弱者の末路
女子の堪え切れない泣き声と男の興奮した鼻息のみが大講堂に反響する。
「おらさっさと脱げ!」
「いや! やめてッ!!」
一向に脱こうとしない女子に痺れを切らし、乱暴に制服を引っ張る。
「いやあぁぁ!!」
ビリビリッと布が引きちぎれる音と共に女子の胸部の素肌が露わになる。
薄い桃色の下着に包まれた胸が男の視界に入り、下半身が一気に熱くなっていく。
完全に色欲に堕ちた男は目の色を変えて女子に迫りだす。
「ああダメだ! もう我慢ならねえ!!」
泣きじゃくって暴れる女子を再度羽交い締めし、そのままどこかへ連れて行こうとする。
先程まで抱いていた適合者に対する激しい怒りは頭の片隅に追いやられ、男は目の前の女を食い潰すことしか考えられなくなった。絶対に忘れないと誓った、世界でたった一人の大切な姉が適合者に深く傷つけられた過去さえ、どうでもよくなる。
「いや! 離して!!」
「心配すんな! ちゃんと気持ちよくしてやるから!」
血走った目で女子の体を舐め回し、これからのお楽しみに涎が止まらなくなる。
目出し帽を被っているため表情は見えないが、欲望に満ちたオスの顔になっているのは容易に想像できた。
ただ、女子も簡単に連れ去られたりはしない。
「痛ッ!!」
「ウウウゥゥ!!」
「いだだだだ!! くそッ!!」
突如として襲った急激な痛みに思わず腕を解く。
「この女! 思い切り噛みやがった!!」
羽交い締めする男の腕を千切る勢いで噛みついたのが功を奏し、拘束から逃れることができた。
だが、直後に怒り狂った男の蹴りが女子の腹部にめり込む。
「ウッ・・・!!」
「調子に乗ってんじゃねえぞ!! くそ女が!!」
霊力による防御が間に合わず、宙に浮くほどモロに食らってしまう。
宙を舞った女子は鈍い音を立てて床に落ち、そのまま腹部を押さえてうずくまる。息もできない痛みが正常な思考を奪う。
そんな無防備な女子に、男は銃口を向ける。
「殺す! ころす!! コロス!!! ブッ殺してやる!!!」
怒りの沸点を突き抜け、我を忘れた男は狂人と化した。
そんな人間にとって、銃の引き金はあまりに軽い。
「死ねえェェ!!!」
怒号と同時に轟く数発の銃声――。
誰もが女子の命が絶たれることを覚悟して目を背け、声にならない悲鳴をあげた。
「!?」
しかし、その想像は現実とはならなかった。
寸でのところで女子を救ったとある人物。
「怪我はないかい?」
「せ、先生・・・どうして・・・」
それは霊力を持たない、非適合者の教師だった。
一見、非力に思える眼鏡をかけた男性教師は、死を恐れずに女子のもとへ飛び込んだ。
結果、間一髪で銃弾を躱した二人はお互いの無事を確認する。
「生徒を守るのが教師の仕事だからね」
「でも、先生は・・・」
「誰かを助けるのに適合者も非適合者も関係ないよ」
「先生・・・うぅぅ・・・」
泣き腫らした女子の目元に再び涙が溢れる。
「間に合って本当に良かった・・・ッ!!」
「!! 先生!?」
教師の身に纏っていた白衣に赤色が滲む。
どうやら、躱し切れなかった銃弾が左腕を掠っていたようだ。
「早く止血しないと!」
「大丈夫。ちょっと掠っただけだから」
突然の救出劇に、完全に忘れ去られた一人の男がけたたましい怒声をあげる。
「なに助かった気でいやがんだ!! てめえら!!」
再び銃口を向けてくる男に対し、教師は女子を庇うような姿勢を取る。
「どけ!! その女は処刑対象だ!!」
「大事な生徒を処刑するなんて言われて黙ってる教師がいると思うかい?」
「ならまずはてめえから殺すッ!!」
男の指が引き金にかかる。
「精一杯抗わさせてもらうよ」
「ハッ! やれるもんならやってみろ――」
教師に狙いを定め、指に力が入る。
「クソ雑魚がッ!!」
銃口から銃弾が飛び出す直前、白衣のポケットに突っ込んでいた教師の右手が僅かに動いた。
次の瞬間、教師の周囲の空間が歪み、撃たれた銃弾は勢いを失って落ちていく。
「なッ!?」
「油断したね」
動揺した男の隙を見逃さず、教師は一気に間合いを詰める。
「くそッ!!」
迫り来る教師に慌てて銃口を向ける。
男の銃弾が教師を貫くのが先か、教師の伸ばした腕が男を捕らえるのが先か。
そんな両者の結末は思わぬ形で終止符を打つ。
『――パパアァン』
二人とは別の場所から轟いた二発の銃声。
「うッ!!」
「ぐッ!!」
一発は男の右手に、もう一発は教師の右腕に命中。
男は手から銃を落とし、教師は伸ばしていた右腕を抱えて倒れる。
「・・・何を勝手に盛り上がっているんだ?」
音もなく突然現れた望月が冷徹な視線で二人を見下す。
気を抜けば一瞬で殺されそうな程の殺気を垂れ流し、圧倒的強者のオーラで立つ望月に、二人は恐怖で慄いた。
「あんたイカれてんのか!? 俺は味方だぞ!!」
「・・・味方? 何か勘違いしているようだな」
右手に持つハンドガンを男に向けると、望月は抑揚のない冷めたい声音で告げる。
「有志は俺たちにとってただの手駒だ。手駒の分際で戯言をぬかすな」
「手駒・・・だと?」
「非適合者みたいな人間の進化に失敗した無能にはそれくらいの価値しかないだろ? 駒として使ってもらえるだけ有難いと思え」
「ふ、ふざけるなッ!! やっぱりおれたちのことを見下してたのか!!」
「そう喚くな。無能の大声ほど不快なものはない」
「テメエェェ!!」
完全にブチギレた男は瞬時にポケットから何かを取り出す。
小型のリモコンのような物体が男の手元に現れ、赤い凸型のボタンに指が置かれる。が、しかし。
「駒にもなれねえゴミが。最後まで手間かけさせやがって」
視認できない速度で銃弾が男の眉間を撃ち抜く。
男が取る行動などわかっていたかのように。
「・・・」
命を失い、ただの肉塊となった男の体がゆっくりと倒れていく。
ゴンッ――。
鈍い音が大講堂に響き渡る。
すぐ目の前で人間が一人死んだ。つい少し前まで人質を盾にして支配者を気取っていた男が、いとも容易く死に絶えた。
大講堂は恐怖で凍りつき、人質全員の思考が停止する。息をすることさえも忘れ、無音の静寂が場を包み込む。
「・・・」
もう誰の目にも反抗の意思はなくなっていた。
望月は続けざま、教師へ銃を構える。
言いようのない緊張が周囲に張り詰めていく。
「もし下手な気を起こせば、おまえもコイツと同じ末路を辿ることになる。わかったな?」
撃たれた右腕に走る激痛に耐えながら、教師はゆっくりと頷く。
望月は次に視線を生徒たちの方へ向けると、一拍置いてから声を張り上げる。
「これより、数名の名前を読み上げる。呼ばれたやつは速やかに壇上に移動しろ。一分以内に壇上に移動しなければ、今俺の前にいるヤツらの眉間を一人ずつ撃ち抜いていく」
淡々とした口調で恐ろしいことを言いながら、先程片山から渡された紙を取り出す。
「まずは――」
目を通し、羅列された生徒の名を読み上げていく。
該当の者が壇上へと上がるのを確認してから、次の名を読み上げる。
「――立花颯真。一年の立花颯真」
鋭い視線を生徒の群れへ向けながら、最後の名を呼ぶ。
入学式で新入生代表を務めた立花颯真は速やかに立ち上がり、指示通り壇上へと移動する。
呼ばれた計五名の生徒全員が壇上に移動したのを確認すると、望月も壇上へと向かった。
「さすがにわかっていると思うが、霊力は使わない方がいいぞ? これでお仲間諸共木っ端微塵になりたいなら話は別だが」
上着のチャックを下ろし、体に巻きついた爆弾を見せつける。
抵抗できない事実を改めて突きつけられ、立花颯馬は悔しさに奥歯を噛み締めた。意味がないとわかっていながら、せめてもの抵抗として鋭い眼光を望月に向ける。
「・・・俺たちをどうする気だ?」
「考えれば想像つくだろ?」
余裕の雰囲気を醸し出す望月を前に、最低最悪のシナリオが立花の脳裏に浮かぶ。
この男の言っていることはハッタリではない。反撃に出れば必ず爆弾を起動させる。
――それにこの威圧感・・・。
立花家の長男として、また霊術師の最有力候補として、大きな期待を背負いながら数多の実力者たちと手合わせしてきたからこそわかる。
目の前に立つ男は相当強い。それも霊術師と同等か、もしくはそれ以上。
意識的に力を抑え込んでいるため他の者たちにはわからないかもしれないが、僅かに漏れ出ている強者特有のオーラがそれを物語っている。
――いずれにせよ、相当マズイ状況なのは確かだ・・・。
ただ、このまま好き勝手に殺されるわけにはいかない。
ほんの少しの綻びも見逃すまいと視線を切らさず望月を睨み続ける。
「そんな熱い視線を送るな。照れるだろ」
「黙れ」
「おー怖い怖い。こっちは友好的に接しようとしてるってのに」
余裕綽々とした声色で立花を煽る。
「そんな殺気を向けといてふざけたこと言うな」
「何だ気づいていたのか。上手く隠していたつもりだったんだがな」
「ナメやがって」
二人の間にバチバチと火花が散る。
壇上にいる他の生徒たちを他所に、徐々に強まっていく殺気。
大講堂には二人の強者が放つ殺気という名のオーラがバチバチとぶつかり合っていた。




