51、ちょい欠けの月の下で
「わしじゃなくて、知り合いの男が悪いんじゃ。
『3人魔王』のCDを聞いて、面白いから出してみろと言われたんじゃ」
「人のせいにした上に、論点ズレてます。
なんで無断でやるのかって聞いてるんですよ」
「事前に聞いたら、ダメと言うたじゃろ?
コンクールの前じゃったしの」
「あたり前ですよ。
僕は作曲家じゃなく歌手になるんです」
「じゃが、作る方も才能がある。
それに気づいて損はなかろう。
音楽と言うのはのう、スグル。
はてしなく奥深いが、外堀も相当広いもんなんじゃぞ」
先輩は呆れたように肩をすくめ、それきり料理に視線を落とした。
新幹線を降りた駅で見上げると、ちょい欠けの月が中天に引っかかっていた。
先輩は老夫婦を先に家に帰し、あたしを送るためにバス停まで歩いてくれた。
「今の僕みたいなヤツだと思わないか」
月を見上げて、先輩が言った。
「昨日までは、もう少し丸かったんだ。
才能あるとか、いいやつだとか。
言われていい気になってるうちに、気がついたらこんなにいびつで。
おまけに地に足はついてないし、どこにも行き場がないと来た」
「でもちゃんと輝いてるし」
あたしは澄まして言ってあげた。
「知ってる? 月は欠けたりしないのよ。
光の当たり方の違いで、欠けてるように見えるだけ」
「なるほど」
街灯の下を、先輩の大きな影とあたしの小さな影が、並んで歩いていた。
寄り添っているふたつの影は、全然つりあってなかったけど、あたしは嫌いじゃないと思った。
今なら信じられる。
先輩とお父さんの間は、いつか必ず修復できるって。
すっかり前の通りになるとは限らないけど、かなりツギハギになるかもしれないけど。
でも、脚が3本しかなくて倒れてしまう椅子よりも、傘の柄かなんかでいいから継ぎ足してある椅子の方が、食卓に置けるだけなんぼかましってもんじゃないか。
あんなにひどい状態のお兄ちゃんとあたしでさえ、僅かであっても光を見つけることができたのだ。
しかも、扉を開ける鍵はあたし自身が持っていた。
自分の手の中にあるものを使うのは、じつはたやすい。
鍵穴はきっと見つかる。
頑張ろうね、ファン。
「欠けた月」と、自分を評した先輩が、「音楽の外堀」をかけめぐるダークホースになることを、この夜の時点では誰も知らなかった。
「ねえ、何か歌って」
あたしはおねだりした。
「ここでか?」
先輩があたりを見回す。
バス通り沿いの歩道は、結構人の姿がある。
「そう、ここで。 ちっちゃい声でいいから」
「唐突だな」
「お月様の歌がいいな」
「‥‥うーん」
ちょっと躊躇してまわりを見回し、それからクソ真面目に発声の姿勢をとろうとする先輩に、あたしは横から抱き付いた。
(マボロシカレシ 終わり)
ご愛読ありがとうございます。
この作品は、続編ということもあり、また、テーマが少々重いというか苦みがありすぎ??ということもあって、あまり一般的な作品には仕上がりませんでした。
ただ、シリーズ通して、私の中では実験的な作品だったので、とても勉強になりました。 例えば超短文で書く、ということをすることで、だらだら説明しないで比喩表現だけで書く手法を見つけたり、キンギョちゃんの一人称で、視点を絶対外さないで書く、という縛りを入れたことで、説明文に当たる文章にも極端に主観を入れ盛り上げる、など、他ではできない実験のようなことをたくさんやれたので、私自身の肥やしになることがいっぱいありました。
反面、読みづらく感じられた方もいらっしゃったかと思います。 にも関わらず、毎章アクセスしてくださった皆様に、心から感謝いたします。 ありがとうございました。




