「Interlude―89」
◆ ◆
「あれ……何やってんだろ?」
シータが怪訝な声を出す。
マリスタは「うん」とだけつぶやき、目ではスペースを捉え続けた。
「何か……話してるね。ちょこちょこ戦ってるけど……?」
「なんか……決着付ける気、無い感じがしない? さすがにあたしにも、さっきのは手加減したなってわかったわ」
「手加減してるんでしょうね。まったく、報道委員は試合を撮りに来たというのに、そっちのけで会話するんですから。なんて甲斐のない」
目を細めながら言うエリダ。応じたのは、観覧席に戻ってきたナタリーだった。エリダがきょとんとした顔でナタリーを見る。
「おお、おかえりナタリー。どこ行ってたのよ」
「仕事をしていただけです」
「仕事?」
『〝大概にしろよ。いつまでこんな茶番を続ける気だ〟』
『!!』
観覧席の観衆が、スペース周辺に立っている人々が一斉に第二ブロックへ注目する。
ナタリーが冷めた目でため息を吐いた。
マリスタが目を丸くする。
「ど――どうして声が……?」
『〝俺の家は「無限の内乱」ですべてを失った。親父がイチから積み上げてきた名声も家督も、仲間だったみんなも、全部失っちまった〟』
ロハザーの声が、会場にこだまする。
シータが頬を引き攣らせて目を剥いた。
「げ……ちょ、これいいの? 身内の話が、全校丸聞こえ放送だけど」
「ま――まさかナタリー、仕事って」
「戦闘を行うべき場で話ばかりしているのが悪いのですよ。私達報道委員会には、この試合の内容を正しく伝える義務がありますからね。アルクスの名を貶めない為にも」
◆ ◆
『〝内乱を、母さんと二人で何とか生き延びた親父の下に、残ってたのは……人生のすべてを費やして掴んだ「貴族」の肩書きだけ。二十年前まではまだ、貴族制度が法として残ってた時代だ。親父はそれを、必死で守ろうとした〟』
「と……止めなくて、いいのかな。コレ。記録石の故障かな?」
パールゥが椅子に深く腰掛けたまま、誰にでもなくそう投げる。同じく座っているリアとパフィラも目を瞬かせて、校医パーチェ――魔女リセルが用意した小さな記録石に映る映像を見つめていた。
パールゥのつぶやきに、答えられる者はいなかった。
『〝黙れ。不幸自慢なら壁に言え。俺がそれを聞いたところで――〟』
『〝自慢なんてできるかよ、この程度で。悲惨な話はいくらでも転がってた時代なんだよ。……母親を亡くした、なんて程度の話はな〟』
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――第二十四層にいるすべての人間が、身を固くした。




