
「――――でも私は、何よりも、――」
彼女は、触れれば崩れてしまいそうなものに手を近づけるかのような注意を払いながら――――呼気とともにせり上がってきた思いを、
「――あなたの笑顔が見たいよ。ナイセスト」
切なげに、口にした。
緊張の会場に響く声。意味を解したパールゥの肩に力がこもる。
ナイセストは応えず、俯いたままでいる。
表情が読めない。故に観覧者は、ことの行く末がまったく読めない。
そんな、予想もつかない試合の行く末を、誰もが固唾を飲んで見守っていた中で、
「――――呵々、」
乾いた老獪な笑い声が、染み入るように会場に木霊した。
プレジア学校長、クリクター・オースが、おもむろに横を見る。
声の主は――――ディルス・ティアルバーは、この上なく楽しそうに、咳き込むようにして笑っていた。
笑い声を聞いた者達が戸惑う。
声の主を認識した幾名かは、更なる混乱に襲われる。
実の息子が――これまで何人にも傷一つ付けられたことのなかった嫡男が頬に肘をくらい、それを喜ぶとはどういうことなのか。
そして――――その声は、嫡男自身に届いているのだろうか、と。
視線が再び、ナイセスト・ティアルバーに集中する。
ヴィエルナがゆっくりと体を戻す。
その間もナイセストは動かなかったが――とうとう口を開き、こう言った。
「……知っていたさ、そんなこと」
「!?」
「お前が俺を慕っていることも。俺を変えたいと願っていたことも。そして……お前がそれを諦めていたこともだ、ヴィエルナ」
「…………!」




