第六十五話:異国の街並み
「おかげさんで船も客も無事にドルマニアンまで運べた、坊主達にゃ感謝してもしきれねぇや。じゃあまたな!」
「はい、ラルゴさんもお元気で!」
ラルゴの船からサルディアの港に降り立った俺達はまず気候の違いを思い知らされていた。
「暑っ…確かアトラシアは冬…だったよな?」
「そうだね。向こうは完全に真冬。でもこの島は聞いた話だと年中真夏らしいよ?」
俺達は既に羽織っていた上着を脱ぎ去り、荷物の中にしまっていた。サルディアの港に降りた俺達が駄弁っていると荷降ろしをしている船乗りから指示を促す。
「降りたんならそのまま向こうの小屋だ、荷物の確認をして貰って街に入りな!」
船乗りが指を指した先には小屋のようなものが建っており、それを通らなければ街には入れないようだ。
指示されるままに小屋へ入ると二人の男性と一人の女性がカウンターの中で待っており、女性が話しかけてくる。
「ようこそサルディアへ。アトラシアからの人やね。サルディアに来るとは初めてね?」
やや強い訛りのある言葉だ。この地方の方言だろうか。
「面倒かも知れんばってん、外から来た人にはまずここで荷物の確認ばさせてもらうとよ。たまーに変な荷物ば持ってくるとがおるけんねー。すぐ終わるけん、ちょっと待っちゃらんね?」
荷物を彼女達に渡し、確認をして貰う。元の世界で言う所の空港などの保安検査所と言った所だろうか。ただどの地域でも行われているわけではないのだろう。実際にヘイミルの港ではこう言った検査は行われていなかった。
「はーい、荷物の方は終わったばい。あとは服の方も確認させてもらうけん、両腕ば広げて立っとってねー」
俺達は男女に分かれて並び、両腕を広げてボディチェックを受ける。勿論男性には男性、女性には女性の検査官がボディチェックを行う。
「はい、お終いやね。じゃあ荷物の方ば受け取って通ってよかよー」
女性の検査官に通行の許可を受け、検査所を出た俺達はエリウッドに別れを告げる。
「では皆、私はここで別れる。もしガルムス大陸へ来るならばブルダーの村に立ち寄るがいい。必ずやもてなそう」
「ええ、必ず。エリウッドさんもお元気で」
エリウッドと別れを済ませ、俺達はまず宿を探す事にした。アトラシア大陸を出るときは四人の旅だったが現在は七人。早めに宿を手配しなければ部屋が確保できるかもわからない。そう判断しての事だ。
宿を探し始めていくつか解った事があった。
このサルディアには個室や二人部屋のような宿は無く、宿として開放されている家屋を借り上げる形となるらしい。寝具については用意してくれるらしいが、食事は自分達でそれぞれ確保する必要があるようだ。
俺達は大きめの家屋を借り、まずは荷物を下ろす事にした。
「まずはどうやってドルムに行くか、だな」
「ええ、最低でも地図、欲を言えば案内役が欲しいですね」
「まだこの辺りの魔物についてもわからない事だらけですもの、慎重に動いた方がよさそうですわね」
「はい、もしA級以上の魔物が現れた時は二人守りながら戦う必要がありますし無茶はできませんね」
クリスはそう言ってソフィーとミハイルを見る。
「「ご迷惑をおかけします…」」
二人が申し訳無さそうに頭を下げるのを見ながらフォルクは笑っていた。
「ははっ、ソフィーもミハイルも気にしない気にしない。えっと、道が解ればあとは周辺の魔物の情報だけでいいかな。斥候役なら僕が引き受けよう。元々長耳種も半長耳種も森の民だからね。森の中なら迷う事はありえないよ」
そう言ってフォルクは胸を叩く。この男、総じて高水準な能力を持っている。
「じゃあ必要な情報は絞れましたし…」
「まずは酒場…ですわね」
「んん゛っ!」
妙な咳払いの主に全員の視線が向く。
その主は金色の整った眉毛をヒクつかせていた。
「あはは…えーっと…うん、僕は別口を当たってくるよ…!じゃあまた後でっ!」
爽やか過ぎる笑顔でフォルクハルトはそそくさと部屋を出る。何か酒場に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「取り敢えず酒場に行くとして、全員行くわけにはいきませんね」
「流石に二人に任せるわけにもいきませんわね」
「じゃあ独断と偏見でクリスが留守番で」
「そんなっ!?」
フォルクハルトがおらず、ミハイルとソフィーの二人だけに荷物を任せるには少し実力面で不安がある。アンリエッタは無理な飲み方はしないから安心して酒場行きを任せられる、アリーシャは酒豪でそうそう酔わないだろう。パーティーリーダーの俺が抜ける訳にも行かないだろうし、いざとなれば成人前の子供と言う理由で飲酒は避ける事も出来よう。消去法でクリスが留守番と言うわけだ。
目的は情報収集。飲みに行くのではない。
クリス達を宿に残し、俺達はサルディアの市街にでる。流石に港街だけあって市場の賑わいかたが凄い。
「安かよー!安かよー!」
「ほらほら、見て行かんね!他所より安かばい!」
市場では色とりどりの野菜や果実、肉類が所狭しと並んでおり、売り子達が競い合う様に声を張り上げている。それに市場では食材ばかりではなく、屋台も立ち並んでおり、潮風と共に漂ってくる香りが空腹感を刺激する。
「そこの姉さん達!熱帯島豚の串焼きば食べて行かんね?美人の姉さん達やったら二本で銅貨一枚の所を三本で銅貨一枚でよかよ!」
「あら、本当に美味しそうですわね。じゃあ店主さん、一本ずつ戴けるかしら?」
「毎度あり!すぐできるけんちょっと待っちゃらんね!」
店主は手際よく、串焼きを焼き上げると「はいお待ち!」と威勢の言い声と同時に俺達に串焼きが渡される。
「そういや姉さん達、この辺りじゃ見かけん顔やけど冒険者さんかなんかね?」
「ええ、私達アトラシアのブリュンヒルデから来ていますわ。時に、この街で一番客の多い酒場を教えて頂きたいのですけれど」
「へえー、アトラシアからの冒険者さんやったとね!道理で見かけん顔やと思ったんよ。一番賑わっとう酒場やったらこの市場ば抜けてからいっちゃん手前ん所のギルド酒場たいね。夕方にもなれば冒険者さん達もよう居んしゃあばい」
屋台を後にして、購入した熱帯島豚の串焼きを頬張りながら市場の通りを歩く。
「これは…お酒に合いそうですね…!肉の旨味と塩加減が絶妙に噛み合ってます…!」
「口の中で旨味を含んだ肉の脂が拡がりますわ!」
「確かに美味しいですけど、二人共本来の目的忘れてませんよね…?」
市場を抜けると目的となるギルド酒場と思しき酒場がすぐに見つかる。開き戸を開けて中に入るとガラの悪そうな男達が約二十人程、テーブル席を埋め尽くし騒いでいた。その内の一人がこちらに気付くと騒がしかった店内はすぐに静かになり、騒いでいた男達全員が俺達を睨みつけていた。
物々しい雰囲気が酒場全体に拡がるが、ゴロツキのような男達の実力が自分達より低い事を感じとった俺達は彼らの視線を気にする事なくカウンター席につく。一つ気がかりなのはこの男達に冒険者のような旅装をした者が誰一人としていない事だ。
気弱そうな店主は男達の様子を伺うかのように目線を泳がせながら俺達に声をかけてきた。
「い、いらっしゃい。悪いけど…」
「今日は店は貸切たい。ガキと女が酒場に何か用があるとや? はよ出て行かんか!」
男達の一人が割って入る。体格こそ立派だがせいぜいC級冒険者程度だろうか、こちらを女子供と見てかなり尊大な態度だ。
「へぇ、嫌だと言ったら?」
俺がそう答えると胸倉を掴み、如何にも怒り心頭のご様子だ。店主も男の突然の行動に驚き、脱兎の如くカウンターの中に隠れてしまった。
「貴様、俺ば舐めとっとか!?ガキやけんて、手ェ出されんぐらい思うとっちゃろうが!殴られんとわからんとか!」
男は激昂し、俺の胸倉を掴んだまま右腕を振りかぶる。しかしすぐに俺の胸倉を掴む腕は緩み、男は突然倒れ込んだ。
「セオドア様、大丈夫ですか?」
倒れた男の後ろには手を立てたアリーシャが立っていた。男はアリーシャから首筋に手刀を受け気絶してしまっていた。
「大丈夫だけど…どうやら彼らを怒らせてしまったみたいだ」
気絶させられた男を見て彼らの仲間達が立ち上がる。全員が怒気を孕んでこちらを睨みつけていた。
「三対…二十くらいか。流石に街中で剣を抜くわけにもいかない…よな」
「ゴロツキ程度、素手で十分でしょう」
「クリスさんは置いてきて正解でしたわね。…ちょっとお借りしますわね」
アンリエッタも「やれやれ」と言った様子でカウンターの上の鍋から蓋を取る。彼女にしてみれば盾の形状であれば鍋の蓋でも盾になってしまうのだろう。
「よか度胸しとうやん!みんな女子供やからって手加減せんでよか!」
ゴロツキ達は素手の他に酒瓶や椅子などを持ち、一斉に押し寄せてきた。しかし所詮ゴロツキはゴロツキだ。アトラシア大陸で散々戦った血熊と比べても足元にも及ばない。
俺もアリーシャもゴロツキ達の攻撃をすり抜けながら加減をして殴り倒す。アンリエッタについても鍋の蓋を巧みに操り、攻撃を軽く受け流してはゴロツキ達の顔面を打ち抜いていた。
気がつけばものの数分程度の時間でゴロツキ達は全員気絶していた。
「しまった。一人ぐらい残しておくべきだった」
「あら、私もすっかり忘れてましたわ」
「これは困りましたね」
店主は一瞬で全員伸されてしまったゴロツキを見て完全に言葉を失っていた。
「よーう、大将、今日はいやに静かじゃねぇか…ってなんじゃこりゃあ!?」
客と思しき赤髪の獣人種の女性が店に入り、荒れた店内と気絶しているゴロツキ達の姿を見て驚いていた。
ーーー
「アーッハッハッハ!なるほどね、ギルド酒場と思って入ったらこいつらに絡まれたってワケか!ちなみにギルド酒場はこの店の向かいだよ、こっちは通称『ゴロツキ酒場』、こいつらみたいなならず者ばっかり集まってる掃き溜めさね。普段うるさい酒場がいやに静かだったから様子を見に来たのさ」
女性に事のあらましを話すと大笑いしながらこの酒場の事について話す。
「えっと、この酒場についてはわかりましたけど貴女は…?」
「へ? アタシ? ああ、アタシはシェリス・キャトリニア、仲間内じゃシェリーって呼ばれてる。ガルムス生まれのドルマニアン育ち、猫人種の獣人でS級冒険者さ」
自己紹介を済ませたシェリーは転がっていた葡萄酒の瓶を手に取ると二本の指を栓のついた瓶の口にあてがい、一気に薙ぐ。
瓶の口は指の触れた部分から切り裂かれ、ゴトンと音を立てて床に落ちる。そのままシェリーは葡萄酒を喉に流し込んだ。
「器用ですね」
「おや、爪術を見るのは初めてかい? アタシら猫人種なんかは生まれたら物心つく前から親に叩き込まれるのさ。さて、アンタらギルド酒場の方に行きたいんだろ? アタシが案内するよ。話はそっからにしよう。大将、この酒こいつらのでしょ、こいつらに払わせといて」
シェリーは飲み干した葡萄酒の瓶をカウンターに置き、店の開き戸を開けて外に出る。
「じゃ、ついてきな。ギルド酒場に案内するよ」




