第五十六話:出港
街の宿でドルマニアン行きの船の出港を待ち、出港の日の昼を迎え、俺達は港へと向かっていた。
昨日の昼食の後は宿探しに追われることとなった。と、言うのも別大陸行きの船が出港する前はいつもこの街に訪れる人間が多くなるらしく、どうしても宿がなかなか取れないという事態が発生する。安い宿に関しては特に利用者が多いらしく、俺達はそういった宿は取れず、やむなく高級宿泊施設を選ばざるを得なかった。
「いままで装備以外にここまで使った事なかったからどうしても高く感じてしまう」
「まぁ、我々はお金にはかなり余裕はありますし、たまにはいいんじゃないでしょうか」
「その代わりサービスは充実してましたわね。まるで貴族でも扱うような待遇でしたし」
「食事もかなり豪勢でしたね。あんな料理、十二歳の誕生日のお祝いでもありませんでしたよ」
宿泊費用は一人あたり白金貨二枚。聖銀貨を数枚持っているとはいえ決して安くはない金額だ。
搭乗開始時間を迎えていないが少し早く港に到着する。周りを見ると既に何人か冒険者らしき姿の乗船客が待機している。そのうちの一人が此方に向かって歩いてくる。容姿は色白長身細身の金の長髪をポニーテールに纏めた整った顔立ちの男、耳はやや長く尖っている、恐らく長耳種、あるいは半長耳種だろうか。背中に長弓、腰に短弓と二つの弓を携えている。見るに狩人のような出で立ちだ。
男は爽やかな笑顔で此方に近づき声を掛けてきた。
「やぁ、君らもドルマニアン行きの冒険者かい?君とそっちの年上の方のお姉さんは剣士…そっちの年下の方のお姉さんは槍闘士で、こっちのお嬢さんはあからさまな得物らしきものを持ってないあたり、魔術師、といったところかい?」
男は話しかけてくるなり俺達のパーティーの役回りを言い当てようとする。
「はい、俺達も船を待ってる冒険者です。ちなみに僕は剣士じゃなくて魔剣士です」
「おっと、これは失礼。ああ、名乗るのが遅れたね。僕はフォルクハルト、半長耳種の弓闘士さ。気軽にフォルクって呼んでくれ」
男は軽そうな雰囲気を醸し出しながら自己紹介をする。
話に応じてしまった以上無視するわけにもいかないだろう、此方もパーティーを紹介する。
「俺はセオドア、こっちがアリーシャ、槍を持ってるのがアンリエッタでその横が妹のクリスティンです」
「半長耳種とは珍しいですね。大魔大陸では少なくはないのでしょうけどアトラシアでは殆ど見ませんし」
アリーシャがそう言うとフォルクハルトは薄く笑い両手を広げておどけてみせる。
「はは、確かにこっちじゃ殆どいないね。そういう僕も大魔大陸からの冒険者さ。といっても元傭兵ではあるけどね」
「傭兵、と言うことはフォルクは帝国に住んでいらしたのかしら? ブリュンヒルデでは傭兵は一般的ではありませんし」
フォルクハルトはアンリエッタの話を聞いて指を指す。
「ご名答、その通り。で、大魔大陸に帰るつもりだったんだけど、行きは大魔大陸から直接アトラシア大陸まで来たから、どうせなら色んな土地を見てみたいって事でドルマニアンとガルムス経由で大魔大陸へ里帰りってわけさ。だから傭兵を辞めて再び冒険者に戻ったって事」
どうやらフォルクハルトも俺達と行き先とその道程は同じらしい。
「冒険者達の乗船の受付を始めるぞー!割符を持っている者が優先だ、順番に並んでくれ!」
フォルクハルトと話している間に船の方から大きな声が聞こえてくる。
「お、受付が始まったか。じゃ、もしかしたらこの船旅で同じ船に乗るってだけの関係で終わっちゃうかも知れないけど、よろしくね」
そう言ってフォルクハルトは足早に乗船受付の船乗りの下へと向かっていった。
「軽そうな男でしたわね」
「はい、あんまりいい印象ではなかったです」
「とは言え帝国の元傭兵、実力はかなりの物の筈です」
「まぁここで話しててもしょうがない事だし、少なくともドルマニアンに到着するまでは協力し合う関係なら実力あることに越したことはないんじゃないか?」
俺がそう締めくくると女性陣は「それもそうか」と納得した様子である。少なくともフォルクハルトが二等船室で乗船するのであれば同室になる可能性は十分あり得る。そうであるならば邪険にするよりはそれなりに仲良くしておいたほうがいいであろう事を考えて邪険に扱う必要はないと判断した。
「何にしてもとりあえず受付を済ませて乗船してしまおう」
そう言って俺達も船乗りの下へ乗船券代わりの割符を持って受付に向かった。
「お、昨日の坊主達だな。じゃあ割符を見せてくれ。…よし、じゃあ坊主達も二等船室だ、乗り込んで出港まで待っててくれ。船の中の移動は船長室と厨房、一等客室、それと貨物室以外なら自由に移動して構わねぇ。さぁ乗った乗った!」
船乗りに送り出され俺達は船に乗り込む。
「じゃあ一旦お別れですね。セオドア様、男部屋に一人ですが大丈夫ですか?」
「まぁフォルクハルトがいるなら顔見知りが全くいないわけじゃないだろうし、そこまで子供じゃないよ」
「兄様、盗みには気をつけてくださいね」
「ああ、大丈夫大丈夫」
心配症な元侍女と妹の言葉を後ろ手を振りながら躱し、俺は男部屋に入室する。狭い部屋には四つの寝台があり、既に三人の男が寝台の上に座って談笑していた。
「お、最後の一人がきたよ。やぁ、同じ部屋だね。改めてよろしく」
最初に声を掛けてきたのは先程俺達に話しかけてきた半長耳種の男フォルクハルトだ。
「ええ、こちらこそ。と、あとの二人にまずは自己紹介ですね。カルマン村から来ました、セオドアです。S-級の冒険者です。宜しくお願いします」
三人共S-級の冒険者と聞いて驚くがフォルクハルトだけは反応がやや薄い。
「へぇその歳でS-か!すごいねセオ!と言っても僕はS+だからちょっと嫌味になっちゃうかな?」
フォルクハルトはアリーシャの見立て通り、やはり相応の実力者のようだ。馬をあしらった帝国のギルド証を見せてもらうと確かに白金に紅の宝石が馬の目の部分に埋め込まれている。
「フォルクさんもかなりお若いのにS+でしょう?十分すごいと思いますが…」
そういうとフォルクハルトは突然吹き出し大笑いしている。
「アッハッハッハ、若いか!うん、確かに若いけど長耳種や半長耳種の中では、って話でだけどね!人族からすれば十分高齢さ。なにせ僕はこう見えて百二十六歳だよ。人族で言えばだいたい二十五歳ぐらいになるかな。半長耳種は人間の五倍ぐらいは生きるからね」
フォルクハルトの途方もない年齢を聞いて俺は驚く。実際に鉱山族であるマリオンも三十四歳であのあの若さであることに少し驚いたが、フォルクハルトはそのレベルを遥かに超えていた。
「おっと、僕が割り込んじゃったから二人の自己紹介する番が後回しになっちゃったね。どうぞどうぞ」
フォルクハルトはそう言って座っている二人の男に自己紹介の順番を回す。
「私はエリウッド。エリウッド・ブルドール。野牛種の獣人族で帝国にいた。A級の冒険者だ。よろしく頼む」
「ぼ、僕はミハイルです…。連れと共に王都からきました、まだC級の冒険者ですので足を引っ張るかもしれませんが…宜しくお願いします…」
エリウッドはかなりの巨体で全身を黒色の体毛で覆われており、頭から生えた捻れた二本の角と大きな鼻が特徴的だった。荷物の横にある斧が彼の武器だろう。まさに重戦士と言うべき出で立ちだ。話し方は極めて機械的だ。
ミハイルは茶の短髪。背丈は俺より頭半分程高く、少し年上だろうか。華奢な体躯にローブを纏っているあたり魔術師のように見える。A級とS級の冒険者に囲まれているためかどことなく自信なさげな印象だ。
俺は折角なので先日覚えたばかりの獣人語でエリウッドに話しかける。
『はじめましてエリウッドさん、獣人族の方と出会ったのは初めてです。宜しくお願いします』
獣人語を話す俺にエリウッドは驚いたのかその黒い瞳を見開いていた。するとすぐに返してくる。
『まさかこの土地で人間の子供に獣人の言葉で話しかけられるとはな。しかもS級とは恐れ入る。こちらこそよろしく頼む』
獣人語で話すエリウッドもどことなく無機質な話し方だったがどちらかと言うと武人気質な印象を受ける。
「す…すごいですねセオドアさん、獣人語まで話せるなんて…。しかも僕より小さいのにS級なんて…」
ミハイルは自分を卑下するかのように目を伏せて弱々しく話す。するとそれを払拭するようにフォルクハルトがフォローをする。
「ミハイル、気にすることはないさ。セオはたまたま若くから冒険者になる実力を身に着けていただけ。もしかしたらそういう環境で育っただけなのかもしれない。言葉についても前々から計画してたならその為に勉強しただけだよ。そうだろうセオ?」
フォルクハルトは俺のことをよく見ている。言っていることはほぼ間違いない。俺もミハイルをフォローするように出来る限り言葉を選ぶ。
「ええ、俺の場合、たまたま父が『流星』のアルフレッドだったということと村の自警団で魔物と戦う機会があったから才能と機会に恵まれていただけです。言葉に関しても旅も半年以上前から考えていたので妹とかなり勉強しただけのことです。なのであまり自分を卑下しないでください」
ミハイルは父の名前を聞いて少し顔を歪ませていたがやや無理をしながら笑顔を作る。
「そ、そうですよね。そうだ、もっと自信を持たないと…!」
声が若干上ずってはいるがミハイルは自信を鼓舞するように両手で頬を叩いた。
その後もお互いに自分の今までの体験談などを話し、部屋仲間同士で話が盛り上がっていた。そんな中、船中に響き渡る大きな声で「出港!出港!」と聞こえてくる。
時間は陰の零刻。遂に出港の時間を迎える。俺達のアトラシア大陸外での旅が始まった。




