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番外編1-4

 夜になり、祭りの華やかさが色を変えても、アランはまだソフィアを見つけられずにいた。


 昼間パレードが通った大通りの中心にある広場では、大きなかがり火が炊かれ、その周りを酔った大人たちが楽しげに摂り囲んでいた。

 楽器を奏でる者、大声で歌を歌う者。肌を露出したドレスを着た女たちは、花のように鮮やかな色の裾をひらめかせて踊り、杯を持った男たちは赤らんだ顔で陽気な声を上げる。


 馬鹿騒ぎしている大人たちの後ろをすり抜けるようにして、アランは貧困街へ続く路地裏へ戻ってきた。


 このままでは、マイクに合わせる顔が無かった。

 自分がソフィアを連れてくると期待しているマイクに身一つで報告に向かわなければいけないと思うと、一日中駆け回った足は棒のように重く痛んだ。


 路地裏に入ると間もなく、仲間の少年が声をかけてきた。


「よう、アラン。お前、今日は一体何してたんだ? お前のことずっと探してたんだぜ」


 すると別の少年がやって来て、話に加わった。


「昼間、大通りでお前の姿を見たぜ。何だってあんなところをうろついていたんだよ」


 アランはマイクのためにソフィアを探していたことを悟られないように、わざとどうでもよさそうな声で答えた。


「ああ、ちょっと探し物をしてたんだ。ところで、おまえこそ俺を探してたって、何か用だったのか?」


 少年たちは一瞬何か言いたげに顔を見合わせてから、アランの方へ向き直った。


「――さっき、マイクが死んだんだ」

 



 アランが教会へ駆けつけたときには、既にマイクの遺体は焼却場へ運ばれた後だった。


 貧困街で亡くなった者の多くは、この地域にある教会へと運ばれる。

 流行り病の予防や衛生面での配慮などから、墓地や葬儀屋を手配できない住民には、教会がその代行をするという決まりがあった。

 一旦教会で安置された遺体は、間もなく焼却場へ運ばれ、城下町のはずれにある集団墓地へと埋葬されることになっていた。

 見送る親族もいないマイクの遺体は、教会へ運ばれてすぐに焼却場へ移されたらしい。


 アランは祈りを捧げることもなく、空になった棺台の前に立ち尽くしていた。


「どうして、待ってなかったんだよ……」


 苦しげに絞り出した声は、無人の教会に虚しく響いた。


 自分がもう少し頑張っていれば――何とかして、昼間のうちにソフィアを見つけていれば、マイクは無念のうちに死なずに済んだのだろうか。

 最期に大好きだったソフィアに会えて、笑顔で逝けたのだろうか。


 アランの中にあったのは、マイクが死んで悲しいとか、借りを返せなくて申し訳ないとか、そういう明確な感情ではなかった。

 マイクの死は――生は、一体なんだったのだろうかと、それが永遠に答えの出ないまま終わってしまったであろうことがただただ虚しかった。


 アランは教会を後にすると、仲間からソフィアの家の場所を聞きだし、そこへ向かった。


 ソフィアのことを尋ねるアランに仲間の少年は一瞬ぎょっとしたが、すぐにマイクの死を報告に行くのだろうと悟ると、それ以上何も言わずに送り出した。


 途中、アランの事を聞きつけた別の少年が慌てて追いかけてきて、ソフィアなら今さっき繁華街の酒場で見かけたと伝えに来た。


 一日中必死で求めていたソフィアの居場所は、冗談のようにあっさりと判明した。


 アランはつま先の向きを変え、夜の街を黙って歩き続けた。


 やがてアランがたどり着いた酒場で待っていた少女は、果たして、ピンク色のドレスなど着ていなかった。


 薄紫色の生地に濃いブルーのレースが縁取られた、大きく胸元と背中の開いたドレスを着て、ソフィアはアランを出迎えた。


「あなたが、マイクのお友達?」


 取次ぎの男を手で軽く追い払うと、品定めでもするようにソフィアはアランを頭の天辺からつま先までじろじろと観察した。


「ピンクのドレスじゃ、なかったんだな……」


 それが、念願だったソフィアを前にしてアランが最初に発した一言だった。


 ソフィアは一瞬「はあ?」と眉をひそめたが、すぐに何か思い出したのか、「ああ」と小さく声を漏らした。


「あの、ダサいドレスね。マイクがくれたやつでしょ。馬鹿な子。あんな安物、このあたしが本当に着るわけないじゃないの」


 黙りこんだままのアランを、ソフィアはじれったそうに睨んだ。


「それで? マイクのお友達が一体何の用なの? まさか、どうして待ち合わせに来なかったのかなんて説教しに来たんじゃないでしょうね?」


 待ち合わせなんてしてたのか。良く動くソフィアの唇をぼんやりと眺めながら、アランは気が抜ける思いがした。

 待ち合わせしていたのなら、どうしてマイクは初めからそう言ってくれなかったのか。言ってくれたら、あんなにあちこち探し回る必要なんて無かったじゃないか。


 ――いや、この女は、待ち合わせ場所には来なかったようだから、結局は同じことか。


 ソフィアは呆けたままのアランを心底うざったそうに見下ろした。


「あんな卑しい子供、あたしが本気で相手にするわけないでしょ。父さんにマイクのことを話したのだってあたしよ。ちょっと遊んであげたくらいで、このあたしと対等になった気でいるなんて図々しいのよ」


 ソフィアは興奮気味にそうまくし立てると、すました雌鶏のようにフンと鼻を鳴らした。


「マイクに伝えておいて。あたしと仲良くしたいなら、もっと上等のドレスを贈って頂戴って。まあ、あんたたちみたいな子供には、一生かかっても無理だと思うけれど」


 アランは薄暗い店内で、ランプの燈に照らされて立つ薄紫のドレスの少女をぼうっと見上げていた。


 アランにはソフィアが、マイクが言っていた通りの『綺麗な人』なのかどうかよくわからなかった。

 大胆に露になった胸元の肌は白く、首筋に落ちる金の髪は艶やかで、大きなブルーの目はランプの燈を映して硝子玉のように輝いていた。


 多くの男はそれを『綺麗だ』と賞賛するのかもしれない。


 ただ、妖艶に紅く塗られた唇から紡ぎだされる言葉は、ひたすらに醜いとアランは思った。


 アランが口を開く気配がないので相手にならないと思ったのか、とうとうソフィアは痺れを切らしたようにアランの背後に目を向けた。


「――それで? マイクは今どこにいるの?」


 アランは少しだけ驚いた顔になる。あれだけぼろ糞に言っておきながら、なんだ、まだマイクに会う気があったのかと。


「――マイクなら死んだよ」


 ソフィアの口が、「え」という形に開かれて声が出る前に動きを止める。アランは構わずに続けた。


「あいつは最期まであんたのことを『綺麗だ』って言ってた……他の誰とも違うんだって……」


 アランはそこで初めてソフィアの目をまっすぐに見上げた。


「あんたがどんな奴で、マイクのことをどう思っていたかなんて俺にはどうだっていい。どうだっていいけど……」


 アランは薄明かりの中で、静かに拳を握り締めた。


「せめて、あいつの死に恥じない生き方をするんだな」


 口を開けたまま立ち尽くすソフィアを放置して、アランは酒とタバコの臭いに満ちた店を後にした。


 外に出ると、ひんやりとした風に乗って、賑やかな音楽が遠くから聞こえてきた。星が満ちる夜空には、祭りを楽しむ人々が灯す柔らかな明かりが溶けるように滲んでいる。


 アランは急に夜風が肌寒く感じて、身を守るようにシャツの襟元を立てた。


 マイクは幸せだったに違いないと、今ならはっきりと思えた。

 自分の愛しい人が、『綺麗だ』と信じたまま逝けたのだから――。


 夜風が刺すように冷たく、アランは祭りの明かりから逃げるように路地裏へ帰った。



 ――澄んだ夜の空気は冷たく、どこか清らかで、ひたすらに空虚だった。




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