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第六十四話:上陸準備

 「ううっ…結局また一本も取れなかった…」

 「仕方ないよ、ソフィー。相手はS級の魔剣士だし、魔術無しでもやっぱりA級の剣士以上だから…」


 俺とセオドアに合計十一戦全敗を喫して打ち拉がれているソフィーをミハイルは慰めていた。


 「流石にまだまだですけど実際かなり強くなったと思いますよ? 少なくともB級の魔物相手でも十分渡り合えるレベルにまでは来てると思います」


 ソフィーは乗船直後から比べると格段に強くなった。ミハイルに関してもクリスの教えの賜物か、無詠唱の初級魔術をマスターし、中級魔術もいくつか扱える様になっている。それで自信もついたのかおどおどとした弱気な性格もなりを潜め、かなり改善された様だ。


 「島だー!島が見えたぞー!」


 マストの上から船乗りの声が響く。船乗りの指差す方角を見ると、その先にもうもうと煙を吐く山がうっすらと見えていた。

 船乗りの声を聞きつけ、船長室からラルゴが現れる。ラルゴは島を見ていた俺達の後ろから大きな手を肩にかける。


 「おう、坊主共。あれがドルマニアン諸島の象徴とも言える火山、ドルミヌス山だ。これから船は島を迂回してドルマニアン諸島最大の港、サルディアに向かう。明日の陽の刻の内には到着するから部屋の奴らに下船の準備をしとく様に言っとけ」


 ラルゴは俺達に伝令を頼むと船乗り達を集めて指示を出し始める。船乗り達も指示を受けた者から次々と行動を開始する。船乗り達は小走りで動き回り、明らかな慌しさを感じる。


 「邪魔になりそうですし、俺達も部屋に戻りましょうか」


 慌しく動き回る船乗り達を尻目に俺達は船室へと向かう。俺達以外に甲板に出ていた冒険者達も同様に邪魔になると感じたのか、順次船室へと戻っていった。


 俺達の部屋にいる冒険者は全員甲板に居た為、全員が既に下船の準備に取り掛かっていた。


 「セオ達はドルマニアン諸島に上陸した後はどうするんだい?」


 先に下船準備を済ませたフォルクハルトが声をかけてくる。


 「特には決めてませんね。急ぐ旅でもないのでドルムの街に拠点を置いて島をあちこち見て回って一通り満足したら次はガルムス大陸に行くつもりです」

 「じゃあ折角だし僕も同行させて貰おうかな。セオ達といると退屈しなさそうだしね」

 「里帰りはいいんですか?」

 「うん、僕も急ぐ旅じゃないからね。僕らにとって数年程度の時間は大した問題じゃないのさ。だから里帰りはゆっくり時間をかけようと思っててね」


 一瞬、俺はフォルクハルトの同行について思案を巡らせるが彼はS+級の冒険者だ。彼がついてくることによるメリットは戦力面では十分にある。


 「彼女達次第ですかね。僕は一向に構いませんけど」


 フォルクハルトとのやりとりの最中、こちらも下船の準備が済む。とりあえず荷物の紛失などはなさそうだ。


 「そう言えばミハイルとエリウッドはどうするんだい?」


 俺とのやりとりに一区切りがつき、フォルクハルトは質問の相手をミハイルとエリウッドに移す。


 「私はすぐにガルムスに向かう。連絡船が来るまで港で待つ」

 「僕はドルムの街の冒険者ギルドでソフィーと一緒に上のランクを目指したいと思います」


 エリウッドはガルムスへの道程を急ぐらしい。彼とはここでお別れだ。ミハイルはソフィーと船での成長をドルマニアン諸島で試すつもりらしい。


 「ミハイルさんとは同じ目的地ですか。ギルドの仕事をするなら一緒には組めませんね…」


 ギルドで同じ仕事を一緒に請け負う場合はパーティーとして申告する必要がある。しかしその場合、パーティー内のランク差が二つ以内でなければならないという規定がある。

 俺達とフォルクハルトのランクはS-からS+の範囲なのでパーティーを組むことができるがその場合A+以下、あるいはSS-以上の冒険者とはパーティーを組むことが出来ないのだ。


 「ええ、ですので僕達は僕達で地道に頑張りますよ。ただセオドアさんにもクリスティンさんにもまだまだ色々教えて貰いたいんです」

 「勿論。クリスもミハイルさんに魔術を教えるのを楽しんでる見たいですし、ソフィーさんもまだまだ強くなれるはずです」


 どうやらミハイルやソフィーともまだまだ長い付き合いになりそうだ。旅は道連れ、というヤツだ。


 ーーー


 翌朝、俺達冒険者は甲板に集められた。

 どうやら航路を変更して時間の短縮を図るらしい。本来なら大回りをして安全な航路を進むらしいが、戦闘ができる冒険者の数が多い為、多少魔物が現れる航路をとっても問題ないだろうと判断しての変更のようだ。

 変更した航路の水域は海王種の魔物が群れを為して棲息しているらしく、中には船に取り付いてくる事も少なくないらしい。とは言え船に取り付いてくる魔物に強い魔物はそう多くなく、稀にA級レベルの魔物が現れる程度で大抵はEからC級程度らしい。

 今回は前線で戦うのはB級以下の冒険者達が中心となり、俺達やフォルクハルトのようなA級以上の冒険者は有事に備えるのみで高みの見物となった。

 普段ならば船乗り達も戦闘に参加するらしいが今回の航海は冒険者が多く乗船しており、なおかつ俺達の様な上位の冒険者も多く乗船している為、彼らは船の操縦に専念し、目的地への到着を急ぐとの事らしい。


 「ミハイル、ソフィー、気をつけてね!」

 「弱い魔物と言えど油断は禁物ですわよ」

 「ご無理はなさらぬよう」

 「ミハイルさん、特訓の成果、見せてあげましょう!」

 「ソフィーよ、自分の力とセオドアの教えを信じるのだ」

 「ソフィーさん、自信を持って。ミハイルさんの援護もありますし危なくなったら俺達も動く事になってます。安心して戦ってください」


 ミハイル達に声をかけると二人は力強く頷く。少し震えていた様な気がしたがこれは恐怖ではなく武者震いと言うものだろう。


 島沿いの水辺、やや遠くの水面が大きく跳ねるのが見える。かなりの数だ。それらは真っ直ぐに船に向かってくる。


 「来るぞ!」


 ラルゴの声に反応し冒険者達が身構える。

 その瞬間、次々に水面から複数の魔物の群れが甲板の上へと飛び出してきた。


 「半魚人(サハギン)水蛇(ウォーターパイソン)盾海老(シールドシュリンプ)猛毒蛸(ベノムオクト)…。数は多いが全部DからC級の魔物だな。水蛇と猛毒蛸は毒を持ってるが、落ち着いてやりゃあ甲板の上なら怖かねぇ、頼んだぜ!野郎共ォ!船を揺らすんじゃねぇぞ!」


 ラルゴが船乗り達に指示を飛ばすと既に持ち場についた船乗り達が威勢のいい声をあげる。冒険者達もそれに応じる様に魔物達に攻撃を仕掛け始めた。


 「ソフィー、半魚人と盾海老は任せたよ!猛毒蛸と水蛇は任せて!」

 「…頼もしくなったね。じゃあそっちは任せたわ!」


 魔物の群れに真っ先に切り込んだのはソフィーだ。素早い動きで正面に立つ半魚人に袈裟懸けに斬りかかる。半魚人は避ける間も無く肩口から真っ二つに斬り裂かれ絶命した。


 「やったっ!このままいくわよ!」


 それを見ていた他の冒険者達もソフィーに負けじと次々に魔物に先制攻撃を仕掛ける。他の冒険者達も殆どがC級からB級の冒険者であり、決して遅れを取ることは無い。ましてやこの冒険者達もソフィーやミハイルと同様に航海中、共に訓練を続けていたのだ。彼らも実際のランク以上の強さを身につけていた。

 魔物達は次々に船に飛び出してくるが、その度に冒険者達に倒されている。


 魔物達は次々に倒れ、死骸の中から這い出た猛毒蛸がソフィーの背後ににじり寄る。

 猛毒蛸が毒を持つ触手をソフィーの足へと伸ばそうとした瞬間、円錐状の炎の塊が猛毒蛸を貫いた。矢の形とまでは行かないがその炎の矢はクリスの放つ火矢(ファイアボルト)に酷似していた。

 火矢の飛んだ軌道、その始点にいたのはミハイルだ。体を炎の矢で貫かれた猛毒蛸は全身を灼かれ、身を縮めて絶命している。

 ミハイルは一瞬クリスに「どうですか」とでも言わんばかりに目配せをするが、俺の隣のクリスは小さく首を横に振る。「まだまだ」とでも言いたげな表情だ。

 ミハイルは少しがっかりした様に視線と肩を落とすが、直ぐに目線を戻して次の目標を見定める。


 魔物の襲撃は一刻足らず程続き、漸く襲撃が落ち着いてくる。多少の傷を負う冒険者はいたものの治癒魔術を使う程の傷を負った冒険者は誰一人としていなかった。また水蛇や猛毒蛸の毒に侵された者も数人いたがこれはクリスが即座に解毒魔術によって解毒を施した為、大事に至ることはなかった。


 「はぁ…はぁ…疲れた…。ホントしつこかった…」

 「はっ…はっ…でも…前よりは…間違いなく強くなってるよ…僕達」


 襲撃が終わり、最も戦っていた一組みの若い男女の冒険者が背中合わせに座り込んでいた。

 しかし、息をつく間も無く突然船が大きく揺れる。


 「何!?まだいるの!?」


 ソフィーが突然の揺れに驚き立ち上がる。船の後方には大きな背びれを持った大きな魚影が海面に浮かび上がる。その背びれの持主は大きな水柱をあげて船の甲板に乗り上げてきた。


 「半鮫人(サハギンシャーク)、A+級の魔物だ!お前らじゃ荷が勝ちすぎる、坊主達と交代しろ!」


 船の揺れに反応し、船長室から顔を覗かせたラルゴが冒険者達に交代を告げる。ミハイルやソフィーを始め、先程まで戦っていた冒険者達は直ぐに後退し、俺達は入れ替わる様に前線に躍り出る。


 「牙もだが、尾ビレにも気ィつけろ!モロに食らったら命はねぇぞ!」


 ラルゴの注意を聞きながら俺達は半鮫人と対峙する。高さ五メートルはあろう巨体の表面には幾多の傷跡が全身に残っており、過酷な生存競争を生き残ってきた事を物語っている。


 「シャアアアァーー!」


 巨大な口から無数に並ぶ牙を覗かせながら半鮫人は威嚇の叫びをあげる。尾ビレを小さく叩きつけた後には削り取られた木片が散っていた。


 「俺が先に行きます。後詰めはお願いします。クリス、トドメは任せた」


 全員が頷くのを確認して、俺は半鮫人の前に躍り出る。

 鋭い牙を剥き出しにした口が迫るがそれを掻い潜り半鮫人の横腹を斬りつける。しかし刃は通らず皮に新しい浅い傷跡を残すのみに止まった。


 「硬い…鮫肌ってやつか!」


 硬く分厚い皮に刃を阻まれ歯噛みしている所に先程ラルゴが注意を促した尾ビレが俺に飛んでくる。しかしその尾ビレは寸での所で止められた。


 『ぬぅん!野牛種の力を舐めるな!』


 半鮫人の尾ビレをエリウッドが斧の腹で受け止める。怪力ならばエリウッドも半鮫人に引けをとってはいない。半鮫人の尾ビレを抑えるエリウッドの背中から腕にかけての筋肉が大きく盛り上がる。

 先程付けた傷に再び斬りつけ、更に傷を拡げる。しかしまだ分厚い皮からは魔物特有の青い血液は流れてこない。尾ビレでの攻撃を諦め再び噛み付きを半鮫人が仕掛けてくる。


 「単調な攻撃ですわね!」


 半鮫人の噛み付きに割って入ってきたのはアンリエッタだ。半鮫人の口より更に大きな大楯を鼻先から顎にかけて打ち付ける。思わぬ強い衝撃を受けた半鮫人は大きく体を仰け反らせて怯んだ。

 そう言えば鮫という生き物は鼻先に神経が集中しており、弱点になっているというのを聞いた事がある。鮫に似た姿を持つこの魔物も同様なのだろう。


 「怯んだのなら畳み掛けてしまいましょう」


 そう言って俺の横を掠めて一直線に錐揉みする黒い影が半鮫人に飛び込む。アリーシャは両手の剣で俺が付けた傷跡に対し、垂直に傷を与える。回転鋸のような勢いで繰り出される攻撃は瞬時に半鮫人の表皮を抉っていく。

 一直線に伸びていた傷は垂直の傷が加わって十字傷となり、まだ皮を貫けてはいないものの、傷跡の最も深い部分は血が滲んだ様に薄く青みがかって見える。分厚い皮の鎧の守りももうひと押しで穿けそうだ。


 「いい目印だね…そこだっ!杭打射(パイルショット)!」


 いつの間にか半鮫人の側面に回っていたフォルクハルトが狙っていたのは俺とアリーシャとで刻みつけた十字の傷跡だった。その中央に目掛けフォルクハルトは二射、三射と矢を放つ。

 一本目の矢が十字傷の中央を捉えると半鮫人の体から遂に青い血が流れ出す。更に第二射、第三射の矢が既に突き刺さっている矢の筈を正確に捉え、一射目の矢を杭打ち機の様に深く食い込ませる。

 痛み故か、半鮫人は身をよじらせながら叫び声をあげている。


 「キシャアアアァーー!!」

 「うわ、フォルクさんえっぐ…」


 痛みに悶絶する半鮫人にやや同情しつつも立ち直った瞬間に攻撃を仕掛けられる距離を保ちつつ様子を見ている。不規則にのたうち回る半鮫人は尾ビレを振り回しながら暴れまわっている。動きが予測出来ない以上、無闇に接近するのは愚策だ。


 「兄様、危ない!」


 のたうち回りながらも急に距離を詰めてきた半鮫人が身を捻り渾身の力で尾ビレを振り抜こうとしており、いち早く気づいたクリスが注意を促す。

 咄嗟に飛び退くがまだ尾ビレの届く距離。しかし、銀の籠手に包まれた細い手が俺の胸を押し、足りなかったあと一歩を足してくれた。


 「んんあッ!」


 アンリエッタが再び割って入り、大楯で半鮫人の渾身の力で振り抜く尾ビレをかち上げる。

 軌道を無理やり捻じ曲げられ尾ビレは空を切り、強い風圧が俺の横顔を通り過ぎる。

 尾ビレを振り抜いた半鮫人自信も勢いを殺しきれず、自らの尾ビレに振り回される形で転倒してしまった。


 「セオドア様!今です!」


 半鮫人の渾身の一撃を受け流し、衝撃を膝をつくアンリエッタの声に呼応して、甲板を蹴る。

 半鮫人の青い血が滴る傷口に俺は何度も斬りつける。青い血飛沫と共に、傷口がどんどん拡がり、頭大程の大きな傷口となっていった。なされるがままの半鮫人はまだ起き上がれない。勝機だ。


 「クリス!トドメだ!」

 「はい!兄様、退がってて下さい!」


 クリスは両手から大きな炎を生み出す。大きな炎は渦を巻きながらクリスの小さな両手の中に収まる程に収縮し、やがて煌々と輝く矢の形を形成する。


 「その魔術は…!」


 炎の矢。それを見て俺は声を漏らすとクリスがニヤリと笑う。


 「火矢(・・)


 放たれた火矢は傷口より半鮫人の肉を溶かしながら体の中に消えてゆく。一瞬俺達以外の誰もが初級魔術と思い唖然とする。しかし次の瞬間、半鮫人の傷口と口、鼻、目。半鮫人の持つ穴と言う穴から爆炎を噴き出した。炎の規模を見て周囲の冒険者や船乗り達の誰もが即死を疑わなかった。


 〈ははっ、さすがクリス。やってくれるじゃないか〉

 「やりすぎだろ…大魔王かよ…。…|激流砲《スプラッシュキャノン〉」


 噴出した炎が船の帆などに燃え移った為、水魔術で消火活動にあたる。

 当の本人はと言うと、ミハイルの方に首を曲げ、「どうですか」と言わんばかりに目配せをする。


 「さすがにあそこまでは無理…かな?」


 冒険者達の中に紛れていたミハイルが顔を引きつらせて呟くのが目に映った。


 ーーー


 魔物の撃退を終えたあと一刻程すると漸くこの航海の終着点である港が見えてくる。


 「あれがドルマニアン諸島の最大の港、サルディアだ!綺麗な街だろう?」


 真っ白な砂浜、翡翠を溶かしたような海、真っ白な土壁と木だけで作られた建造物、そして照りつける太陽と街の至る所を飾る色とりどりの花。まさに南国のリゾート地のような美しい街が目の前に拡がっていた。

漸く第五章、船旅編終了です。断章を挟み、次回から第六章に進みます!

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