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〜第3話〜 魔自義霊清楽


 晩餐会を催すかのような雰囲気。

 アキラはやたらニコニコしている。

 最初に会った時のような不審さは感じられない。


 しかし、冷静に考えて、異世界転移した先の、全く知らない赤の他人の家に上がり、そこで食事を頂くというのはおかしいのでは無いのだろうか。


 他に頼る存在がいないならまだしも、自分達には恐らく使えるであろう金もある。

 先程から眩がスカートから雑にぶら下げたベルトに袋の紐を巻き付け、携帯しているので紛失してもいない。


 今から逃げても遅くはない。

 しかしだ。


 料理が運ばれてくる。

 それぞれの前に、なぜかプレートではなく茶碗に装われた米、見た事がないような巨大な骨付き肉に、鮮やかな盛り付けのサラダ、皿一杯に湛えられた優しい白色のスープのセット。

 元々備えられていたナイフ、フォーク、スプーン、そして箸、好みの物を使って召し上がれという事だろう。


 眩以外のある程度の教養を持ち合わせている二人は、こういった、庶民には程遠いような、貴族的な場所での食事はコース料理のように、決められた順番に従って並べられるのではないのだろうかと思ったが、

 どうやらこのここの家主である、アキラ・リューンベリという男は、転移者である父に左手に米の入った茶碗を持って三角食べする事を強く推奨されて育った為、コース料理を激しく憎み嫌っているらしい。

 遅れてやってきた自分の料理を並べさせる傍ら、アキラはその事について、熱く語る。

 その様子にタマラはうんざりしている。


「またそれにゃ。こないだの客人の時もそうにゃ。いい加減飽きたにゃ」

「む…すまない」


 興味なさげに自分の手の平を見つめるタマラに小言を吐かれてやっとアキラが落ち着いた。


 テーブルに並べられた料理を眺めてみる。

 美味しそうだ。

 が、大丈夫なのだろうか…。

 知らない人の家なのに…。

 何か変な物でも入ってたりしないだろうな…。


 そして、「では」の一言で、家主とペットもといボディーガードが手を動かし、野菜を頬張り始めた。

 芽藺と清楽は注意深く、その食事の様子を眺めながら、安全性を見極めようとする。

 が、しかし…


「いっただっきまーす!」


 眩が急に肉を頬張り出す。

 慌ててフォークで刺してはかぶりついたせいで、ソースが少し周りに散っている。


「うおほ〜〜!! うんめー!」


 顔で欣喜、上半身で雀躍し、満足そうに頬張る。


 その様子を見て警戒する事が馬鹿らしく感じてきた二人も、うんざりしながらスープに手を付ける。


「美味い…」

「美味しい!」


 丁度良い暖かさ。味にも癖はなく、それでいて深い旨味を感じる。

 興奮気味に料理を頬張る様子を見たアキラは、優しく微笑むのであった。


- - - - - - - - - - - - - - -


 十数分経った頃、アキラ以外の者の皿は、全て片付けられた。

 口々に短な感想を述べ合う。


「すっごく美味しかったね!」

「今までこんなの食べた事ねえな…」

「いっそ私、もうこの世界に住んじゃいたいです…」


 清楽のその言葉を聞いて、ギョッとした表情を浮かべ、


「ダメだからな!?」


 と、芽藺が大慌てでストップをかける。

 その様子を見て大笑いする眩。


 そんな三人をよそに、一人黙々と食事を頬張っていたアキラの手が止まる。

 すると、メイドの一人を呼び出した。


「なあヒエル、これ料理多くない? 俺の分少なめって言ったんだけど…」


 どうやら自分の料理の分量に思うところがあるようで、やや口調が崩れている。


 呼ばれてやってきたのはやたら背丈が小さく、プラチナブロンドのツインテールのメイド。

 まだ12歳ぐらいの子供に見える。

 いくらメイドであってもそんな子供に強く当たるとは何という外道か、と憤慨して見つめる清楽。

 だが、この時最も怒りを感じていたのは、このヒエルと呼ばれた彼女であった。


「あの、アキラ様、どうして分かってくれないんですか?」

「へ?」


 思わぬ反応にアキラの表情が歪む。

 それを側から見る三人も当然困惑を隠せず、揃いも揃って眉を顰めて眺める。


「ねえ芽藺、なんかあの幼女怖くない?」

「いや、まあ気のせいだろ、言葉の綾というやつだ…」


 眩はヒエルの何を見たか。

 ずばり、表情だ。


 眩は一時期ヤンデレ少女に激しく憧れ、鏡の前で、恐怖を誘うような表情というのを練習していた時期があった。

 だからこそ、彼女の表向きの無表情の裏の何かに気付けたのだ。


 状況は一時、沈黙による滞りを見せていたが、やがて動き出す。


「あのですねえ、前から言ってる事ですけど、量を減らせと言われてもですね、私達としましては、たくさん食べて強くなって欲しいんですよ。

 早く虚弱体質を克服して元気になってくださらないと、心配で心配で、夜しか眠れませんよ…」

「いや、でも食い切れな___


 酷く怯えたかのような表情で拒否しようとするが、ヒエルの勢いは止まらない。


「客人の御三方の食事の六割程の量ですよ? まさかたったのこれしきも食べられないんですか?」

「…明日の朝食にしたらダメ…か?」

「ダメです。今食べてください」

「いや、もう無理だって…」


 参ったと言わんばかりに両手を上げ、椅子にぐでっともたれかかる。


 清楽はロリメイドが虐げられていない事を知り安心はしたものの、アキラの訴えにやや寒信を感じた。


「もー、私があーんしてあげるにゃ」


 そう言ってタマラが立ち上がるとアキラに寄り添う。

 肉の一部をナイフで切り、フォークで刺す。

 その下に手を添えながら、アキラの口元に近付ける。


「あーんするにゃ」

「え、えぇ…」

「はい、あーーーん」


 相当参っているようだが、タマラの押しが強いせいで屈してしまい、口を開ける。

 その傍で、アキラがタマラに何度も餌付けされる光景を眺めては、一人ニヤニヤしているヒエルが妙に不気味に見える。


 しかし、限界はすぐに訪れた。

 アキラが吐き気を訴え始めたところでストップがかかった。


「しょうがないですねぇ、明日の分に残しておきますから、ちゃんと食べといてくださいね。

 いつものように、朝ご飯食べずにどこかに行ったら怒りますからね」


 そう言ってヒエルは他のメイドを引き連れ、とことこと料理を運んで立ち去った。

 タマラはというと、最初にアキラが餌付けを受け入れて以降、アキラにべったりとくっ付いている。

 三人の目には、それが飼い主にじゃれつく猫にしか見えなかった。


「見苦しい物を見せてしまったね。はは…」


 苦笑し、タマラを押し除けて立ち上がる。

 蔑ろにされたと不満そうにタマラがちょっかいかけるが「ほんとにやめて」と嗜められ、そっぽを向いてムスッとする。

 その様子がどうもおかしくてまた笑えてしまう。


「いやいや、面白かったからいいよー!」

「私が本気で苦しんでるところを面白がって見ていたのか…」


 無自覚な眩の口撃をモロに食らいながらもなんとか耐え、辛うじて作った笑みを崩さず部屋から出、優しく三人を部屋に案内する。


「やっと帰れるんだな…」


 清々したかのように重々しく漏らす。

 だがしかし、そんな芽藺の意表を突くような言葉が廊下に反響する。


「うちは帰りたくない」

「は!?」


 先程まで軽やかだった足を止め、振り返り、眩の顔を睨みつける。


 空気が拗れたのを肌で感じたアキラとタマラも足を止める。

 仲裁しようと迷うが、これは転移者であるこの二人同士の争いだ。

 余所者が突っ込む領分ではないと自粛する。

 しかし、その手にはペンとメモ帳が握られていた。


「おい眩、何寝ぼけた事言ってんだ? お前も帰るんだぞ?」

「いーや、うちは帰らない! 折角こんなすごい世界に来たんだから楽しみたいし、まだうちの髪も確認してないし!」

「はぁ!? お前少しは私に気を遣えよ!」

「そっちこそうちに気を遣ってよ!」

「…おい清楽、どう思う? お前は帰りたいよな?」

(え? やめてくださいよ、なんで私に振るんですか!?)


 交互に二人の顔を見ながらあたふた。

 挙句の果てに、そこらを右往左往した後、壁に向かって勢いよく振りかぶり、盛大にツルハシを振るうかのように、頭をぶつけた。


 場に鈍い音が鳴り響く。

 そしてヨロヨロしながら上半身を真後ろに反り、重心がズレたと思うと足が浮き、そのまま盛大に倒れた。


 キャパシティオーバーが引き起こした奇怪な動きによって訪れる静寂。

 一同皆真っ白になる。

 が、どうにか冷静になり、筆記用具をしまって介抱するアキラ。

 そんなアキラに続いて清楽に回復魔術を施すタマラ。


 だが、眩と芽藺だけは、こうなる事を知っていた。

 自分達の間に生じた諍いで、どちらかに共感させようとすると毎回こうなる。

 でもだ、互いにヒートアップし過ぎたせいで、彼女の一定の用量を超えてしまうとショートし、訳の分からない行動や自傷に走る性質を忘れてしまったのだ。


「「申し訳ありませんでした」」


 二人揃って仲良く土下座。

 美しく、綺麗な角度で屈折する腰。

 絶妙な丸まり方。

 そしてこの高さ。

 まさに二貫の寿司。

 これぞジャパニーズ・ソウル。

 これぞ大和魂である。


「先輩、やめてください…」


 復活した清楽が二人の寿司スタイルをやめさせる。

 お代官様の趣向には合わなかったらしい。

 大人しく正座で謝意を伝える事にしたようだが、それすらも「やめてください」と言われてしまう。

 謝罪禁止のディストピア。

 どう生きればいいのか模索するが、分かる筈もなく、病に臥したかの如く頭を抱える。

 当然ドクターなど現れない。

 しかし、レボリューションは訪れた。

 皮肉な事に、この悪政を敷く清楽によって。


「…芽藺先輩には悪いですけど…私は帰りたくないです。

 記憶に残らなくとも、どうせなら出来る限り、楽しんでから帰りたいです」

「清楽お前…」


 自分の主張が通らない。

 そういう時こそ暴力だ。粛清だ。蹂躙だ。

 と、考える芽藺であったが、今回ばかりは自分達を慕ってくれる相手。

 殴るなんて出来ない。


「お前、何様のつもりだ?」


 暴力ではなく圧で攻める事にしたようだ。

 清楽もこれにはお冠。

 いくら先輩とは言えども、ここまで露骨に正面から自分を蔑ろにするような事を言われると腹が立つ。


「先輩が帰りたい理由って、推しの配信ですよね?」

「そうだが?」

「T○itterの呟きで見ましたけど、今年に入って五回は推し変してますよね」

「あがっ!」

「つまり、その推しの配信への情って結局のところは一過性の物ですよね」

「あのだな、あのだな___

「そんな一時的な感情で、私の眩先輩を振り回そうとするなんて、どうかしてると思います」

「おふ…」


 体から色素と熱が抜け落ちたかのような状態で萎びてしまった。

 溶けているかのようにどろっと床を抱く。

 眩に軽く蹴られたりしても動かず、どころか笑い出す始末。


「アキラさん、私達、この世界に残ろうと思います」

「…あ、はい。えと、部屋は、あれだ、今から案内するよ」

「わーい!」

「なあちょっと待てにゃ、それどうするにゃ?」


 タマラが指差すのは抜け殻と化した芽藺。

 完全に自暴自棄となってしまっている。

 子供の駄々みたいな物だろう。


「ほっとけばいいんですよ。芽藺先輩なんて。

 行きましょう、アキラさん」

「あ…はい」


 清楽と眩に後押しされ、仕方なく先程まで歩いていた方向と逆に向かって翻る。


(これでいいのか…?)


 そんな事を思いながら、二人を連れ、進むのであった。

 が、その時。


「ごめんなさい、私も残ります、許して」


 スライディング土下座で群れに舞い戻る芽藺。

 決心が付いたのだろう。

 特に返事もせず歩き続ける二人。

 やはり、今回は勝手が過ぎたのだろう。

 これまで積み上げた心証が崩壊したような気もするが、仕方なしに、二人の後ろをそれとなーく歩くのであった。


(本当にこれでいいのか……???)


 頭を悩ませながらも懐に手を入れ、先程清楽を介抱した際、しまっておいたメモを取り出し書き込みを入れる。


“この子達みたいな女の子とだけは絶対に結婚したくない” と。





   次回はやる気次第なんだなぁ

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