第八十六話:轟く火山
地鳴りが続き、火山の噴火が迫る。上の通路からは噴火の危険を知らせる声が響いていた。俺達が討伐した赤龍の運搬に悩んでいる中、一つの妙案が浮かんだ俺は動ける全員に倒した赤龍の身体を一箇所に固めるように頼んでいた。
「それで、セオ、言われた通り、赤龍の身体は全部集めたけどどうするんだい?」
集めた赤龍の身体を背に、フォルクが尋ねる。既に何度も微震が続いており、地震が冷え固まった溶岩の床を砕き、その下の溶岩が溢れ出してくるのも最早時間の問題だろう。
「クローディアさん、確認したいんですが、共魔の加護は触れた相手と自分の魔素を平均化する、これは間違いないですね?」
クローディアに尋ねると、彼女は小さく頷いた。そこに問いを重ねる。
「それは触れている間なら常に?」
クローディアが重ねて頷くところで俺は確信する。クローディアの共魔の加護、その効果は触れた相手と自分の魔素を平均化する加護ではない。あくまでそれは副次的な効果であり、本質的には触れた相手と魔素を共有する加護なのだと。
「ここからどうするんだい? もう噴火が始まるのも時間の問題だよ?」
「セオドアだったか、なんか考えがあんだろ…?」
「勿論。皆さん、クローディアさんに手を重ねて下さい!」
全員に号令をかけ、その通りに差し出されたクローディアの左手に各々が手を重ねる。気を失ったままのアンリとティータもフォルクとグラントがそれぞれが手を握る事で二人も繋がっている。そして俺はクローディアの右手に自身の手を重ねていた。
「ふむ、これは…」
「成る程、そういう事か、考えたね」
「魔素が残り少ないと言ってましたけど、これならいけそうですね、兄様」
全員が繋がる事でそれぞれが魔素を共有しているのを感じたようだ。そして俺は脱出する為の魔術を発動する準備に入る。
勿論この様な魔術は以前に読んだ魔導書には載っていない。無い物は生み出す、それだけだ。
目を瞑り、想像を練る。以前いた世界で遊んでいたゲームの中の移動呪文、子供の頃に夢見た呪文を。
その時、一際大きな地震が起こる。地震は冷え固まった溶岩の床を割り、その隙間から溢れ出した溶岩が噴き上がる。
「セオ!急ぐんだ!遂に噴火が始まった!」
「本当に大丈夫なのかい!?」
噴き出した溶岩は瞬く間に俺達の周囲を呑み込み、既に中心の元々足場だった小島に取り残される。
「退路は断たれた、か…」
「あとは野となれってことねー…」
「あとはセオドアを信じるしかねえな…」
溶岩は徐々に島を呑み込まんと嵩を増していき、じわりじわりと足場を奪っていく。
そして、溶岩が足元まで迫ろうとした瞬間、俺は魔術のイメージが固まり、じっと顔を見つめているクリスに気付く。
「クリス、そう心配そうな顔をするな。大丈夫、俺を信じてくれ。…皆さん行きますよ!飛翔!」
魔術を発動させると同時に柔らかな風が俺達を赤龍の体ごと包み込み、俺達を纏めて浮上させる。移動先のイメージも既に頭にあり、とりあえずはドルムを目指す。
「おお、こりゃあ…!」
「へえ…空を飛ぶ経験なんて初めてだよ」
「そんな悠長な事言ってる場合かよ…!セオドア、溶岩が迫ってきてんぞ!急げ!」
「了解です、絶対に手を離さないでくださいね…!」
そう言って俺が真上を、青空の見える火口の先を見上げると同時に火口の外を目掛けて俺達は急浮上する。俺はクローディアの手を、皆はお互いの手を固く握る。
「おお、こりゃあ速いね!これなら振り切れるんじゃないかい?」
周囲を見回すシェリーが下に流れていく景色を見ながら感嘆の声を漏らす。しかし、その声に反応してフォルクが真下の状況に気付いた。
「いや、そうでもなさそうだ…まずいよセオ!溶岩の嵩の増し方が思ったより速い!このままじゃ追いつかれる!」
フォルクから眼下の状況を聞き、速度を上げる。ふと下を見下ろすと凄じい勢いで溶岩がせり上がっており、取り残された鬼蜘蛛や火炎蜥蜴が溶岩の激流の中に呑み込まれていくのが目に映る。幸い、見える限りでは逃げ遅れた生きた冒険者達は見当たらない。
再び視界を火口の出口に向けると、もう既に青空が迫ってきていた。
「もうすぐ火山の火口から抜けます!」
「よし、これなら間に合う!」
迫り上がる溶岩は俺達が上昇する速度を下回り、既に差が開きつつあった。
程無くして、俺達は火山の中から脱出を遂げ、どうにか迫り上がる溶岩から逃れた。
「ふう…噴火が始まった時はどうなるかと思ったが…」
「ああ、でも何とか逃げ切れた。ところでセオ、この魔術、かなり魔素を食ってるんじゃないかい?」
「ええ、なんせ赤龍の死骸も運んでるんでかなり魔素の消費が…。とりあえず適当な位置で降りましょう」
飛翔の魔術で空に逃れたはいいが、やはり人数もあるせいか、上昇はそれなりに速度は出たものの、横への移動は速度がそれ程出ておらず、ゆっくりとドルムの方へと飛行している状態だ。そして現在、全員の魔素を使って飛行しているが、赤龍を運んでいる関係上、魔素の消費が激しく、恐らくドルムまでは持ちそうにない。
「待ってセオ!まだ逃げ切った訳じゃなさそうだ!」
火口から飛び出し、難を逃れて安堵しているとフォルクが火山の異変に気付く。そしてすぐに後方から激しい轟音が響く。
「そうだ、火山弾か!」
「数が多過ぎる!残りの矢も少ないし、これじゃ撃ち落とし切れないよ!」
火山の爆発と同時に無数の大小様々な火山弾が空から降り注いで来ていた。
「とりあえず離れられるだけ離れます!フォルクさん、直撃しそうな火山弾だけでも落としてください!」
「了解、でも早めに頼むよ!」
フォルクが残り少ない矢を番えて、飛来する火山弾に向けて矢を放つ。その間に俺は飛行速度を上げながら、着陸出来そうな場所を探していた。
「セオ!まだかい!? もうフォルクの矢が足りないよ!」
「兄様、あそこ!」
クリスが指をさした先には降り注ぐ火山弾を防ぐ冒険者達の一団がいた。それなりの実力を持つ冒険者だろう、迫り来る火山弾をぎりぎりまで引きつけては手に持つ武器で叩き落としている。
「よし!あそこに降ります!降りたら赤龍の死骸を盾にしながら火山弾を防ぎます!」
飛行する進路を定め、真っ直ぐ火山弾を迎撃する冒険者の方へ急ぐ。近づいてよく見れば火山弾を迎撃している冒険者達は見覚えのある冒険者達もいた。
「!? なんや、人まで飛んできよった!」
「バリオン、よく見てみぃ、セオ坊達や!赤龍仕留めて戻ってきよった!」
「セオドア君…!みんなも無事みたいだ…!」
「さっすが師匠!やっぱりやってくれたわ!」
「あの少年達か…!まさか本当に赤龍を仕留めて来るとは…!シェーブル、リコッタ!僕達もこんな火山弾なんかでやられるわけにはいかないぞ!」
「わぁってるよ!フェタ、お前こそやられんじゃねぇぞ!」
「もう!こっちはもう魔素が無いんだから何とかしてよね!」
「バリオンさん、サントスさん!それにミハイルさんにソフィーさん!フェタさん達も!どうにか終わりました!」
「セオ坊、話は後や!火山弾を叩き落とすで!」
「はい!火山弾を迎撃出来る人はそのまま迎撃を、対応できない人で動ける人は怪我人の救護を!赤龍の死骸を盾にして隠れていて下さい!」
着陸しながら自分達と着陸地点にいた冒険者達に指示を出す。
「スマン、急な噴火でワイらも自分の事だけで手一杯やもんで指示まで出す余裕が無かったんや!」
「ホンマ助かるわ!おおきに!」
大規模な噴火が発生した事によって、冒険者達も混乱し、一部の自力で対応出来る者だけが自発的に自衛を行なっている状況だった。ただ慌てるだけの者、火山の探索中や火山弾で負傷した者、もとより戦力にならない者もおり、状況は混乱を極めていたが俺が出した指示により、動きに纏まりが生まれ始める。
「クリス、お前はクローディアさんと一緒に隠れて魔素に余力のある冒険者から魔素を供給してもらって俺達を援護してくれ!フォルクさん、シェリーさん、ライさんは怪我人を赤龍の死骸の陰に!俺とグラントさんは火山弾の迎撃、ロロさんもフォルクさん達と一緒に隠れて魔砲で援護を!」
全員が頷くと俺達はそれぞれ各持ち場へと行動を開始する。
俺とグラントは武器を持ち、バリオン達と並んで火山弾の迎撃を、フォルク達はティータとアンリを赤龍の死骸の陰に隠した後、周囲の怪我をした冒険者や戦力にならない者の誘導に、クリスはクローディアと共に土壁で大きめの遮蔽物を生み出して、ロロと共に迎撃の援護を行う準備に取り掛かっていた。
「こなくそ!いつまで受け続けりゃええねん!」
「コラァバリオン!泣き言言うとらんと、しっかり石ころ叩き落とせや!ワイらが気張らんとケガ人が増える一方やぞ!」
「二人とも喧嘩してる場合じゃありませんよ!」
「しかし、このまま耐えるばかりでは埒があかん…!」
「現に土壁を作ってもあの通りだ、かと言って火山の噴火を止めるのも不可能だろう…」
フェタが促す先にあるのはクリスが作った土壁だが、火山弾を防ぎ続けた事で抉られ、もう数分とは持たないだろう。火山の頂上では未だに大小の爆発が続いており、絶えず火山弾を降らせている。
「この距離じゃ普通の魔術も届かないし…そもそもクリスも大魔術が使える程魔素が残ってない…万事休すか…!」
「他におる魔術師連中も火山の中で消耗し切っとる!もう壊滅も時間の問題や!」
「まさかして赤龍どころか一番最後の敵がドルマニア山やなんて誰が思うねん!頼みのセオ坊達も赤龍で消耗し切っとるゆうに!」
まだ幾分余力を残しているバリオン達ですら半ば心が折れ始めている状況だ。このままでは彼らの言う様に、俺達が壊滅するのも時間の問題だろう。
倒すべき相手も無く、逃げられる暇も場所も存在しない。そして何より全員の心を折ろうとしている要素の終わりが見えないと言う状況だ。終わり無き火山弾の雨霰は確実に俺達の体力と気力を容赦無く削り取って行く。
「…あっ…!」
赤龍との戦いと飛翔の魔術を使った事による疲労で剣を握る手が緩み、火山弾を弾いた際に剣を取り落としてしまう。
「…マズッ…!」
その直後、俺の体より一回りは大きいであろう火山弾の塊が此方を目掛けて飛来してくる。咄嗟に腰の古びた直剣を抜くが、魔素が残っておらず、魔術が使えない状態では防ぎ切れないであろう事は明白、回避も間に合わないだろう。
迫り来る巨大な岩塊に対して、俺は最早やぶれかぶれで直剣を振り抜いた。
「…!」
振り抜いた直剣に手応えはない。逸れた目線を火山弾に向けると、火山弾はグラントの大槍で貫かれ、その先端でピタリと止められていた。
「無事か?」
「すみません、助かりました!」
「赤龍を仕留めて大きく消耗しておる上に、全員を脱出させる為に使った魔術で既に魔素も尽きているのであろう? 無理をするな、我々に任せて休んでおけ」
大槍で突き刺した火山弾を振り落とし、グラントは俺を庇うような位置で背中越しに退がるように促す。
実際のところ、既に俺は限界と言っても過言ではない。未だに降り注ぐ火山弾をロロが爆炎の魔術が込められた魔砲の弾薬でカバーをしてくれていた。
「すみません…少しだけ休ませて貰います…!」
悔しいところだが、このまま火山弾の迎撃を続けても足手まといになる。覚束ない足取りで落とした剣を拾い上げ、赤龍の身体の陰に入り込む。
「兄様、お疲れ様です。何か私に出来る事はありますか?」
赤龍の陰に隠れて座り込むと同時に、クリスが俺の顔の汗を拭いながら出来る事は無いかと尋ねてくる。
「…クリス、もう一度土壁を作るだけの魔素は残ってるか?」
「…先程作った土壁程の厚みで無ければもう一度なら…」
俺は思案する。恐らく土壁ではまた火山弾に削り取られて崩されてしまうのが関の山だ。せめてもう少し持たせられれば多少なり回復は出来る、となればそれ以上に丈夫なもので壁を作る必要がある。
「クリス、クローディアさんの共魔の加護でみんなから魔素を分けて貰うんだ。そして土壁じゃなくて分厚い石の壁を作ればみんなが安心して休める。魔素も殆ど残ってないのにキツいかも知れないけど、出来るか?」
「分かりました!やってみます!」
クリスは威勢よく返事を返すと、負傷者達や救護にあたる者達を集めて、先程俺が飛翔の魔術を使った時の様にして魔素を供給してもらう。とは言え、魔素を消費した魔術師や元々魔術の素養のない冒険者達も少なくない。共魔の加護の魔素の平均化の効果で自身の魔素量を減らしたクリスは蹌踉めいていた。それを見ていたクローディアが心配そうにクリスを見つめる。
「…大丈夫です…大丈夫…。兄様が信じてくれているのなら、私は頑張れます…!」
クリスが火山弾の降り注ぐ空を見上げ、気丈に振る舞う。だがクリス自身も限界の筈だ。本当は俺が代わってやりたい所だが、俺ではクリスの様に魔術の制御は上手くいかないだろう。
「セオ、土壁が崩れるよ!みんな頭を下げるんだ!」
フォルクが叫ぶと同時に土壁が破片を零しながら倒れ始める。その瞬間、橙の光を手に宿したクリスが魔術を発動させる。
「いきます!石の城壁!」
クリスが魔術を発動させると俺達の前の地面が隆起し、そこから巨大な石の壁が生え、高く伸びあがる。勿論、生み出された石壁には尚も火山弾がぶつかり続けているが、巨大な石の壁はびくともしない。火山弾の迎撃にあたっていた者も手に持つ武器を下ろし、聳え立つ石の壁をただただ見上げるばかりだ。
「こりゃええわ!これなら噴火が止まるまでここで休めるな!」
「はー…しんど。これでようやく一息つけるなー…」
「ああ、これならばしばらく壊される事もあるまい。クリスの魔術か…赤龍を凍りつかせた大魔術といい、既にルミネシアの十賢者とも肩を並べる程の魔術の才を持っていると言っても過言ではない、か…」
巨大な石の壁に護られ、冒険者達は漸く息をつく。
石の壁が火山弾を弾く音がやや五月蝿いが、安全を確保できた以上、文句は言えないだろう。
「ありがとう、クリス…ってもう寝てるか…」
「ああ、軽い魔素欠乏だね。昏倒って言う程じゃないけど、石壁を作ってやりきった顔ですぐに寝たよ。今回の件、アンタら兄妹は頑張り過ぎだ。あとはアタシらでケガ人の手当てなんかはやっとくからもう休んでな」
クリスに礼を述べるも、軽い魔素欠乏で既に眠りについており、返事はない。その寝顔はと言うと、何処と無く誇らしげだった。
シェリーに休む様に言われた俺も疲労のせいか、安堵すると同時に睡魔に襲われ、いつの間にか意識が遠のいて行く。
街の方は無事なのか、他の冒険者達は無事なのか、色々と懸念する事はあるが、ともあれ赤龍討伐の任務は達成でき、少なくとも仲間達も全員五体満足で誰一人欠ける事は無かった。あとは討伐した赤龍の胆をエフゲニーの許へと届けて、アリーシャの治療を進めて貰うだけだ。




