まさか、彼女が決めるとは……
ホブゴブリンが投げたであろう白刃が私の左腕を切り落とした。しかし、今の私に、それに構う余裕など無い。
何故なら切り落とされた腕は、灼熱のような痛みを私に与え続け、それでも僅かに残った意識も視線も、ホブゴブリンに縫い止められていた。
▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.2→LV.3】に上がりました。
───クソ……こんなはずじゃ。
───痛みに支配された頭は、その痛みから逃げるかのように朦朧としている。
「───様! ご主人様!! 今、回復します」
───アリシアの声が遠い。
───私の左腕に回復薬を掛けている事さえ、どこか他人事のように思う。
しかしそんな私の思考は、アリシアを見て嗤っているホブゴブリンの顔を見て引き戻される。
ようやく見つけた自分の獲物を、どう嬲るか考えているようだった。
───ッ! クソ!! そんな場合じゃ無いってのに思考が吹っ飛んでた。
そんなホブゴブリンを見て、急速に私の思考は戻り始め、それと同時に左腕の痛みが今までよりも更に主張を始める。
───だが、そんな事に構っている暇は無い。
私は痛みを無理矢理思考から追い出し、アリシアに指示を出す。
「ありしあ、まほうの、じゅんび、あと、きのうさいご、つくった、やつ、あそこのきに、かけといて、わたしたち、ひきつける、から、まほう、よろ」
「あっ、あの最後に作った魔法ですか!? あんな魔法あんな所に仕掛けてもなんの役にも……」
「いいから、はやく!」
「──っ! はい!」
簡単に指示を出した後、私達は行動に移す。
周囲には太い木が何本も立ち並んでいる。
その中でも一際太い大木を中心に、私達は事前に魔法を仕掛けていた。
アリシアは後方へ、ゴブゑは大木の上へ移動する。
そして私は、ホブゴブリンを大木へ誘導する役だ。
アリシアは返事をしながら駆けていき、私はホブゴブリンに向かっていく。
だが、ホブゴブリンは私の方を見ようともせず、アリシアへ向かってゆっくりと近づいて行く。
クソ! なんとか私に視線を集中させないと魔法が避けられる。
私は足元の石を拾い上げ、ホブゴブリンの目に投げ付ける───だが、ホブゴブリンは腕の一振りで石を弾き、意にも介さない。
でもそれは予想通りの行動だ。
乱暴に振った腕が、体の正面をがら空きにしたその瞬間【爪攻撃】を放ち、ホブゴブリンの脇腹を裂きながら横を走り抜ける。
くっ硬い!
ホブゴブリン HP:800/800→780/800 MP:0/0
ゴブ子 HP:85/185 MP:90/90→85/90 欠損状態
「ギガ!」
ダメージを与えた事で、ホブゴブリンはようやく私に視線を向けた。
だがやはり、私など障害にならないと判断したのか、再びアリシアへ向かってゆっくりと近づいて行く。
予想以上にダメージが通らない。
片腕も無い今の状態じゃ、一方的にダメージを与えられる訳は無い。
しかも、なんとか痛みを我慢しても、バランスが狂ってる状態じゃこれ以上力が伝わらない。
やはりアリシアの魔法がこっちの唯一の勝機になる。
〈正面の大木にゴブゑが居ます。誘導して下さい〉
その指示を受け、再びホブゴブリンの懐に入り攻撃を仕掛けようとする───だが、間合いに入る直前、ホブゴブリンの持っていた特大の棍棒が私の前を通りすぎる。
危ない!
当たれば一撃で死ぬ。
眼前を通り抜けた一撃に、後一歩踏み込んでいたら確実に死んでいたという事実がのしかかる。
しかしこのままではどうにもならない。
そう考えた私は、持っていたナイフをホブゴブリンの顔に向かって投げ付ける。
「ギギガ!!」
流石にナイフを弾く事はせず、身を捻って避ける。
ナイス! いい所に避けた。
ホブゴブリンが避けたのは丁度、大木の真下。
その隙を狙い、大木の上に潜んでいたゴブゑが飛び降りる。
全体重と高さを生かし棍棒を振り下ろすと、ガゴッという小気味良い音を立てて頭を強打する。
ホブゴブリン HP:755/800
「ファイアブラスト!!」
ゴブゑの渾身の一撃でふらつき始めたホブゴブリンに、アリシアの魔法が爆音を立て炸裂する。
【魔力覚醒】のスキルで強化されたファイアブラストが、先程よりも大きな爆発を引き起こし、その隙にアリシアから受け取っていた回復薬を使う。
「ご主人様っ!」
アリシアがヘルさんに頼んで作るよう指示してもらった、アースクリエイト製のナイフを投げ渡してくる。
これなら今の私でも使える!
武器の感触を確かめながら私は構え、アリシアに指示を出す。
「えむぴー、かいふく、いそいで」
ホブゴブリン HP:755/800→550/800
ゴブ子 HP:85/185→185/185 MP:85/90 欠損状態
ゴブゑ HP:150/150 MP:180/180
アリシア HP:250/250 MP:70/210→170/210
MP回復薬はもう無い。
本当ならもうちょっと作りたかったけど、今は言っても仕方ない。
今ある物で切り抜けるしか道は無いのだ。
「ギガ~!」
「ギギッ!?」
土煙を掻き分けホブゴブリンがゴブゑに突進する。
その突進をゴブゑは避けきれず、まともに食らってしまう。しかし、突進したホブゴブリンも大木に当たり少なからずダメージを負ったようだ。
ホブゴブリン HP:550/800→530/800
ゴブゑ HP:150/150→25/150 MP:180/180
〈ゴブゑを下がらせます〉
うん、お願い。
ゴブゑへの指示をヘルさんに頼み、大木にぶち当たったホブゴブリンの背中にナイフを突き刺しに行く。
「ファイアアロー」
私がナイフを突き刺すと同時に、アリシアのファイアアローがホブゴブリンの利き腕の右肩に突き刺さる。
「ガ~!!」
攻撃を受けたホブゴブリンは怒りの声を上げながら、背中に張り付く私の体を掴み、アリシアへと投げ付ける。
「キャアアア!!」
「ぐっ!」
ホブゴブリン HP:530/800→430/800
ゴブ子 HP:185/185→135/185 MP:85/85 欠損状態
アリシア HP:250/250→210/250 MP:170/210→120/210
投げ付けられた私はアリシアと共に吹き飛び、直ぐには動けない。その間にホブゴブリンはこちらに走り、その勢いのまま私を蹴り飛ばす。
「カハッ!」
肺の中の空気が強制的に出口を求め口から吐き出され、二度三度と地面を転がり、剣の突き刺さる木に激突する。
〈マスター!〉
ヘルさんの声に反応した時には時既に遅く、ホブゴブリンは剣を抜き取り私の右足も左腕のように切り飛ばす。
「アァアァああアァ!」
意味の無い私の叫びが私自身の耳を打つ。
その叫びを聞きながら、ホブゴブリンは私へ剣を振り下ろす。
自身に迫る刃がゆっくりと迫り、当たる直前───。
「ファイアブラストオォ!!」
アリシアの強化魔法がホブゴブリンの背中に当たり、大爆発を起こしその爆風で私は吹き飛ばされる。
「あなたの相手は私です!」
そう啖呵を切り、アリシアがホブゴブリンと相対する。
───ダメだ。逃げろ。
震える手でナイフを構えるアリシアに、ホブゴブリンは恐怖を煽るようにゆっくりと近付いていく。
そんなホブゴブリンにアリシアは無謀にも真正面からナイフを構え突進する。
無茶だ……!
───そう思うも私は声を出す事も体を動かす事も出来ず、見る事しか出来ない。
だが、それでも時間は無情に進み、アリシアとホブゴブリンの距離が五メートルを切った。
その時───。
「ファイアアロー!!」
アリシアはナイフを構えた突進をフェイントに、至近距離から強化魔法を放った。
私と同じように騙されたホブゴブリンは、無防備な正面からアリシアの魔法を食らう。
「ギガ、ギギッ!?」
アリシアはそのままホブゴブリンの横を走り抜け、私に駆け寄ってくる。
「ご主人様!! 回復薬です」
私に回復薬を使い、アリシアはまたホブゴブリンに向かいナイフを構えながら吠える。
「ご主人様、私が時間を稼ぐので逃げて下さい。私は一度捕まっています。それを助けて下さったご主人様の事はどんな事をしても助けます。私がどんな目に遭おうとも絶対に!」
そんなアリシアの悲痛な覚悟を嘲笑うように、ホブゴブリンは動き出す。
だが、その表情は怒りに満ちていて、捕まればどんな目に遭わされるか想像するのも恐ろしかった。
「だめだ、ぜん、いんで、たおす!」
「でも、今の戦力ではもう倒せません」
「さくせん、ある」
ホブゴブリン HP:430/800→130/800
ゴブ子 HP:5/185→105/185 MP:85/90 欠損状態
アリシア HP:210/250 MP:120/210→0/210
怒りに満ちたホブゴブリンがこちらに走り出すが、避難した筈のゴブゑがロープで即席の罠を作り、ホブゴブリンを転倒させた。
その間に私はヘルさんに頼み全員へ作戦を伝える。
そして一言。
「しんじて」
「分かりました。信じます!」
「ギギ!」
私はゴブゑに肩を借り、目的の場所まで運んでもらう。
そこは、最初にウインドブラストを仕掛けた大木の側面。
アリシアはヘルさんの指示を聞きながら、その大木へ向かってホブゴブリンを誘導する。
「ギギッガ~!!」
「くっ」
アリシアはホブゴブリンの腕をギリギリの所でかわして、なんとか逃げながら目的の場所に向かって逃げる───が、いつまでもそんな逃走劇が続くはずもなく、遂に捕まってしまう。
「くっ、この」
「ギギッギ~」
遂に捕まえた獲物にホブゴブリンは歓喜の声を上げる。
「離して! あっくっうぅ……」
捕まってしまったアリシア。
しかし、アリシアは自分の仕事をキッチリとこなしていた。誘導するべき大木の側までには到達していたのだ。
その間、私はアリシアが逃げる所を見ながら慎重に事を運んでいた。
〈マスター、もうすぐです〉
皆上手くやってくれてる。後はこの賭けが成功するかどうか───か、私の体が持つかが問題だが、絶対に成功させてみせる。
私の持っているスキルなら、きっとなんとかなる───はず!
アリシアが予定のポイントまで来た所で捕まってしまうが、それも計算の内だ。
角度も向きもバッチリ。皆ありがとう!
〈マスター、今です!〉
私がアリシアに頼んで作ってもらっていた魔法は、待機型のウインドブラスト。
それを戦闘開始直後、大木の側面に仕掛けてもらっていた。
この魔法は相手が三十分以内に設置した場所に触れると爆発する、地雷のような魔法だ。
私はアリシアが大木の側面に仕掛けたウインドブラストに、背中から思いきり体当たりをする。
その瞬間、設置したウインドブラストが発動し、背中に文字通り爆発的な風圧を受け、ホブゴブリンに向かって吹き飛ぶ。
空中で無理矢理体勢を整え、ナイフを突き出しホブゴブリンの背中───心臓目掛け体ごとぶち当たりナイフを突き刺した。
流石にウインドブラストの力が加わった特攻で、私の攻撃でも、ついに防御を貫いた。
ホブゴブリンもアリシアを捕まえていた手を離し、背中にナイフが刺さったまま吹き飛ばされて行く。
その隙に素早くステータスを確認する。
ゴブ子 HP:105/185→25/185 MP:85/90
アリシア HP:210/250→150/250 MP:0/210
ホブゴブリン HP:130/800→10/800
「あっ……」
思わず声にならない声が漏れる。
嘘……だろ……。
あと少し足りなかった───ナイフが心臓まで届かなかったのか───手も足も、片方ずつ失って武器も無い私と、魔法以外ではダメージを与える前にやられてしまうであろうアリシア。
ゴブゑも後一撃でも攻撃されれば死んでしまう。
───完全に詰みだ。
「ご主人様!」
アリシアは私を抱き締め必死に庇う。
それを見ながら勝ち誇った顔で立ち上がったホブゴブリンが私達の前に立つ。
「ギギ!」
その瞬間、ゴブゑが叫びながらホブゴブリンの背中のナイフ目掛けて棍棒を振り下ろした。
当たった瞬間、よほどの力を込めたのか棍棒は砕け散り、ゴブゑはそのまま勢い余って地面に倒れ込む。
そして棍棒に打ち付けられたナイフがホブゴブリンの体へ更に潜り込み、今度こそ心臓を貫いた。
「───ギ……ギガ……?」
ホブゴブリンは自身に何が起こったのかも分からず、それでもまだアリシアに近付いてくる。
しかし、アリシアに触れる直前、遂に倒れ力尽きた。
▶ゴブ子のレベルが10に上がりました。 HPが200に上がりました。 MPが100に上がりました。 物攻が25に上がりました。 物防が25に上がりました。 魔攻が30に上がりました。 魔防が30に上がりました。 敏捷が50に上がりました。 知恵が180に上がりました。 器用が120に上がりました。 運が40に上がりました。 スキル【会心LV.1(新)】習得しました。 【痛覚軽減LV.3→LV.7】に上がりました。 【鑑定士LV.5→LV.6】になりました。 【ゴブリンキラーLV.4→LV.8】になりました。 スキルポイントを10獲得しました。
▶称号【強敵打破】を獲得しました。 【強敵打破】の称号によりスキル【剛力LV.1(新)】獲得しました。 スキル【堅牢LV.1(新)】獲得しました。
▶ゴブ子のレベルがMAXになりました。 【進化】が可能になりました。
いつものようにアナウンスが終わった瞬間、私の体を光が包み込む。そして、光が収まると欠損していた左腕と、右足が元に戻っていた。
重傷だとこんな風に回復するのね。
▶使い魔ヘルがスキル【可視化】習得しました。
▶ゴブゑのレベルが10に上がりました。
▶ゴブゑのレベルがMAXになりました。【進化】が可能になりました。
▶アリシアのレベルが7に上がりました。
▶アリシアのレベルが8に上がりました。
▶アリシアのレベルが9に上がりました。
「私達……勝ったんですか?」
「ギギ?」
アリシア達の言葉に私はゆっくりと頷く。
「やった……やった。やったー!」
「ギギギ~!」
アリシアは泣きながら喜び私に抱き付き、ゴブゑは踊りながら私達の周りを回る。
MPが減りそうな気がする踊りである。
〈まさか、彼女が決めるとは……〉
それは私も思った。
〈とにかく、これでやっとすべてのゴブリンを倒してマスター達も進化出来ますね〉
はっ! そうだった!? アナウンスでそんな事を言っていたような気が───放心していたからあんまりちゃんと聞いてなかった。
〈マスター……〉
「ご主人様……」
すいませんでした。そんな目で見ないで下さい……。
と、とりあえず拠点に戻ろう! 話はゆっくりと出来る場所でしたいしね!
私の提案に特に反対は無く、いつものように死体の一部を切り取り拠点へと帰るのだった。
と、とにかくあれだ。皆無事で良かったよ!
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