第七十二話:親子の再会
俺達が遺跡を出るとそこにはアリーシャ、ミハイル、ソフィー、そして救出された人々が待っていた。
「セオドア様、ご無事で」
「ああ、そっちは…アリーシャ、その肩は?」
「脱出の際に賊の待ち伏せに遭いまして。止血は済んでおりますのでご心配なく」
アリーシャの服の左肩が破れ、血の跡が残っているのに気付いた為、無事か尋ねるとアリーシャは顔色を変える事も無く無機質にそう答える。
「そうか。さて…皆さん、サヴィオラはこの通り我々で捕縛しました!皆さんはもう自由です!」
囚われた人々にそう告げ、厳重に縄で縛りあげたサヴィオラを全員の前に放り出すと、彼等は歓声を上げていた。
歓声を上げていた人々の中から一人、長い黒髪の女性が出てくる。
彼女は屈んで痙攣したまま動かないサヴィオラの顔をまじまじと眺めた後、俺達の前までやってきた。
「あなた達がサヴィオラを…あら? カネミツがいないみたいだけれど…」
「サヴィオラを撃破したのはこっちのクリス、俺達はワダツミの剣士を止めるので精一杯でした。あの剣士ならサヴィオラを拘束したと同時に攻撃を止めて去っていきましたよ?」
「あら、そう。まぁ彼もコイツに救われたって恩を笠にいいように使われてただけだし、別に逃しても害は無いと思うわ」
彼女はそう言って笑顔を見せていた。そして、何かを思い出したかのように話しだす。
「あ、自己紹介が遅れたわね。私はクローディア。魔族の淫魔種の魔術師で、…ええと、このサヴィオラの元パーティーメンバーと言うべきかしら」
クローディアはそう名乗り、背中の黒い翼を広げた瞬間、俺達も囚われていた大人達も一斉に身構える。サヴィオラの仲間が救出した人々の中に紛れていたのだ。無理もない。
「アンタもしかして俺達を騙すつもりだったのか!」
「いくら魔族の魔術師とは言ってもこれだけの人間で囲めば…!」
「それにあの『火山』のサヴィオラを捕らえた人達だっているんだ!」
「魔族め!俺達をここで纏めて殺そうってか!そうはいかねえぞ!」
救出され、漸く助かったと思っていた人々は彼女に怒りを向ける。シアンの話では捕まっている間、彼等は拘束され、視界を覆われていたと聞いている。子供と引き離され、いつ何をされるのかわからない恐怖をずっと感じていたのだ。まずサヴィオラの仲間と聞いて彼等が怒るのも無理はない。しかし中には魔族だからという差別的な言葉を投げつける者もいる。
しばらく怒声を吐きつけていた彼等も、遂に小石を彼女に向けて投げ始める。
彼女が少し困惑していると、遂に子供の投げた小石が彼女の額に当たり、そこから一本の細い線を描いて赤い血が流れ落ちた。
「やめてください!」
そう叫んだのはミハイルだった。ミハイルは石を投げつけられるクローディアの盾となりながら大声で叫ぶと人々は投石を躊躇った。既に手を離れた石がミハイルにも当たるが、ミハイルは全く意に介さず言葉を続ける。
「皆さんがサヴィオラに怒る気持ちは解ります!ですが、彼女は少なくとも貴方達に石を投げつけられるような事はしていない筈です!寧ろ彼女がいなければ貴方達や子供達はこうやって全員揃って朝日を見る事が出来なかったかも知れない!僕も彼女に助けられました!ですから…皆さん、怒りを鎮めてください」
ミハイルは叫び、最後に少し頼み込むように頭を下げる。すると、人々の怒声は静まり、石を投げようと振りかぶる手を降ろした。
「人に優しくされるのは久しぶりね…。今まで私はこの翼を見られるだけで人に嫌われてきたのだけれど」
「魔族でも特に淫魔種は雄淫魔と雌淫魔に似てるってだけで嫌われてるからねぇ」
そう言うのは半長耳種であるフォルクだ。
「あら、半長耳種なんて珍しい。…そうね。人は獣人族と竜人族、あとは魔族でも人に近しい長耳種や鉱山種、それに小人種は受け入れてくれるけれど、それ以外の種族については魔物と考えている人も少なくないから…」
「そうだね、僕ら半長耳種もかつてのハルモネシス公国じゃ悪魔扱いだったし、今でも敬虔なハルモニア教徒からは扱いこそ人間と同じでも、白い目で見る人は未だにいるからね」
同じ魔族の血を引く者同士故か、フォルクとクローディアの二人の間には通じ合うものがあるようだ。
二人とも元々大魔大陸出身の魔族であり、文献で読んだ通り、ハルモニア教と魔族の隔たりは深いようだ。
「…それはそうと、パーティーメンバーだったクローディアさんはなぜ牢屋に拘束されていたのですか?」
純粋な疑問をクローディアに投げかけたのはクリスだ。確かに元々仲間の筈だったが、彼女が仮にサヴィオラに加担するのを拒否したとして、計画の件を知ってしまったのならば普通ならば生かしてはおかないだろう。
「それは恐らく私の加護の所為ね。私は共魔の加護っていう加護を持っているの。さっきそっちの魔術師の男の子には試してもらったけれど…説明するよりは試してもらったほうが早いわね。もし魔術を使って魔素を消耗してるなら私の身体に触れてみて頂戴?」
クリスは彼女にそう言われ、実際に触れてみると、クローディアは直ぐに驚き、クリスから離れるように飛び退いた。
「ちょっと待って!何、この子…!? あなたは一体何者なの!? 人間の子供の身でありながらこの魔素総量、あり得ないわ!」
クローディアが驚いた理由、それはクリスの膨大な魔素総量だった。
クリスが持つ魔素は本人の分に加えて加護によってそれに比例した膨大な魔素が追加される。クリス自身がどれほどの魔素を持つかは分からないが、少なくとも魔素の総量については既に規格外と言って相違ないだろう。
「ごめんなさい、取り乱したわね、余りにとんでもない魔素総量だったから驚いちゃったの。魔素を回復させるつもりだったけれど逆に頂いちゃったわね」
「えっと…俺も試してみていいですか?」
「見るからに剣士って感じだけれどあなたも魔術を使えるのかしら? いいわ、はい、どうぞ」
俺はクローディアが差し出した手に触れてみる。
触れた手から魔素が伝わり、身体に流れ込むのを感じるが、それによって回復できた魔素の量はそれ程多くは無かった。
「…これは魔術師として流石に自信無くすわね…。これでもA+級の魔術師としてやってきたけれど、まだ年端もいかない魔族以外の子供達が私より魔素総量で上だなんて…。でもこれでわかったかしら? 言わば私はこの男にとって魔素を回復する為の道具として飼い殺されてたって事よ…」
クローディアは自身の加護の力をざっくりと説明しながら、俺達兄弟の魔素総量の多さを肌で感じ、長い黒髪を揺らしながら落胆していた。
俺とクリスが落ち込むクローディアを慰めていると捕らえられていた人達の中からまだ若い夫婦が俺達の下にやってくる。
「この度は助けていただきありがとうございます。すみませんが一つ尋ねたい事があるのですが…」
「私達の…私達の息子がどこにも見当たらないのです…!ここにいる子達だけで全員でしょうか…!」
夫婦は二人とも蒼ざめた顔で俺に詰め寄る。特に母親の方は特に取り乱しており、俺の肩に手をかけて泣きつく程だ。ミハイルに確認したところ、これで全員、一人も欠けてはいないとのことだ。
俺は仲間達に目配せをし、夫婦に尋ね返してみる。
「もし宜しければお子さんの名前を伺っても?」
「シアンと言います。もしや心当たりが…?」
やはりか。他の親達を見ても喜びこそすれ、悲しんでいる親達はいない。少なくともこの夫婦の子供以外はこの場に全員揃っている。
「ええ、ご安心ください。シアンなら俺達が保護してますよ。ここに連れてくるのは危険と判断しましたので俺達の仲間に預けています。これからその仲間と合流しますのでもう少しだけ辛抱してください。あと、僕達が助けに来れたのもシアンの案内があったからですのでお礼ならシアンに」
夫婦にシアンを保護している旨を伝えると、夫婦は顔色を元に戻し安堵の溜息をついた。
「そうでしたか…。ですが、あなた方には感謝しても感謝しきれませんよ」
「はい、夫婦共々改めてお礼を言わせていただきます。…あなた、シアンのこと、帰ったらうんと褒めてあげなきゃねっ!」
そう言って夫婦は俺達に何度も何度も感謝の言葉を述べていった。
「さて、日も昇ってきたし、そろそろサルディアに戻る準備をしないとね」
「これだけの人数で子供もいるとなったら街道を戻るにも少し早めに移動を始めたほうがいいわ。街道も密林の中だから安全とは言い切れないからね」
フォルクとクローディアの二人は先程のやりとりの間に随分と仲良くなった様で、二人ともぴったりとくっついて移動の準備を促してきた。
「そうですね。でもみんな丸腰では俺達だけで守り切れるか…食料も俺達の分だけですし…」
俺がそう思案していると、クローディアは「大丈夫」と前置きして続ける。
「そこは気にしなくていいわ。殆ど全滅に近いなら勿論こいつらの物を使えばいいじゃない? それに金目の物じゃなければこの人達の荷物も残ってるはずよ」
「あ、成る程」
俺達はクローディアの提案に乗る形で再び遺跡の中に入ると、彼女の案内で人々が囚われていた隠し扉があった西側の通路とは逆の東側の通路に向かった。
「こっちにも同じ様に隠し扉があったのね」
「じゃあ開けるわよ」
クローディアが扉を開け、扉の奥の階段を降っていく。彼女に付いて行き、階段を降った先の部屋には大量の荷物がそこに置かれていた。
大量に置かれた荷物の中には食料や武器、子供達に盗ませた大量の金品があり、人々は次々に荷物を外に運び出す。
「全く、いつの間にこんなに溜め込んだのかしら…」
元々彼らの仲間であったクローディアも予想外の荷物の量だったらしく、呆れた様子で呟いていた。
奥にあったクローゼットを彼女が開ける。その中には大きな黒いとんがり帽子と宵闇をそのまま生地に使った様な漆黒のローブが大切そうに仕舞われていた。
「へぇ、こういう所は彼らしいわね…」
彼女はそう言って服を手に取ると「着替えて来るわ」と一言、先に隠し倉庫を後にした。
荷物を運び終え、倉庫にあった保存食で腹拵えを済ませると、先程着替えに出ていたクローディアが装いを新たに遺跡から姿を現した。
漆黒の衣装に身を包み、魔石を埋め込んだ杖を持った姿は正しく、おとぎ話の魔女そのものだ。
「ん、準備は済んだみたいね。そろそろ出発しましょうか」
「うーん…いくら武器を持ったとは言え、この人数で子供達を守れますかね…」
「多分大丈夫よ、これでもみんな冒険者だからそうおいそれとやられはしない筈。少なくともあなた達よりはこの密林を知ってるわ」
俺の心配をクローディアは杞憂だと一笑に付し、移動の荷物を背に抱える。
俺達も荷物を抱え、遺跡を出発しようとしていると少し離れたところから声が聞こえてくる。
「おーい、俺達を忘れないでくれー!」
「このままじゃ飢え死にしちまうよー!」
そう言えばサヴィオラの仲間を捕らえてからずっと放置していたのを忘れていた。
声のする方へ向かうと地面から顔だけを生やした男達が必死に叫んでいる。俺達の姿を認めた二人の男の内の一人はクリスの顔を見るや否や、顔面を蒼白させ、酷く震えていた。
「あら、あなた達も彼らにやられたの?」
「おぉ、クローディア姐さん。あんたも解放されたんですね。まぁお恥ずかしい話、このガキ達、やたら強いもんでいきなり襲われてあっさりと。…ところでサヴィオラの奴は?」
クローディアが二人に事の全てを話すと、二人とも納得した様な落ち着いた表情をしていた。
「…じゃあ他の奴らはみんな死んじまったんですね」
「悪いが、正直余裕が無かった。言い訳になるだろうがもしサヴィオラに潜入が発覚すれば捕らえられた親子共々皆殺しも考えられる以上、そうするより他に無かったんだ」
「いや、そう気にしねぇでくれ。俺達はそんだけの事をしてきたんだ。その報いが返ってきただけだ」
彼らは仲間を殺した俺達を恨む事はなく、むしろ因果応報だと自嘲していた。彼らの中にも子供を使って盗みを働くやり方に反対している者もいたらしいが、先に拘束されたクローディアを見て、やむなく非道に手を染めてしまっていた様だ。
「クリス、解放してやってくれ」
「はい。土壁」
クリスが地面に手を当て、魔力を込めると土に埋められた二人の男が土中から解放される。
二人の服は土で薄汚れていたものの、その表情は打って変わって晴れやかなものだった。
「俺らは心を入れ替えて、真っ当に生きていくよ。死んでいった仲間達の分の罪滅ぼしもしねぇとな」
「本当にあんたらには申し訳無え事をした。謝って許されるとは思っちゃいねえが、せめて真っ当に生きて二度とこんな事に手を染めねえと誓う!本当にすまなかった!」
人々もまた真実を知り、彼らを恨んだりする事は無かった。むしろ許した上で、彼らに移動の為の食料を彼らに少しずつ分け与え、激励の言葉をかけていた。
「済まねぇ…本当に済まねぇ…」
「もう二度とこんな事には手を染めねぇ…俺、初めて人の暖かさってのを感じたより…」
大の大人の男が二人、大粒の涙を流して泣き崩れる。その涙こそがこの二人の誓いの涙だと、誰もがそう信じて疑わなかった。
男達はドルムに向かうと言い、俺達とは獣道から街道に合流するその場所で別れた。
クローディアは出発する直前、自身が繋がれていたという手枷を牢から持ち出してサヴィオラの手首に装着させる。なんでも、この手枷は魔導具の一つらしく、身につけた者の魔素の流れを乱す手枷で、大抵の魔術師は全く魔術を扱えなくなる程らしい。もしクリスの魔術による麻痺毒が抜けても抵抗が出来ないように、との措置だそうだ。
サルディアへと向かう俺達は大人達全員で子供達を魔物から守りながら進んできた街道を歩む。
大人達も子供達も密林の街道を歩き慣れている為か、大勢の子供を引き連れながらも二刻半程でアンリエッタとシアンの待つ街道の分岐点へと辿り着いた。
アンリエッタは俺達の姿を認めると眠っていたシアンを起こし、俺達を見るように指差しで促すと、起き抜けでありながら、シアンはこちらに向けて元気いっぱいに走り出す。
シアンの両親も俺達を押し退けて前に出てくると、しゃがみ込む。そのまま飛び込んでくるシアンを父親が受け止めて、高々とシアンを持ち上げていた。
「シアン!よく無事で…」
「あぁ…よかった…シアン…私達のシアン…」
無事に再会でき、抱き合い涙を流す親子を見ながら、俺達は漸く全てが無事に終わったと安堵の溜息をついていた。
「ふぅ…セオ様、お疲れ様でしたわね」
「ああ、アンリ、そっちは問題無かったか?」
「ええ。シアンもぐっすりと眠っていましたので特に問題らしい問題もありませんでしたわ」
アンリエッタの無事を確認し、何もかもが終わったと思っていた瞬間だった。
「おい!アンタの連れが倒れたぞ!酷い顔色で高熱を出してる!」
振り返るとそこには滝の様に汗をかき、肌を土気色に変えたアリーシャが倒れていた。




