第八十二話:火龍
「グオオオオォォォン!!」
赤龍が開戦の合図とばかりに上げた雄叫びは確実に俺達を慄かせた。
全員がまともにその雄叫びを耳にし、気がつけば全員が一歩だけ足を後ろに退げていたのだ。
「本当に恐ろしい姿ねー…まずは防御を固めようかしらー?」
そう言ってロロが長い筒の様な物を構えると真上に向けて何かを放つ。
筒の先端から放たれた赤い光は俺達全員を包みこんだ。
「これは…炎耐性…?」
魔術を放った筒を携え、ロロは腰に手を当てる。
「私はねー、ルミネシアの出身なのー。これは『魔砲って言うルミネシアで生まれた武器でー、魔術を使う技術がない人でも魔術を撃ち出せるのよー?」
少し間延びした話し方にやや気が抜けるが、だとすれば、弾切れするまではいくらでも魔術を使い放題で魔素欠乏も心配する必要はない。攻撃だけでなく補助にも回せるなら此方としても有り難い限りだ。
「来るぞ!」
ティータの声に反応して赤龍の前に躍り出たのはアンリエッタだ。
彼女は息を吸い込む赤龍の前に全身をすっぽりと隠す巨大な塔盾を構えて鎮座していた。
「皆さん、私の後ろに!私が防ぎます!」
アンリの号令に合わせ、俺達はアンリの陰に整列する。アンリのすぐ後ろにはグラントが付き、アンリが吹き飛ばされないように体を支えていた。
赤龍がその口から遂に炎が吹き出す。その勢い、火力共に火炎蜥蜴のそれを遥かに凌駕していた。
赤龍の業火がアンリの構えた盾にぶつかると、その盾を起点に左右に炎が割れる。
もし仮にまともに喰らおうものなら、幾ら炎の耐性を上げ、龍の防具で身を固めていてもただでは済まないだろう。それらを身につけていないシェリーやライ達は尚更だ。
「龍の盾…!流石ですわね…!」
赤龍の業火を以ってしても炎の耐性を持つ障壁と龍の盾は押し切れず、アンリはじりじりと赤龍に近付く。
アンリが前に進み、赤龍との間合いを詰めるに従い、炎が割れて出来る安全地帯は広がってゆく。それに追従する俺達は赤龍に攻撃を仕掛けるのを今か今かと狙っていた。
それから数秒、遂に赤龍の火炎の吐息が止まる。それと同時に瞬発力に優れる獣人族の二人が躍り出た。
「一番槍はアタシが頂くよ!」
「スピードなら俺のが上だ…!」
勢いに身を任せ、赤龍の体を斬りつけようと二人が一気に間合いを詰める。赤龍は躍り掛かる二人を前に微動だにしていない。
「よし、まずは一撃ーー」
そう思いながら二人の攻撃を見届けていた。しかし、二人は赤龍に接近すると、突如仰け反って間合いを離れてしまった。
そして、直ぐに此方の戦列に戻って来る。
「どうして攻撃を止めたんですか!」
二人が攻撃を止めた理由が理解できない俺が尋ねると、二人は忌々しそうに赤龍を睨みつけたまま、俺の問いに答えた。
「冗談じゃないよ…!あんなのそのまま近づいたらこっちが火達磨になっちまう!」
「奴の鱗…アレがとんでもない熱を放ってるんだ…。ハッ…笑えるね…!」
赤龍の体からは途方も無い温度の熱が放たれており、それは赤龍自身を守る鎧の役目を果たしていた。その為、二人は攻撃を中断し、間合いを切ったのだ。
「じゃあ、これならどうかな!」
俺達の陰からそう言ってフォルクが矢を放つ。しかし、それすらも赤龍に当たる直前で炎上し、赤龍に命中する前に燃え尽きてしまった。
「奴のブレスもアンリエッタなら防げるけど…」
「ああ、近づかれたら一巻の終わりだね」
そんな話をしている間に赤龍は再びブレスの体勢を取っている。
「また来ますわ!」
「いえ、ブレスじゃありません!」
赤龍が開いたその口の中には赤い光が輝いていた。炎魔術の魔力の光である。
誰もがブレスが来るものと思い込んでいたが、一人だけがそれを察知していた。
「土壁!」
クリスは赤龍が魔術を放つよりも先に土壁を発動させ、アンリエッタの前に分厚い土の壁を築く。その直後、土壁は赤龍の魔術によってあっさりと爆散した。
「爆炎…ですね…」
「強力なブレスに加えて、魔術まで…厄介ね…!」
「だったら…こっちも魔術で対抗すりゃいいだろっ!凍てつく氷よ 数多の槍となりて かの者に降り注げ! 氷柱雨!」
赤龍の魔術に戸惑う魔術師の二人を他所に、ティータが氷属性の魔術で攻撃を仕掛ける。どうやらティータも俺と同様に魔術を扱える剣士らしい。
ティータが放った氷柱雨は赤龍が纏う高熱の鎧を通り抜け命中する。しかし、ティータの魔術の威力の低さ故か、或いは赤龍の頑強さ故か、赤龍は涼しい顔で氷柱雨を受け続けている。
「その規模じゃダメならこれでどうだっ!属性斬・氷刃・解放!」
剣に氷属性の魔力を乗せ、振り抜くと同時に魔力を冷気の塊にして赤龍に向けて放つ。
放った冷気の塊が赤龍の右胸にぶつかると、着弾箇所を中心に放射状に氷柱が伸び、巨大な赤龍の胴体の半分を凍て付かせた。
「効いたか!?」
一見、効果があったかの様に赤龍は凍て付いた自身の胴体を見つめている。
しかし、赤龍が身震いをすると、右半身を覆っていた氷は脆くも瓦解してしまう。
「くっ、氷属性自体が効かないのか…?」
「いや、そうでもない様だ」
ダメージとしては全く効果が無い様に見えていたが、グラントが何かに気が付いたらしく、俺の呟いた言葉を否定しながら大槍を携えて先頭に躍り出る。
「グラント、駄目だ!槍が使い物にならなくなるぞ!」
「俺の見立てが間違いでなければ…ヌゥンッ!」
ライが制止するも、グラントはそれを推して赤龍への攻撃を敢行する。
グラントはただでさえ常人の倍以上の巨体でありながら、身の丈の更に倍程もある大槍をまるでペンでも扱うかの様に指先で器用に回転させ、遠心力を利かせた渾身の一撃を先程まで氷を纏っていた赤龍の右胸へと繰り出した。
俺達の誰もが槍の穂先が灼けてしまうものだと思っていた。しかし、結果は全く異なるものとなる。
「ガアアアアアァァァァ!」
赤龍の右胸に槍の穂先がぶつかると同時に大きな鈍い金属音が響くと、赤龍は思わず哭いていた。
そして、槍の穂先が直撃した右胸にはくっきりとした傷痕が刻み込まれていた。
「やはりな。奴の右半身と左半身を見てみろ」
「…? …あっ!」
グラントの話す通りに赤龍の胴体をよく見ると、右半身と左半身とで鱗の輝き方がやや異なる事に気付く。
強力な氷属性の攻撃を受けた右半身は赤銅色の鈍い光を反射させているのに対して、左半身は今まさに燃えているかのような真紅の鋭い光を放っている。
火口の溶岩の光に照らされている為、しっかりと見なければわからない程の違いでしか無いが、グラントはこれをすぐに見極めていた。
赤龍の高熱の衣は氷属性の魔術で相殺できる。
「だが、あの一撃であの程度の傷しか負わせられんとはな…。やはり龍は一筋縄では倒せんか…!」
「でも攻略の糸口は掴めました!勝てますよ!」
「待って、セオ!アレを見るんだ!」
フォルクが赤龍を指差す。すると、先程まで高熱の衣を剥がされた赤銅色の鱗が再び徐々に赤い光を放ち始めていた。
「成る程、定期的に氷属性の魔術で高熱の衣を剥ぎ取る必要があるってことか…」
俺達の中で魔術或いは、魔力を用いた属性攻撃の手段が全く無いのはアンリ、シェリー、ひライ、グラントの四人。ティータはまだ氷柱雨だけしか見てはいないが、赤龍に全く意味を為していなかったあたり、期待は持てないだろう。
あとはフォルクの風属性とクローディアの闇属性による攻撃がどれだけ効くのかと、ロロの魔砲がどれだけの手数と種類があるのかも気になる所だ。
「赤龍が飛ぶわ!気をつけて!」
クローディアの声に気付き、赤龍に注意を向けると既に赤龍は巨大な翼をはためかせ、今まさに飛び立たんとしていた。
フォルクがグラントの付けた傷に向けて矢を放ち、命中はしたものの、赤龍は怯みすらせず空中を舞い始める。
「叩き落とせ!頭上から攻められるぞ!」
「わかってるわよー…発射ー!」
グラントが攻撃を指示すると既にロロは魔砲を構えて赤龍を狙っていた。そして気の抜ける声と共に魔砲が火を噴いた。
「グギャアアアァァ!」
魔砲が放った弾は見事に赤龍の胴体を直撃した。着弾と同時に爆発したあたり、爆炎の魔力を込められた弾だったようだ。
しかし赤龍は少しバランスを崩しただけに留まり、体勢を立て直す為に必死に翼を羽ばたかせていた。
「クリス、援護しな!グラント、ちょっと足蹴にさせてもらうよ!」
「えっ? あっ、はいっ!…氷結晶!」
シェリーはクリスに援護を頼みながら軽やかにグラントの身体を踏み台に赤龍目掛けて飛び掛かる。
大きく跳躍したシェリーをクリスの放った氷結晶が追い抜き、体勢を崩し回避行動が取れない赤龍を襲い、赤熱する鱗が次々に光を失いながら鈍い赤銅色へと色を変え、高熱の衣を剥がしていく。
「貰ったぁぁっ!」
シェリーの鉤爪が遂に赤龍の身体を捉える。シェリーが縦一文字に振り下ろした爪が赤龍の胴体を切り裂いた…かに見えた。
「硬っ…ハッ!?」
シェリーの一撃は確実に赤龍を捉えたものの、あくまで胴体の鱗に傷を与えたに過ぎなかった。そして直後に体勢を立て直した赤龍は閉じた口の隙間より、赤い炎を漏らしながらシェリーを睨みつけている。
「…畜生…!」
自由落下するシェリー目掛け、赤龍は容赦なく業火の吐息を吐き付ける。その炎がシェリーを呑み込む瞬間だった。
「邪渦門」
脇から闇魔術を放つ声が聞こえると、炎とシェリーの間に暗黒の渦が発生する。
暗黒の渦は炎がシェリーを呑み込む寸前で物凄い吸引力で炎を暗黒の中へと吸い込む。クローディアの闇魔術がシェリーを救ったのだ。
シェリーはしなやかな身のこなしで着地に成功するとすぐに此方へと戻ってくる。
「全く、シェリーは後先考えないで突っ込むんだから…」
「ゴメンゴメン、でも本当に助かったよ。クローディアのバックアップが無かったら今頃猫人の黒焼きが出来上がってたトコだ」
「それにしても、あの鱗が問題だな…。グラントのおっさんでも傷入れるだけで精一杯ってなると、どう考えても攻撃力不足もいいとこだ…」
グラントとシェリーの攻撃は確かにクリーンヒットしていたが、それでも赤龍の強固な鱗の鎧に阻まれ、まともにダメージを与えられてはいない。
俺達は未だに赤龍の二重の鎧を攻略するには至っていないのだ。そして現状、赤龍は空中に停滞しており、接近戦も簡単に挑める状況ではない。そして再び赤龍の鱗も熱を帯び、輝きを取り戻している。
「ギャアッギャアッ!」
赤龍が鳴き、動きを見せる。滑空するように俺達の上空を旋回しながら此方を見下ろしており、その口からはやはり炎が漏れ出している。
どうやら赤龍はこのまま上空から俺達を狙い撃ちにするつもりの様だ。
「そうはさせないよ!」
フォルクは既に矢を番え、赤龍を狙っていた。番えた矢はバーバデールの店で買った龍の牙を用いた矢だ。
次々に放たれる矢が赤龍に火炎を吐かせる隙を与えない。龍牙の矢は赤龍の鱗を割り、命中する度に鱗の破片を散らせている。
赤龍も鬱陶しく感じたのか矢を放つフォルクに狙いを変え、急降下を始める。
「フォルクさん、危ないっ!」
「望むところさ…!食らえっ!」
赤龍が迫る中、フォルクは最後に目一杯矢を引き絞り、突っ込んでくる赤龍目掛けて龍牙の矢を放つ。
龍の角から作られた剛弓から放たれる渾身の一射は赤龍の甲殻ごと肩を抉りとる。しかし赤龍は怯む事なく真っ直ぐにフォルクに直滑降し、牙を覗かせていた。
「アンリ、あとよろしくっ!」
「本当に無茶言いますわ…それっ!」
フォルクと入れ替わりにアンリが巨大な盾で赤龍の牙を防ぐ。空からの勢いのある突進を受け止めたアンリは地面を抉りながら押し込まれていた。アンリの後ろには既に火口が迫りつつある。そして同時にアンリは赤龍の高熱の衣に身を灼かれていた。
「ぐううっ…、龍の鎧と言えど、これ以上は…!」
龍鱗の全身鎧に身を包んでいても、赤龍の高熱の衣はアンリの身体を灼き、確実に体力を奪っていた。
「本当に無茶するわねー…」
「させん!」
火口へと押しこまれようとするアンリの援護にロロとグラントが入る。
ロロの魔砲が放たれると赤龍の首筋に命中し、着弾点を覆う様に出来た氷の膜を目掛けてグラントが大槍を突き入れる。
グラントの大槍は氷の膜ごと赤龍の鱗を割り、アンリを押す頭を逸らした。
「はああああぁぁぁぁっ!」
アンリはグラントによって逸らされた赤龍の頭を火口へと押し込まれる寸でのところで受け流し切る。そして赤龍の身体が左に逸れたところでアンリは転がり、難を逃れた。
しかし、赤龍の攻撃を直接受け止めたアンリは全身鎧の隙間から白煙を上げ、膝をついていた。
「はぁ…はぁ…全く、次はありませんわよ…!」
「ゴメンゴメン、…でもどうやら無茶をやった甲斐はあったみたいだね」
アンリに突進を受け流された赤龍は火口の壁に激突していた。自身の重量と高速で突っ込んだ為、赤龍自身もダメージを負ったらしく、割れた鱗の隙間からは青い血が流れ始めていた。
岩盤への突進でダメージを受けた赤龍はゆっくりと此方に体を向けるが、軽く目眩を起こしているのか攻撃の素振りは見えず、目の焦点もずれている。
「破片が零れ始めた!クリス、そろそろでかいのを食らわせてやってくれ!」
「はい兄様!大魔術を使います、少し隙を作って下さい!」
身体をふらつかせながらゆっくりと陸に上がる赤龍に俺は突っ込む。
「魔力付与・氷刃!はああっ!」
剣に魔力を込めると、低温を纏った剣は火山の水蒸気をも凍らせ、刀身に霜を纏わせた。極低温を纏った刀身を赤龍の胴へと振り下ろすと、赤龍の鱗を抉り、大きな傷を刻み込んだ。
「よし、効いている!」
「兄様、危ないっ!
「…!?」
赤龍に大きな傷を与えた瞬間、俺の目の前には赤龍の大きな尾が迫っていた。
傷を負い、反射的に振り抜かれた尻尾に俺は反応出来ず、地面に叩きつけられてしまう。
「くっそ…肋骨を何本か…やられた…!」
「よくやったセオ、まだ寝てな!みんな、クリスが大魔術の準備に入ってる!アタシらで時間を稼ぐよ!」
シェリーは血反吐を吐き、起き上がろうとする俺にそう言って全員に号令をかける。全員それに呼応し、総攻撃を仕掛けていた。
赤龍は爪を、翼を、尾を、身体のあらゆる部位を用いて全員の総攻撃を凌ぐ。直撃こそ避けてはいたが、この巨体から繰り出される攻撃は掠めるだけでも吹き飛ばされる程の威力を持っており、接近戦を挑んだ仲間達は傷を負いながらも赤龍への攻撃を続けた。
そしてその時は遂に訪れる。
「風雪舞う山より出でし女神よ かの者を安らかなる眠りに誘う抱擁を与えよー」
「…みんな、離れて!巻き込まれます!」
俺の号令に反応し、全員が全力で赤龍から離れる。ロロとクローディア、フォルクは他の面々に追撃が及ばない様に攻撃を続けていた。
「冷厳なる女神の抱擁!」
詠唱を終え、膨大な魔力がクリスの両の手から解き放たれた。




