表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都のお一人様カフェ SOLITAIRE ソリテール  作者: yuruhuwa回路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/44

カインの手の傷

 ゼファーが気づいたのは、偶然だった。


 木曜の夕方、カインがコーヒーカップをテーブルに置いたとき、袖が少しまくれて、手首の内側が見えた。


 古い傷だった。


 刃物の傷に見えた。一本ではなく、複数。それも、偶然ついたものではなく、何かに慣れた手が残した跡だった。


 ゼファーは魔術師として、人体の傷の見立てにはそれなりの知識がある。あの種の傷は、訓練か、実戦か、あるいはその両方でつくものだ。


 カインは何事もなかったように袖を戻してカウンターへ戻った。


 ゼファーはしばらく原稿用紙を見つめていた。ペンが止まっていた。


 一時間後、帰り際にゼファーは言った。


「一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「あなたは以前、別の仕事をしていたとおっしゃっていましたね」

「はい」

「その仕事というのは、この店とは……ずいぶん違う種類のものでしたか」


 カインは少し間を置いた。それから、静かに言った。


「はい。かなり違います」

「それは、今のあなたには話せないことですか」

「今は、ここがあればいいと思っています」


 ゼファーはその答えを受け取った。直接的な答えではなかった。でも、何かを語っていた。


「……なるほど」


 ゼファーはコートを羽織った。扉に向かいながら、もう一度だけ振り返った。


「一つだけ言わせてください」

「はい」

「あなたがここにいることは、多くの人間にとって、よかったことだと思います。以前どんな仕事をされていたかに関わらず」


 カインは一瞬だけ、表情が変わった。


 それはほんの一瞬で、ゼファーが見ていなければ気づかなかったかもしれない。


「……ありがとうございます」


 カインは静かに言った。


 ゼファーは路地に出た。夜風が冷たかった。


 学者は歩きながら、頭の中で仮説を組み立てていた。いくつかの可能性が浮かんだ。傭兵。騎士。暗殺者。あるいは、もっと別の何か。


 しかし、どれが正解であっても、ゼファーはそれを誰にも言わないと決めた。


 カインが語らないことには、語らないだけの理由がある。


 それがこの店のルールだと、ゼファーは知っていた。


 翌週の木曜、ゼファーはまたSOLITAIREに来た。


「いつものを」と言った。

「かしこまりました」とカインが答えた。


 それだけだった。


 それでよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ