湖水地方行き
金貨による狂乱が、遥か後方のプラットホームでまだ続いている。
その怒号とパニックの渦を背に受けながら、私たちはカーンフォース駅の最も端っこ、誰も見向きもしない寂れたホームへと滑り込んでいた。
そこに停まっていたのは、ロンドン行きの華やかな急行列車とは似ても似つかない、古い客車を引いたどこかの田舎行きの各駅停車。
蒸気の音もどこか間が抜けていて、煙突からボコボコと頼りない灰色の煙を吐き出している。
乗客なんて、老人が二、三人乗っているだけの、のどかで、そして最高に退屈なローカル線だ。
「……セーフ。なんとか間に合ったわね」
客車の固い木製シートにドサリと腰を下ろしながら、メアリーが長いため息を吐き出した。
「いいじゃない、メアリー! あれは最高の『富の再分配』であり、国家に対する神聖な一撃だったわ!」
向かいの席で、ボサボサの黒髪を揺らしながらエレーヌが情熱的な声を上げた。
「あの強欲な大人たちが、床に這いつくばって金貨を奪い合う姿を見なさいよ。法律も、警察の権威も、私たちが降らせた金貨の前にはただの塵芥に過ぎなかった! ああ、思い出すだけで極上の多幸感が脳髄を駆け巡るわね。」
「エレーヌ、また声が大きくなってるよ。せっかく変装したんだから、普通の女の子らしくしなよ」
私がすかさず突っ込みを入れると、エレーヌは「うるさいわね、これが私の普通よ!」と毒舌気味にそっぽを向いた。
「静かにしなさい、二人とも」
窓際に腰を下ろしたアニーが、冷徹極まりない声を響かせた。彼女は大柄な体躯をスッと正し、空っぽになった手元を見つめている。4人の中で最も肝が据わっている彼女は、あれだけの現金を失ったというのに、相変わらず沈着冷静そのものだ。
「個人的な物欲など、最初から私にはない。スラムの仲間たちの資金にできなかったのは残念だけど、あの金貨に群がっていた中には、バローの貧しい労働者たちも大勢混ざっていたわ。奴らが数枚でも金貨を掴み取り、明日のパンを手に入れたなら、今回の階級闘争は私たちの勝利よ」
アニーの堂々とした態度には、誰も異論を挟めない。
現金はなくなったけれど、彼女の誇りは一ミリも傷ついていないんだ。
「あはは! みんな格好いいこと言っちゃってさ!」
私は座席の上でハヤブサみたいにすばしっこく体制を入れ替え、窓の外を覗き込んだ。
ガタゴトと、のどかな音を立てて各駅停車がゆっくりと走り出す。
窓の外には、私たちが命がけで駆け抜けた、霧深く冷たいイングランド北西部の荒野が広がっていた。
バローの重油と鉄の臭いは、もうここには届かない。
私たちのポケットは、今や完全に空っぽ。
あんなに欲しかった金貨も、世界を揺るがす潜水艦の施工用詳細設計図も、何一つ手元には残っていない。
だけど、私の胸の奥は、これまでにないくらい熱く、満たされていた。
ただ退屈な日常が大嫌いで、死ぬかもしれないスリルを求めて飛び出した逃亡劇。
その終着駅で手に入れたのは、大英帝国の鼻を盛大にあかしてやったという、最高の、極上の多幸感だった。




