ドグマの言葉
ドグマが来たのは、師走の夜だった。
いつもの奥の席に座った。コーヒーを砂糖二つで頼んだ。
「仕事が決まった」
「倉庫の仕事ですか」
「そちらは続けている。別に、もう一つ。王都の再開発で、古い建物の解体をする仕事が来た。力仕事だが、給料が良い」
「それは良かったですね」
「来年から始まる。長い仕事になりそうだ」
コーヒーが来た。ドグマは大きな手でカップを持った。一口飲んだ。
「……前より甘い気がする」
「豆を少し変えました。冬は深みのあるものに」
「こういう細かいことを、ちゃんとやる」
「それが仕事ですので」
ドグマはしばらく黙ってコーヒーを飲んだ。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「俺は、ここにいていいのか」
カインは少し間を置いた。
「何度も来てくださっていますが、改めて聞くのはなぜですか」
「最近、王都で魔族が増えている。再開発の仕事にも、何人かいる。その中に、かつての魔王軍の者もいた」
「そうですか」
「その男が言った。お前はもう人間に染まったと。裏切り者だと」
カインは静かに聞いていた。
「それを聞いて、少し揺れた。でも、揺れた後で、ここに来たいと思った。なぜか、ここに来れば落ち着くと思った」
「それは良かったです。来てくれて」
「俺は、裏切り者なのか」
カインはコーヒーカップを磨きながら、静かに答えた。
「私にはわかりません。ただ、ドグマ様が今どんな人間であるかは、少しわかります」
「どんな人間だ」
「毎週来て、コーヒーを飲んで、花屋の手伝いをして、仕事を探して、今は二つの仕事をしている人間です。それ以上のことは、私には判断できません」
ドグマはしばらく黙った。
「……それだけで、いいのか」
「今のあなたを見ると、そう思います」
「人間は、俺のような者を、そう簡単には許さない」
「全員がそうではないと思います。少なくとも、ここに来るお客様の中には、あなたを追い出そうとした方はいませんでした」
「気づいていなかっただけかもしれない」
「かもしれません。でも、気づいていても変わらなかった方もいると思います」
ドグマはコーヒーを飲み干した。
「……ここにいていいか、という問いの答えは」
「いていいです」
ドグマは少し間を置いた。
「短い答えだ」
「それ以上の言葉は必要ないと思いました」
ドグマは立ち上がった。代金を置いた。
「また来る」
「お待ちしています」
大きな背中が扉を出た。
カインはカップを棚に戻しながら、ドグマの問いを思った。
いていいのか。
その問いは、この店に来るすべての人が、どこかで抱えている問いかもしれない。
そしてカインの答えは、誰に対しても同じだった。
いていいです。
それだけで、十分だった。




