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第五十四話:ヘイミルへの旅路

 エルダを立った俺達はブリュンヒルデ王国とマクシミリアン帝国の国境付近の港街、ヘイミルを目指していた。

 旅は順調に進んでおり、約七日間の道中も特に何事も無く進んでおり、もう既に六日目を迎えている。港街ヘイミルへは明日到着の予定だ。


 「兄様、魔物です!木偶人形兵(マリオネット)四体!」

 「よしきた!」


 クリスの合図で俺は木偶人形兵達の前に躍り出る。

 俺の右手に握っていた騎士剣には無詠唱で炎の魔力を付与(エンチャント)していた。


 「属性斬エレメンタルスラッシュ炎爪(フレイムネイル)解放(パージ)!」


 炎を纏った騎士剣を一文字に一閃、軌跡を描いた炎は一気に火力を増し、炎の津波となって木偶人形兵を飲み込む。

 哀れ、木偶人形兵達は剣から放たれた真紅の炎に抱かれ、真っ黒な炭クズとなってしまった。


 「どうだ!」

 「お疲れ様です、兄様」

 「魔力付与も使い方次第でこんな事が出来るのですね…」

 「まさに魔術と剣術の融合、『魔剣』の名に相応しい技だと思いますわ」


 今までは剣術は剣術、魔術は魔術と別々に使っていたが、今回新たに剣術と魔術の両方を活かし、剣術でも遠距離に、魔術でも近距離に対応できるような戦い方を編み出す事に成功した。


 「そう言えばアンリの新しい槍はどうだった?」


 俺がアンリエッタに問いかけるとアンリエッタは背中に背負った槍を手に取る。この槍は帰らずの迷宮の最深部から持ち帰った槍で魔導銀(ミスリル)製の魔導器だ。

 アンリエッタが槍で岩を突く。するとクッキーを割るかのように容易く割れる。それで終わりかと思えば次の瞬間、突いた箇所から凄まじい衝撃波が放たれ、岩は跡形もなく、粉々に吹き飛んでしまった。またアンリエッタ自身も反動で後ずさりするほどだった。


 「と、この様な感じですわ。威力はご覧の通りですけれど、やや取り回しの悪さが目立ちますわね。ただ魔力を使わず普通に突く事に関しては軽くて斬れ味も鋭い槍ですので使い分け、ですわね」


 アンリエッタが槍の説明を終え、槍を背負い直すと再び歩を進め始める。

 四人全員がA級上位の戦力である以上、この辺りの魔物では相手にはならない。特に野生の勘の鋭い四肢獣種や鳥種の魔物に関しては力の差を感じ取れているのか、こちらに気付くなり、そそくさと逃げていく始末だ。旅の進行が順調なのは主にこの為である。


 ---


 夜間になりキャンプを開き、旅の状況を確認する。


 「この分なら明日の昼過ぎ、急げば昼前にはヘイミルに到着しそうな程ですね。ただ…」


 地図を広げたアリーシャは残りの道程を指差し、少し言葉を濁す。指を指した先はヘイミルに到着する直前の海岸沿いの街道だ。


 「ただ?」

 「あまり目立った情報ではありませんが海王種の目撃例がありますので注意はしたほうがいいかと」


 海王種は基本的には海中に棲息しているが稀に強力な個体が陸上にまで獲物を求め這い上がってくる場合があると言う。その為海岸沿いの街道は警戒する必要があるらしい。


 「慢心のつもりはないけど最悪、俺とクリスは魔術で応戦できるし、このまま街道を進んでいいんじゃないか?」

 「上級魔術と大魔術の使い手がいるならば全く手が出ないなんて事もありませんわ」

 「それもそうですね。迂回も考えましたがそこまで慎重になる必要は無いですかね」


 そこまで話すとアリーシャは地図を折り畳みバックパックにしまい込む。

 その間に周囲の見回りから戻ってきたクリスが途中から話を聞いていたのか俺に問いかけてくる。


 「兄様、大魔術を使っても?」

 「ああ、ヘイミルに着く前に海岸沿いの街道を通るんだけど強力な海王種が出る事があるらしい。その時にだけどな」


 クリスには大魔術を歪魔獣(キマイラ)戦以来一度も使わせていない。攻撃範囲が広すぎるのと、威力過剰の為、二次被害の可能性がある為、使用は俺の許可、あるいは必要に迫った場合だけとクリスには言い含めている。


 「あ、クリスさんが戻ってきたなら交代ですわね。何か変わったことはありまして?」

 「特に何も。ただ少し遠くに木偶人形兵がいたのを確認したので、近づいてきそうなら教えてください。焼き払いますので」

 「あの程度の魔物なら大軍でも無い限り一人でも平気ですわ」


 クリスから引き継いでアンリエッタは「では行ってきますわ」と、細剣と魔導器の槍、小盾を持って見回りに出かけていく。


 「海王種の魔物、出てきてくれるといいですね、兄様」

 「いや、出ないのが一番いいんだけどな?」


 妹の物騒な発言にすかさず俺が突っ込むとクリスは頰を膨らませたまま両手で魔力を練って拗ねていた。

 新しい力を得たら試したくなると言うのが人間の性である以上、クリスの気持ちも分からなくは無いがその威力と規模が規模だけに慎重に成らざるを得ない。


 結局、その夜はアンリエッタが一人、木偶人形兵数体を粉砕した以外は特に何事もなく夜を明かした。


 ---


 七日目の朝を迎え、再びヘイミルの街を目指して歩を進め、昨日のキャンプで懸念していた海岸沿いの街道に辿り着く。

 砂浜沿いの街道は幾多の馬車や人が通り、やや荒れた石畳が敷かれている。


 「綺麗な海だな、夏だったら泳ぎたくなるくらいだ」


 砂浜の先にある海には澄んだ白波が揺れ、日差しを反射し煌めいていた。前世で住んでいた都市の海と異なり一切の淀みもない海を前につい独り言を呟いてしまう。しかし今の季節は生憎、冬を目前に控えており、幾ら温暖なアトラシア大陸の南部とは言え、とてもじゃないが泳げるような温度ではない。

 俺の呟きを聞いたアンリエッタはやや驚いた表情をしていた。


 「確かにドルマニアン諸島の方ではそういった海水浴の風習があると聞きますけれど、こちらの大陸では殆ど聞きませんわよ…?」

 「じゃああの人達は?」


 クリスがそう言って指を指した先、少し遠くの砂浜を見ると三人程の男が砂浜を目指して泳いでいるのが確認できる。だが見ている限り、海水浴を楽しんでいるようには見えない。

 次の瞬間、海中から白い触手が伸び、逃げる男達に向けて振り下ろされる。だが間一髪、男はそれを躱し、砂浜に上陸。そのまま海から逃げるように走り出した。


 「助けてくれー!」


 男達がこちらに気付き叫びながら走ってくるが、触手の主はそのまま海中から這い出し男達を追いかける。

 触手の主は巨大な烏賊。男達の一人が砂に足を取られ転倒する。巨大な烏賊はそれを見逃さず、触手で転倒した男を搦めとり宙に吊るしあげた。


 「大王烏賊(キングスクイド)ですわ!」

 「助けに行かなければ!」

 「クリス!大魔術の準備!できるなら加減してくれ!俺とアンリはあの触手を斬り落としてあの人を助ける!アリーシャは落ちてきたあの人を受け止めてくれ!」

 「わかりました兄様!全員離脱したら大魔術を叩き込みます!」


 俺の指示で三人が頷き行動を開始する。クリスが魔力を練り始めると足元には赤い魔法陣が浮かびあがる。使うのは炎属性の大魔術の様だ。


 砂浜を物ともせず俺とアンリエッタが猛スピードで大王烏賊に迫る。その少し後ろにはアリーシャが追従していた。


 「アンリ、足を凍らせる!その槍で足を斬ってくれ!」

 「任せてくださいまし!」


 アンリエッタに指示を飛ばしながら俺は背から抜いた騎士剣に氷属性の魔力を付与させていた。

 騎士剣を持った右手を大きく引き、大きく踏み込んで捕まった男を縛る触手に向け突きを繰り出す。


 「属性斬・氷刃(アイスエッジ)放出(リベレイション)!」


 突き出した騎士剣は距離こそ離れているものの、切っ先は真っ直ぐ触手に向けられている。

 その騎士剣の切っ先から放たれた冷気の塊は触手を根元から凍てつかせていた。


 「今だアンリ!」

 「心得ましてよ!」


 アンリエッタは俺と前後を入れ替えながら振りかぶった槍を凍てついた触手へ突き出した。

 槍の穂先が触手に突き刺さり、衝撃波を伴って触手を吹き飛ばす。


 「うわあああぁぁぁ!」


 アンリエッタの一撃で触手が吹き飛ぶ。その衝撃で男は搦め捕られていた触手から解放され宙に放り出され叫び声を発していた。

 だがそこにアリーシャが跳躍し、放り出された男を受け止め着地すると直ぐに身を翻して大王烏賊から一目散に離れるように走り出す。同様に俺とアンリエッタも伸びてくる触手を振り払いながら大王烏賊から逃げていた。

 

 「…大地を焼き尽くす灼熱の化身 此処に顕現し 彼の者を滅せよ! 太陽神の腕(ヘリオス・ブロウ)!」


 クリスが大魔術の詠唱を終え魔力を解放すると空中に巨大な魔法陣が浮かびあがる。そこから紅蓮の腕が伸びると大王烏賊に向け、真っ直ぐに振り抜かれる。

 振り抜かれた紅蓮の巨腕は砂浜と海面を抉りながら大王烏賊の体を火炎の渦を纏いながら貫いた。

 大魔術をまともに食らった大王烏賊は想像を絶する高温に灼かれ一瞬のうちに蒸発し、数本の触手を吹き飛ばしながら消えてしまった。

 紅く煌々と輝いていた紅蓮の腕の眩しさに目を細めていると後ろからクリスの声が響く。


 「兄様!上です!」


 クリスの声に気が付き上を見上げると吹き飛んだ巨大な触手の一本が迫ってきていた。


 「…ご心配なく」


 そう呟いたのはアリーシャだ。助け出した男を砂浜に下ろし、すぐさま両の手に直剣を取り、落ちてくる触手に向け跳躍。身を翻しながら二振りの剣を旋風の様に振り回す。

 落ちてきた触手は複数の輪切りとなってバラバラと砂浜に降り注ぐ。


 強力な海王種と遭遇するも、俺達は勿論、襲われていた男達も全員無傷でこの状況を切り抜けた。


 「はあー、あんたら強えんだなぁ…」

 「あんたらのおかげで助かっただよ!」

 「あんたら騎士さんか何かかい?すんげえ魔術使うんだなあ、おらぁ初めて見ただよぉ!」


 助け出した男達は口々に俺達の強さと助かった喜びを語る。冬前の海を泳いでいたと言うのに男達は身震い一つしてはいない。


 「いえ、僕達は冒険者です。貴方達は?」


 冒険者と言う素性を明かすと男達は更に目を輝かせていた。


 「はぁー、あんたら冒険者さんだったかぁ!こんなに強え冒険者さんも珍しいなぁ!しかもこんな小さな子とめんこい女子の四人組でなぁ!」

 「おら達ゃこの先のヘイミルの漁師でよぉ、この辺りを縄張りにしてた大王烏賊に見つかっちまって追いかけられてなぁ、船を壊されて泳いで逃げてたんだわぁ!」

 「ちゅう事はあんたら港行きかい?それとも帝国行きって事かねぇ?」


 『女三人寄れば姦しい』とは言うがこの漁師達三人も十分に煩かった。


 「私達は港行きですわ。もし良ければ街まで案内願えまして?」


 アンリエッタがそう申し出ると漁師の男達は「任せとけえ!」と威勢良く胸を叩いて引き受けてくれた。

 かくして俺達四人は漁師達の案内の元、ヘイミルの街へと歩を進めて行った。

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