第四十五話:武人と巨人
(セオドアサイド)
十分間程斬り結んでいただろうか。俺とアンリエッタは息が上がり始めていた。
「はぁ……厳しい、ですね…」
「疲れない体って…はぁ…便利、ですわね…」
疲れが表に出始めている俺達に比べ、生ける鎧には全くその様子がない。
そもそも奴には疲れを感じる為の肉体がないのだ。
こちらは三人いるがジャックは戦力にはならない。俺とアンリエッタ二人掛かりでどうにか斬り結べる相手だ。ジャックが出た所であっさりと斬り捨てられて終わりだろう。
しかしジャックはただじっとしてはいなかった。
部屋の隅に設置されていた宝箱、ジャックは俺達が鎧と戦っている間に宝箱の解錠に取り掛かっていた。
「…よし…あった!」
ジャックは無色の透明な水晶のような石を左手に握りしめていた。右手には第二層で手に入れた紅い魔石だ。
「セオ、アンリエッタ!俺も戦う!援護してくれ!」
「ちょっと、ジャック!貴方では役不足ですわ!」
「そうですよ!格好つけるにも状況を選んで下さい!」
この時点で俺とアンリエッタは完全にジャックの能力を完全に侮っていた。確かにジャックは戦闘能力としては貧弱そのものだ。Dランクの魔物でどうにか互角レベル。現在相手にしている生ける鎧は推定でもA+ランク以上の相手。雲泥の差である。
「うるせえ!策って程上等なもんじゃねぇが、手はあるんだ!黙って援護しろ!」
ジャックが突っ込む構えを見せる。ジャックを単身突っ込ませる訳にはいかない。俺達はジャックより先に生ける鎧に躍りかかる。
生ける鎧の剣筋は見切れない程ではないがそれでも対処はギリギリだ。剣の切っ先でどうにか剣筋を逸し、攻撃を防ぐだけで精一杯、次の攻撃に移ろうとしても奴の方が先に反撃の体勢が出来上がっている為、迂闊に斬りかかっては逆に斬り捨てられてしまうだろう。
今回はアンリエッタが先に動いた。アンリエッタは槍から小さく突きを繰り返すが、生ける鎧は致命傷を避ける間合いでその突きを往なす。その横から俺が飛び込みながら生ける鎧に斬りかかった。
しかし、生ける鎧はアンリエッタの槍の間合いから直ぐに脱し、俺の剣を騎士剣で受け止める。
そこにジャックが遂に動き出した。動き出したジャックは生ける鎧の死角から脇の下をくぐり抜けるように通り抜ける。…何をしたのかは解らなかった。生ける鎧は脇の下を通り抜けるジャックを騎士剣で横薙ぎに斬りつけようとするが、ジャックの身のこなしは素早い。その体躯に見合わぬ体捌きで一気に生ける鎧の騎士剣の射程範囲から抜け出していた。
「セオ!アンリエッタ!離れろ!」
ジャックの声で俺とアンリエッタが生ける鎧から大きく距離を取る。ジャックは生ける鎧の中に紅い魔石が放り込んでいた。魔石は紅い輝きを放ち、その輝きは徐々に増幅されていった。
ジャックは盗賊だけあって、掏摸の技術も持っている。相手から物を掠め取るのは勿論、その逆も可能だ。
俺とアンリエッタは目を疑う。魔石の輝きが失われた瞬間、凄まじい爆発が生ける鎧の体内で炸裂したのだ。俺達はジャックを見遣るとジャックは二粒の紅い魔石を右手でヒョイと軽く投げ、再び右手の中に握り締める。その顔は「どうよ」と言わんばかりだった。
巻き起こった爆炎の中から生ける鎧が再び姿を現すが、その内側から発生した爆発で既に鎧は大きく損傷していた。破損した鎧の中心には青白い魔力球がぼんやりと輝きを放っている。これが核だろうか。
生ける鎧は爆発によって負った損傷の所為か、動きが鈍い。間違いなく先程の爆発が効いている。その弱った所に俺とアンリエッタが更に攻め立てる。
大きく踏み込んだ勢いから全力の横薙ぎを浴びせる。生ける鎧はこれを騎士剣で受け止めるが剣圧に押され、大きく体勢を崩した。そこに更にアンリエッタが大槍で連続した突きを繰り出す。今度は体勢を崩していた為に防御が間に合わない。アンリエッタの突きを受け、損傷した鎧から破片が溢れだす。核を隠していた鎧の胸元が大きく割れ、核となっているであろう青白い魔力球が顕になった。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
「やああああぁぁぁぁ!」
俺の剣とアンリエッタの槍が体勢を崩したままの生ける鎧の魔力球を貫く。特に手応えのような物は感じなかったが、剣と槍に貫かれた魔力球が霧散する。魔力球が霧散する間際、生ける鎧は敗北を悟ったか、騎士剣を納め、俺の前に差し出す様に突き出した。
魔力球が消滅し、鎧が音を立てて崩れ落ちる。そして地面に崩れ落ちた漆黒の鎧は跡形もなく砂のようになってしまう。そこに残ったのは生ける鎧の使っていた騎士剣とその鞘のみだった。
俺は生ける鎧が遺した騎士剣を手に取る。明らかに身の丈にはあってはいないが妙に手に馴染む感覚を覚えた。黒鉄の刀身に白銀の刃が輝く。決して重さは感じなかったが、ジャックに渡してみるとあまりの重さにジャックが騎士剣を取り落としてしまう。アンリエッタも自己強化の魔術で腕力を強化しているがそれでも持つことは敵わなかった。まるで剣が俺を選んだかのような、そんな感覚を感じた。
気が付くと部屋の出入りを阻んでいた鉄格子は開放され奥へと進めるようになっていた、それと同時に引き返すことも出来るようになっている。
奥の部屋へ進むと反対側も同じような入り口となっていた。どうやら彼女達も俺達と同じように部屋を隔離されているらしい。部屋の中から轟音や地響きが聞こえる。クリス達の無事を祈りながら、俺達はその部屋で待ち続けていた。
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(クリスティンサイド)
土巨人と対峙して四半刻程が経っただろうか。未だに私達は土巨人に対して決定的な攻撃を与えるには至っていなかった。
「何度斬りつけても再生されていたのではキリがないですね…」
「ホント。ここまで手応えがあって立ち上がられるってのも逆に新鮮ね」
私自身も様々な属性の魔術をこの魔物に放ったものの、特に有効な属性も見つけられず仕舞いだ。
「斬ってもダメ、殴ってもダメ、挙句に魔術もダメって一体どうすりゃいいってのよ!」
あらゆるダメージを受けても土巨人の粘土のような体は直ぐに元に戻る。驚異的な再生能力にマリオンさんが嘆いていた。
幸い、動き自体は鈍重なため此方も決定的なダメージは負ってはいないがこれでは埒が明かない。さらに相手は無尽蔵のスタミナを持っている。アリシアさんは攻撃を避け続けているがマリオンさんの方はと言うと時折、土巨人の攻撃を受け止めている事もある為、全くダメージが無いということは無いだろう。
その時、今まで保っていた均衡が遂に崩れ始める。
「オオォォリャアアアアアァァァ!」
「ハアアアァァァァァ!」
今までと同様にマリオンさんとアリシアさんが同時に攻撃を仕掛ける。先にアリシアさんが前に出て攻撃を誘導し、その隙にマリオンさんが土巨人の足を吹き飛ばす。
土巨人は体勢を崩しながらその右拳を振り抜くが体勢を崩した事によって拳の軌道が変わってしまった。
本来ならば簡単に避けてしまうアリシアさんが直撃ではないもののその豪腕から繰り出される一撃を躱し損ね、大きく吹き飛ばされる。
「…!!」
「嘘っ!?」
アリシアさんの被弾に気づいたマリオンさんが固まる。それを土巨人は見逃さなかった。マリオンさんの死角から左拳を繰り出していた。
「マズッ…!」
咄嗟にマリオンさんは盾で受け止めようとするが、そこには如何ともしがたい体格差があった。マリオンさんの体が盾ごと吹き飛ばされる。大きく吹き飛んだ体はそのまま部屋の壁に叩きつけられた。
「マリオンさん!アリシアさん!」
二人は倒れたまま動かない。直撃ではない為、恐らく死んではいないだろうが大きなダメージだ。
(考えろ…考えろ…!兄様ならどうする…?兄様だったらどう考える…?)
兄様は難敵と対峙した時、直ぐに敵の本質、つまり弱点に気付く。私が知らない様な事も沢山知っている。私は今までの戦闘の殆どは兄様の指示に従っていた。でも今兄様はいない。つまり自分で気づかなければならない。
土巨人が二人を吹き飛ばし、今度は私に狙いを定める。土巨人はその巨腕を回し猛っている。
土巨人は巨腕を振りかぶり圧し潰さんと拳を振り下ろす。
「くっ…!暴風!」
地面に暴風を放ちその反動で飛び上がり巨腕を寸でで回避する。土巨人の腕はそのまま床を直撃し大きな地響きを発生させた。
「氷結刃!」
雪の結晶の様な形状の刃を土巨人の腕に放つ。氷の刃は土巨人の手首から先を易々と斬り落とすが土巨人は痛みを訴える様子もない。斬り落とされた手首を拾い上げ、再び元通りに再生する。
「これじゃダメ…!どうすれば…!相手は粘土…だったら…!」
再生した土巨人が再び攻撃を仕掛けてくる。突き出された拳が迫る。
「爆風!…くゥッ!」
上位魔術の暴風では発動が間に合わない為、咄嗟に中級魔術の爆風で回避するが、それでも間に合わず土巨人の拳の小指に引っ掛けられ私の軽い体は吹き飛ばされてしまう。だが私の体は壁面にぶつかることはなく、マリオンさんに受け止められていた。
「大丈夫? よく保ったわね」
マリオンさんは壁に打ち付けられた際に負った傷だろうか、頭から血を流していた。どうやら私も殴られた拍子に左腕を折られていた。
「満身創痍、ですね。私も肋骨を数本、持って行かれましたかね」
アリシアさんも脇腹を抱えながら戻ってきた。どうにか全員生存している、だが満身創痍だ。
「――大いなる光よ 傷を負いし戦士達に 遍く癒やしを与え給え! 広域大治療!」
マリオンさんの広域治癒魔術だ。私のように無詠唱ではないが武装修道女というだけあり、光魔術は上位までを扱える。私達の傷はみるみる塞がっていった。
「…成功するかどうか解りませんが作戦があります。協力してください!」
「いいわ、乗ったげる。どのみちこのままじゃ埒が明かないしね」
「…仰せのままに」
作戦を二人に伝える。
「…で、勝算は?」
「悪くないかと。私達さえやられなければ、あとは本当に効くかどうかですね」
「アリシアさん、マリオンさん、よろしくお願いします!」
アリシアさんとマリオンさんが頷き、作戦が決行される。
今回はアリシアさんのみが前衛だ。そのすぐ後ろにマリオンさんが控える。早速アリシアさんが土巨人に斬りかかる。それに合わせてマリオンさんが追従するがマリオンさんは攻撃は仕掛けない。
アリシアさんの剣が土巨人の足から粘土のような肉を削ぎ落とす。するとマリオンさんが削ぎ落とした肉を私の前に放り投げる。
「紅炎!」
私は炎魔術で土巨人の肉を焼き上げる。本体を直接焼いても効果が殆ど無いのは既に実証済み。だが肉片ならばどうか。その効果は直ぐに現れる。上位の炎魔術で焼いた肉片はまるで陶器のように固まり乾いていた。土巨人の足の肉が蠢いて削がれた部分を補っていく。
「ちょっと!ホントに効いてるのコレ!」
「つべこべ言ってないで続けますよ!」
傍目には特にダメージは無いように思える為、マリオンさんが文句を言い出すが、アリシアさんがそれを制して作戦を続行する。次から次に削ぎ落とされ私の前に投げられた肉を同様に焼き上げる。
「…小さくなってる?」
「やはり、元の肉が削がれてそれが体に馴染まなければ再生はできず、別の部分から持ってきて補うしか無い、予想が当たりましたね」
「簡単に言いますけどクリスさん、魔素は足りますか?」
アリシアさんが心配するが上位魔術を必要最低限の魔力で放っている為、まだ暫くは問題ない。私の魔素総量は自慢じゃないが大魔術でも放たない限りはほぼ無尽蔵だ。
「私の魔素総量は規格外ですよ。もう少し大きめに斬っても大丈夫です!どんどんお願いします!」
その言葉を聞きアリシアさんの剣はさらに加速する。これまで以上に早く、さらに大きな肉塊を築き上げていく。それに応じてマリオンが此方に肉を投げるペースも次第に上がっていく。私の周囲には陶器の大皿のような固まりが積み上がっていった。
当初は私達の十五倍はあった体躯はみるみる小さくなり、今ではもう私達の三倍程度の大きさとなっていた。
「そろそろよさそうですね。マリオンさん、アリシアさんお願いします!」
「いい加減肉運びには飽きてきた所よ、存分に暴れさせてもらうわ!」
「そろそろ決着をつけましょう!」
私の合図でマリオンさんとアリシアさんが小さくなった土巨人に斬りかかる。小さくなっても動きはそのまま、鈍重なまま、巨腕も既に失われておりもう恐れるものはない。
アリシアさんとマリオンさんが土巨人の体を細かく斬り刻む。土巨人の体がブロック肉程度のサイズに細切れにされていった。
「あとは任せて下さい! 蒼炎!」
私は紅炎を最大威力で放つ。本来ならば紅い炎を放つが、威力を高めるとさらに高温の蒼い炎となるのだ。細切れにされた土巨人の肉片を蒼い炎が飲み込み、一瞬でその肉片が固まる。もう再生はしない。
「マリオンさん、最後の仕上げお願いします!魔力付与・岩槌」
マリオンさんの槌矛の先端に岩石が纏わり付き、彼女の槌矛が元々使っていた大鎚のような姿に変わり、彼女の大鎚が乾いた土塊となった土巨人の肉を次々と粉砕していく。
もうそこには巨大な土塊の大巨人の姿はなく、大鎚の衝撃波によって宙に舞う砂塵のみが舞っていた。
そして最後の一つを砕き割ると同時に部屋を隔離していた鉄格子が開き、奥の扉の錠が外れる音がした。
「厳しい戦い、でしたね…」
「でも、勝ちは勝ちよ!」
「私を信じて動いてくれた二人のお陰です、ありがとうございました」
再生能力を有した大巨人との戦いが幕を閉じた。私達は先に待っているであろう兄様の元へ向かうべく、部屋の奥の扉へと足を伸ばした。




