弟子は連れてこられない
ゼファーが弟子を連れてきたのは、木曜の朝のことだった。
「先生、ここが先生のお気に入りの店ですか」
弟子は二十歳の青年で、ファリドという名前だった。ゼファーの研究室で助手を務めている。好奇心旺盛で、利発で、師匠のことを心から尊敬している。
扉の前で、ゼファーは看板を読んだ。「お一人様専用」。
「……しまった」
「先生?」
ゼファーは扉を開けた。カインが顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
それから、ゼファーの後ろにいるファリドを見た。
「申し訳ありません。当店はお一人様専用となっております」
「わかっています。説明を忘れていました」
ゼファーはファリドを振り向いた。
「お前は外で待っていなさい」
「え、でも先生、寒いですよ」
「コートを着なさい」
「先生のためを思って言ってるんですが」
「私のことはいい。外で待ちなさい」
ファリドは渋々、扉の外に出た。ゼファーは中に入り、いつもの奥の席に座った。
カインがコーヒーを持ってきた。
「弟子の方ですか」
「そうです。優秀ですが、距離感がわかっていない」
「若い方は、そういうものかもしれません」
「私は二十歳のときからひとりでいるのが好きでしたが」
「それはゼファー様が特別だったのでは」
ゼファーは少し考えた。
「……そうかもしれません」
コーヒーを飲みながら、窓越しに路地を見ると、ファリドがコートを着て壁にもたれて立っているのが見えた。寒そうだった。
三十分後、ゼファーが出てくると、ファリドは鼻を赤くしながら言った。
「先生、その店、何がそんなにいいんですか」
「静かなんです」
「僕がいたら静かじゃない?」
「いたら静かではない」
ファリドはしょんぼりした。
「でも先生、一人で来られる場所があるのは、いいことだと思います。師匠にも息抜きが必要ですから」
ゼファーはコートの前を合わせながら、少し間を置いた。
「……賢いことを言いますね」
「先生に教わりましたから」
「私はそんなことを教えた覚えはありませんが」
「背中で教わりました」
ゼファーは何も言わなかった。
二人は並んで路地を歩いた。
翌週の木曜、ゼファーは一人でSOLITAIREに来た。
いつもの席で、いつものコーヒーを飲んだ。
カインは何も聞かなかった。
でも、帰り際に一言だけ言った。
「弟子の方は、元気でいらっしゃいますか」
「元気すぎて困っています」
「それは良いことだと思います」
ゼファーは少し、口元を動かした。
笑った、と言えるかどうかはわからなかった。でも、カインにはわかった。




