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番外編1-2

 レナ・ウォルバートは馬車の中で一人むくれていた。


 今日は楽しみにしていた花祭りの初日、しかも盛大なパレードが今にも始まろうとしている時間に、どうして自分は狭い馬車の中にいるのだろう。


 先日十三歳になったお祝いに父親から贈られた菜の花色のドレスは、今日の花祭りに相応しい華やかな装いだった。

 しかしながら、馬車の中にいてはドレスを見せる相手もいない。


 これでは滑稽なピエロそのものだと自嘲のため息をついた時、唐突に馬車の扉が開かれ、外の様子を見に行っていた付き人のオリビアが戻ってきた。


「お嬢様、やはりここから先は馬車で進むことは難しいようです」


 オリビアは困った顔でレナにそう告げた。


 実のところ、彼女が困っているのは馬車が先に進めないことではなく、そのせいで主人の不機嫌が深刻化することだった。

 三角形のレンズの入った小さな眼鏡を鼻に乗せ、頭の天辺で一つに結ったお団子をつんと尖らせたオリビアは、いかにも神経質そうな様子でドレスの裾を掴むと馬車の椅子に腰を下ろした。


 今にも御者に引き返すよう命じそうなオリビアに、レナは慌てた。


「オリビア、あなたまさか、このままパレードも見ずに屋敷へ帰るなんて言い出さないわよね?」


 するとオリビアは、いかにも心外だとばかりにきりりと上がった細い眉を寄せた。


「さすがのわたくしも、そのように意地の悪いことは申しません。お嬢様がいかにこの日を楽しみにしていらっしゃったか、よ~く存じ上げておりますから」


 その言い方に若干非難めいた含みを感じたが、レナはあえて気付かなかったことにしてオリビアに安堵の笑顔を向けた。


「そう……それなら良いのだけど。それで、馬車で進めないのなら、ここに停めて歩いて会場へ向かうしかないわね」


 言いながら早速腰を浮かせるレナに、今度はオリビアが慌てた声を上げた。


「お嬢様? まさか、あの人ごみの中を歩く気ではありませんよね!?」


「歩く気だけど……いけない?」


 平然と答える主人に、オリビアは呆れた様子でため息を返した。


「お嬢様は、あの人ごみをご覧になってらっしゃらないからそのようなことが言えるのです。国のあちこちからやって来た老若男女が、息がかかるほどの距離で押し合うようにしてひしめいているのですよ! そこらの街娘ならともかく、お嬢様のような良家の子女がはしたなく出歩いて良い場所ではございません……!」


 またそれか、とレナは内心うんざりした。オリビアに限らず、屋敷にいるレナの周りの者たちは、何かといえばすぐに「ウォルバート家の人間にふさわしくない」という言葉を持ち出して、レナの行動を制約しようとする。


(ウォルバートなんて、爵位も持たないただの成金にすぎないというのに)


 レナの父親は一人娘の立ち居振舞いに大変厳しかった。公爵家や伯爵家の娘たちと同じ学院に入学させ、常に彼女たち以上の気品とプライドを持って生活することをレナに強いた。


 レナはそれが窮屈で、何よりも自分にはそぐわないと感じていた。


 豪華に着飾って社交界のパーティーへ赴き、気の合わない学院の友人たちと退屈な噂話に花を咲かせるよりも、屋敷の庭師に教わりながら土をいじり植物を育てたり、太陽の下で清々しい風を切りながら馬術に励んだりする方がよほど楽しいことのように思えた。


 しかし躾に厳しい父はもちろんのこと、レナの教育係もといお目付け役であるオリビアをはじめとしたレナを取り巻く屋敷の者たちは、彼女のそういった嗜好が“お嬢様”らしくないと眉をひそめるのだった。


(お母様が生きていらした頃は、もう少しましだったわ……)


 母と花祭りに来たことがあるのは、たったの一度だけだった。レナがまだ五歳のときであまりはっきりとは覚えていないが、母と二人、手を繋いで色とりどりの街の中を歩いたのがとても楽しかったことは覚えている。その後すぐに母は病床に伏し、まもなく帰らぬ人となった。


 母が亡くなって以降は、父はレナの教育に一層厳しくなった。そのため、花祭りのような大衆の場に町民に混じって出歩くような行為をはしたないとし、毎回大通りに面したホテルの一室を借り切って娘にはそこから祭りを見物させた。


 しかし今年は、どうしても母が生きていたときのように自分の足で会場を歩きたいというレナの願いによって、やむなく父が「馬車で行くのなら構わない」と譲歩したのだった。


 というのも、レナの父親は彼女に少なからず罪悪感を抱いていたからだ。


 先日、レナに弟が生まれた。


 レナとは腹違いになるその弟を、屋敷の内外の人間が次代の後継として尊んだ。

 結果、レナは一人疎外感を覚えることになる。しかもただ一人身内であるはずの父親は、弟の実母であり愛妾の女に執心で、尚更レナの孤独を強めたのだった。


 レナの父は日に日に我儘になっていく娘を、その負い目から強く嗜めることができないでいた。

 結局、あれほどはしたないと禁じていた花祭り見物もこうして許可してしまったのだ。


 それを喜ばしく思う一方で、まるで「好きにしろ」と放り出されたような気がして、レナは複雑な気持ちのまま祭りの場に足を運んだのだった。


「オリビア、たとえあなたがお父様に言いつけると脅しても、わたしは馬車を降りて自分の足で会場へ向かうわ。次はいつ許してもらえるかわからないもの。どうしても近くでパレードを見たいの……!」


 レナの決意の固さに、オリビアは言葉を失った。本当は、人ごみがすいた頃に馬車を進めればいいと考えていたのだが、その頃にはもうパレードは終わっているだろう。


 赤ん坊の頃からレナを見てきたオリビアだ。レナが一度決めたら頑として聞かないことは承知していたし、何よりも大切に思ってきた彼女がこうまで強く望んでいるというのに、無碍にあしらうことなどできなかった。

 近頃一人で寂しそうにしていることが増えたレナに笑顔が戻ればと、花祭り見物には自分も同行するからと父親に口添えしたのもオリビアだった。


「――わかりました。その代わり、わたくしの傍を離れないと約束してくださいませ。本当に、ものすごい人の多さなのです。お嬢様が転んで怪我でもされたら、旦那様へ顔向けが出来ません」


 オリビアの言葉に、レナはぱあっと顔を輝かせると、勢いよくオリビアに抱きついた。


「ありがとうオリビア! あなたのそういうところ、大好きよ……!」


 オリビアは一瞬目を丸くさせたが、和らいだ表情で笑みを浮かべた。


 普段は立場上ついレナに厳しく接してしまうオリビアだったが、無邪気なレナのこういうところが、たまらなく愛らしいと思うのだった。


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