蔑まれし者たち
一方その頃、大講堂へ向かった望月は――。
「騒ぐんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのか!!」
大講堂の重厚な扉を勢いよく開けたと同時に、耳に届く誰かの大声。
完璧な防音性能で外部からは気づけなかったが、大講堂内は騒然としていた。
望月は扉近くの階段を上がり、大講堂の舞台袖へ姿を消す。
「おい! 一体何が起こってる!」
「も・・・頭!」
報告しに来た者と同様、声をかけられた男は既のところで望月の名を呼ぶのを堪えた。
望月は鋭い眼光で睨みつけながら、舞台袖に待機している仲間たちへ事態についての説明を促す。
「そ、それが。いきなり有志の連中が生徒と言い争いを始めて・・・」
「言い争い?」
「俺たちにもよくわからないんです! ただ、どんどんヒートアップしていって、そしたらこんな状況に・・・」
「チッ! 勝手な行動取りやがって」
望月は舞台袖から騒ぎの中心へと目を向ける。
一人の男が女子生徒のこめかみに銃口を突きつけ、すぐ近くにいる生徒や教師たちへ怒りを露わにしていた。
「殺しますか?」
状況説明していた者とは別の男が静かに、冷酷に告げる。許可さえ貰えればすぐにでも始末できると言わんばかりの殺気を放ちながら。
「計画にない殺しはダメだ」
「ではどのように?」
「・・・チッ。もう少し様子を見てから判断する」
「いつ暴走するかわかりませんよ?」
「変に刺激してあのことをバラされるよりはマシだ」
あのカラクリがバレれば状況が一変してしまう可能性がある。
『この計画は必ず成功させろ。失敗は許さん』
あの人から告げられた言葉が望月の頭に浮かぶ。
たったそれだけで身の毛がよだつ程の恐怖を身体が感じる。
「まあ、もし犠牲者が出たとしても俺たちが関与していなければ問題ないだろう」
「承知しました」
「各自、所定の位置について常に見張っておけ。もし変な行動や言動があったら人質諸共殺して構わん」
「了!」
望月の近くにいたテログループの男たちは一斉に散開し、無線で聞いていた別の場所にいる者たちも動き出す。
「一応あの人にも伝えておくか」
望月は大講堂内にある影に潜み、気配ごと姿を消す。
叫び続ける男を暗闇から監視しつつ、とある人物に状況を報告する。
北棟で北島凛子と対峙している琥珀色の瞳の男に――。
* * *
――こんな状況なのに俺はなにしてんだ・・・ッ!
人質に取られ、涙を流している女子を目にしながら、九谷津は苛立ちと動揺を隠せずにいた。
――あの時俺が手を伸ばしていればこんなことには・・・!
それはほんの些細な出来事だった。
九谷津の近くの女子がポツリと呟いた言葉が、たまたま目の前にいたテログループの男に聞かれてしまった。
『なんでわたしたちがこんな目に遭わないといけないの?』
その言葉が男の気に障ってしまったのだ。
突然、男は『お前らが被害者ヅラすんじゃねえ!』と意味のわからないことを怒鳴り始め、女子とその周りの生徒たちと口論が始まった。
建設的な議論とは程遠く、徐々にお互いの気持ちをただぶつけるだけの言い合いへと発展していった。
『ムカつくんだよ! なんの苦労もせずにぬくぬく育ったガキどもが!!』
『意味わかんない! 勝手な被害妄想でこっちに八つ当たりしないでよ!!』
『黙れ!! 非適合者が今まで受けた差別の原因は全部適合者のせいだ!』
適合者による非適合者への差別。男はそのことについて怒声をあげていた。
霊力革命以前から各地で起こり、今なお続いている差別。中でも一部の適合者たちによる非適合者への非人道的な扱いはかなり酷く、命を絶った者も少なくはない。
それはまるで一昔前にあった人種差別のようであり、各地で抗議運動も行われている。
『お前らみたいな霊術師を目指すヤツらのせいで差別が助長されてんだ!』
『そんなの言いがかりだろ!』
『そうよ! 私たちがなにしたっていうのよ!』
『妄言も大概にしろ!』
ヒートアップする口論。
男の怒りを鎮めようと近くにいた仲間が駆け寄る。
『おい、一旦落ち着け! ここで言い争っても何も解決しないだろ!』
しかし、男はその制止を振り払って怒声を続ける。毎日のように夢で見る、とある過去が男に怒りを与えて突き動かす。
『社会に出たこともないガキが知った風な口を利くな! 霊術師が非適合者にしている差別の実態を知ればお前らもわかるはずだ! この世界がどれだけ狂っているのか! 世界平和を謳って格差や差別を隠し、誤魔化している権力者たちの闇を!』
大講堂に訪れる、一瞬の静寂。
それは真に迫った男の叫びが、ほんの僅かではあるが生徒たちの心を揺らした瞬間だった。
『・・・そんなの嘘よ』
『あ?』
『命を懸けて国民を守っている霊術師がそんなことするわけない! そう言って私たちを洗脳しようとしないで!!』
最初にポツリと呟いた、事の発端となった女子生徒が、潤ませた瞳で男を鋭く睨む。
『そ、そうだ! こんなヤツの言うことが正しいわけない!』
『デタラメ言ってんじゃねえ!』
『さっさと俺たちを解放しろ!』
事の発端となった女子の一言で、大講堂に解放コールが響き渡る。
『『『解放しろ! 解放しろ!! 解放しろ!!!』』』
一致団結して漂っていた重い静寂を突き破り、静寂に立ち向かう。
流れは変わった・・・かに思われた。
『黙れええぇぇぇ!!!』
突如、大講堂に轟音が走る。
『『『キャアァァァ!!』』』
天井に向けて男は銃声を鳴らし、傾きかけた流れを断ち切る。
威嚇射撃によって大講堂は再び恐怖の色に染まっていく。
誰もが撃たないものだと思い込んでいたところに鳴り響いた、突然の銃声。人質全員が怯んで動けない隙を見て、男は睨みつけてきた女子の腕を掴む。
『こっちに来い!!』
『やめて! 離してッ!!』
懸命に振り解こうと抵抗するが、成人男性の腕力に敵うはずもなく、どんどん男の方へと引っ張られていく。
周りの者たちはただその状況を見つめるだけで、誰も助けには入らない。いや、入れなかった。
助けたら自分が撃たれてしまうかもしれない。そんな不安が全員の体を石のように固めた。
そして、それは九谷津もまた同じだった。
――た、助けないと・・・!!
心の中では助けようと手を伸ばしているが、現実では一歩も動けずにいるだけ。
目の前の女子が男に引っ張られていくのを目で追うのが精一杯だった。
『大人しくしろ! 暴れたら殺すぞ!!』
『・・・ッ!!』
こめかみに銃口を突きつけられ、女子は抵抗を止めた。
ついさっきの威嚇射撃が効き、男は無抵抗になった女子を羽交い締めにする。
『テメェ! なにを――』
『動くな! コイツの脳みそに銃弾ぶち込むぞ!!』
『くっ・・・!』
助けに入ろうとした生徒たちの動きが一斉に止まる。
主導権は完全に男側に渡った。
こうして、一人の女子生徒がテロリストの男に捕まり、九谷津の目に女子の涙が映った。
――ちくしょう・・・ッ!!
奥歯を噛み締め、表情に悔しさを滲ませる。
しかし、それは九谷津だけではなかった。
黙って静観に徹する者たちは、皆一様に動けなかったことを悔やんでいた。
そんな周囲の悔しい表情を尻目に、男は女子に告げる。
「俺に反抗したこと、一生後悔させてやるよ」
「!!」
銃口を女子の胸元に突きつける。
「今この場で全部脱げ」
「!?」
下卑た視線を女子に向けながら、制服を脱ぐよう命令する。
「全裸で土下座したら殺さないでおいてやる」
「なんでそんなこと・・・」
「反抗は罪だろ? そして、適合者には非適合者を侮辱してきたという許し難い罪もある。罪は償わないといけない。何らかの形でな」
「そんなの横暴よ・・・」
「大勢の前で全裸になるのがそんなに恥ずかしいか? なんなら俺が無理やり脱がしてやってもいいんだぞ?」
男の腕に力が入る。
「いや・・・やめて・・・」
「どうする? 脱がずに死ぬか、脱いで生き延びるか。お前はどっちを取る?」
「・・・」
「さっさと選べ!! くそ女!!」
男の怒声が大講堂に響き渡る。
「・・・ました」
「あ?」
「・・・わかりました」
「何がわかったんだ? はっきり言え!」
「・・・脱ぎます。脱いで土下座しますから・・・だから」
女子の頬に一筋の涙が伝う。
「殺さないでください・・・」
完全に屈服した言葉。
男の身体に優越感の電流が迸る。気を抜けば果ててしまう程の快感に口元が厭らしく歪む。
「最初からそう言えばいいんだよ」
銃口を胸に押し付け、早く制服を脱ぐよう催促する男に対して、女子は唇を噛んで堪える。それでも零れ落ちる涙が頬を幾度となく伝う。
そんな状況でも、九谷津は動けずに静観するのみ。どうしても自分の命を捨てる覚悟が持てない。歯を食いしばり、己にのしかかる恐怖に抗うので精一杯。
そしてそれは他の者も同様だった。
一部の者は目を背け、現実逃避しだす始末。誰一人として、助けに入る気配はなかった。
女子の中にある希望の芽が静かに踏み潰されていく。




