第四十四話:迷宮の双璧
第二層の屍人形の群れを退け、第三層に降りるとそこには広大な密林が広がっていた。さらに上を見上げると、あろうことか太陽の様な光が木漏れ日となって地面に降り注いでいる。
「幻視、って奴か。初めて見たぜ」
ジャックが茂みの葉を触りながら呟く。しかしよく見るとジャックの指は触れている筈の葉をすり抜けていた。
「本当ですわね、見た目は明らかな密林ですのに、ここには確かに石の壁がありますわ」
アンリエッタが虚空にノックをする。そして明らかな石を叩く音がコンコン、と響いており、アンリエッタの手にも確かな手ごたえがあった。
「でもちゃんと通路になってる部分には道があるのね」
マリオンの言う通り、通路になる部分には草や茂みは映っておらず、土が剥き出しになっている。とは言え、感触は明らかな石畳だが。
「ともあれ、明るいならば魔物の認識は難しくはないはずです。ただし罠の位置がわかりにくいかも知れませんのでジャックさん、お願い致します」
アリシアがそう言うとジャックは「おう」、と自信満々にま胸を叩く。
ジャックが「そろそろ行くか」と地面を這うように進み始める。地面が見た目と異なる為だろう。本来罠である石の床が見えていない可能性も十分考えられる。故にジャックは直に床に触れながら移動していた。
---
第三層の探索は順調だった。現れる魔物は二層にいた屍人形、毒大蛇、地獄蜂、そして毒変色竜。
中でも厄介だったのが毒変色竜だった。幻影の密林の背景に溶け込み毒の粘液を吐き出してくる戦術に最初は惑わされたが、この魔物の迷彩はあくまで体の表面だけであり、毒液を吐き出す時に開く口にはその迷彩は効果はなかった。
毒変色竜の迷彩の弱点を見破った俺達にとって、この階層に敵はいない。勢いに任せて俺達は第三層の踏破を一気に進める。
ーーおかしい。第三層に踏み込んで二日目、次の階層への階層が見当たらない。俺達は第三層の最奥、幻影の密林を抜けた場所にいた。目の前には広大な海が広がる切り立った崖、その幻影が映り出している。
「もう一通り足を踏み入れてる筈だ、見落としなんかいない筈だが…」
自身が作った地図を広げ、それを睨むジャック。地図上には不自然な場所は見当たらない。気がつけば全員がジャックを囲み、地面に座り込んでいた。
「別にそんな風に見えた道はなかったわね」
「私も心当たりはありませんわね」
「俺も特に気になった場所はありませんね」
「手がかりナシ、ですか…」
各々自ら気づいた事はないと確認し、全員が肩を落とす。完全に手詰まりだ。
そんな中、クリスが「一人で考えてみます」、と崖の先へと足を延ばす。
俺達は答えの出ない第三層の謎に頭を悩ませ続けていた。
その後全ての壁を調べながら第三層を練り歩くも、結局第四層の入り口は見当たらなかった。
「クソッ!どこにもありゃしねぇ!」
ジャックが忌々しそうに地面を蹴る。文字通り、出口の見えない問題に全員が頭を抱えていた。
クリスは変わらず崖の先に腰を下ろし、足を投げ出して考えていた。その隣に俺も腰を下ろす。
「何か思いつかないか?」
クリスに話しかけるがクリスは顔を顰めて首を横に振るのみだ。
「兄様も何か閃いたりは?」
「さすがの俺もお手上げだ。見た目と実際の壁が見分けもつかないしなぁ…」
俺はクリスの問いに答えながら何気なく小石を取り、幻影の海に小石を投げ込んだ。
『ーーコツーン』
その音は確かに響いていた。もう一度小石を投げ込むと再び海に向かって落ちた小石が何かに当たった音を響かせる。俺は剣を抜いて崖の周囲を調べた。
ある。間違いない。せり出した崖の脇、虚空に見える空間に確かに階段があった。
俺が虚空の階段を二段程降りるとそれまで目の前に広がっていた幻影が搔き消える。幻影が搔き消えた空間は元の薄暗い迷宮だった。再び階段を登るとまた目前に密林と海が広がった。
「クリス、クリスも降りてみてくれ!」
「は、はい、兄様」
クリスも虚空の階段を降りると目の前の光景の変化に驚いていた。
第四層への入口はここにあった。何刻もこの場所で悩み足止めされていたが漸く第三層の攻略が終わった。
ジャック達にこの事を報告すると、彼らはすぐに荷物を纏め、崖の先までやってくる。
「よく見つけたな、お前らお手柄だ!」
ジャックは左右の手で俺達の頭をワシワシと撫で回していた。
散々時間を食った第三層を離れ、第四層へと踏み出した。
第四層に降りると真っ直ぐ一直線に通路が伸びており、足元には水が張られていた。匂いを嗅ぐと潮の香りが漂う。海水か。
第二層の様に足元から魔物が出てくる様子もなく、海水に足を取られながらも通路の奥へと進む。
その先にはやはり扉があった、だが第二層の扉と異なり、今度は銀で鍍金された物々しい金属の巨大な扉だ。さらにその両脇に通路がある。
「この扉は…開きそうにねぇな。鍵がかかってるみてぇだが、鍵穴も見当たらねぇな」
ジャックの発言を聞いて俺達が見たのは両脇に伸びる通路だ。そちらの通路の先には分厚い鉄の格子が備えられていた。
クリス、マリオン、アリシアが銀の扉の周りを調査し、俺とアンリエッタ、ジャックが左の通路の先へと進む。水で足元がよく見えない。鉄格子の前まで来ると足元が沈むような感覚を覚える。どうやら何かを踏んだ様だ。
大きな音を立てて通路の入り口の床から鉄格子が閉まる。そしてさらに脇の部屋の入り口の鉄格子が開いた。
「クソッ閉じ込められたか! …どうやらこっちはこの鉄格子の先に行かなきゃなんねぇみてえだな…。マリオン、そっちはどうする?」
パーティーが分断され、鉄格子越しにマリオンに行動の確認をするジャック。
「じゃあ私たちは逆の部屋を調べるわ。お互い死なないようにね」
マリオンは縁起でもない事を言いながら逆サイドの通路へアリシアとクリスを連れて奥へと足を運ぶ。
---
(セオドア視点)
奥の部屋に踏み込むと同時に部屋の入り口の鉄格子が自動で閉まる。
閉じこめられた部屋の中央には騎士剣を前に突き刺した甲冑が鎮座していた。
「この甲冑は…?」
俺が鎧に近づくと空の鎧に青白い炎が内部を満たした。
「離れろ! そいつは生ける鎧だ!」
ジャックの声に反応し飛び退くと、沈黙を守っていた鎧が動き出した。動き出した鎧が目の前の騎士剣を抜くと声こそ出てはいないが、あたかも雄叫びでも上げているかの様な仕草をとる。そして手に持つ騎士剣をこちらに向け、再び静止した。
「動かない…?『抜け』と言っているのか…?」
その鎧の所作は戦場に身を置く騎士そのものだった。俺とアンリエッタは鎧に促されるままそれぞれの得物を構える。それを見届けた鎧は自身も剣を大上段に構える。
先に動き出したのはアンリエッタ、大楯を突き出して鎧の間合いへと踏み込み、精一杯引き絞った右腕の槍から渾身の突きが放たれる。
それに反応して鎧は振りかぶった騎士剣を振り下ろし、槍の切っ先を弾き落とす。そのまま鎧は手首を返す。その様子を見逃さなかった俺はアンリエッタと鎧の間に割って入るやいなや、鎧の騎士剣が振り上げられる。
割って入った俺は下向きに剣を振るい、斬り上げられる騎士剣の切っ先を逸らした。
鎧の反撃を往なした俺達は直ぐに間合いを取る。
間合いを切られた鎧は斬り上げた剣を収め、改めて大上段に構えを取り直す。
開戦から最初の一合目、俺とアンリエッタは共に確信した。
「強敵、ですわね」
「ああ、心して掛かろう」
構える両手の剣に力が入る。同時にアンリエッタの槍と盾にも力が入るのが分かった。
---
(クリス視点)
私達が部屋に入る同時に鉄格子が閉まる。しかし、正面には何もいない。あたりを見るとこの部屋の天井がかなり高い事に気付いた。それと同時に荒いだ呼吸音に気付く。後ろを振り向くとそこには巨大な右拳が既に振り下ろされようとしていた。
回避は間に合わない。だがその時、既にマリオンさんは背後の気配に気付き、拳の前に飛び出していた。
マリオンさんは振りかぶった槌矛で巨大な拳を叩き割った。
私達は直ぐに間合いを取り、その巨大な拳の主の姿を確認する。その姿は正に巨大そのもの、人間の十五倍はあろう大巨人だった。土塊の様な肌に下顎からはみ出した牙、そして筋骨隆々の肉体。その巨人は槌矛で叩き割られた右の拳を左手で痛々しい音を立てながら無理矢理元に戻す。
「土巨人相手じゃやっぱり打撃は効きが悪いわね」
マリオンさんはそう言いながら槌矛を背中に戻し、腰に下げていた手斧に持ち替える。
アリシアさんも既に剣を抜き両手に構えていた。
「クリスさん、援護をお願いします」
そう言ってアリシアさんが土巨人の足に斬りつける。斬りつけられた土巨人の脛が大きく抉られるが、痛みを感じていないのかその足でアリシアさんを蹴り飛ばした。
「アリシアさん!」
強力無比な力で軽々と宙に打ち上げられるアリシアさんの名を思わず叫んだ。吹き飛んだ黒尽くめの影から声が返ってきた。
「ご心配無く! 食らってはいませんよ!」
アリシアさんは両手の剣を交差させ攻撃を受け止めていた。さらに派手に飛んだ様に見えたのは衝撃を殺すため、自ら後ろに飛び退いた為だった。
アリシアさんが着地する。その顔を見ると口を歪ませ忌々しそうに歯を剥き出しにしていた。
土巨人を見ると先程大きく抉った筈の脛の傷が既に跡形も無くなってしまっていた。
「なんて再生力…これは骨が折れそうですね」
「ええ、簡単には倒れてくれそうにはないわね」
土巨人の再生力に嘆息する二人に土巨人が雄叫びをあげる。私は手に魔力を貯め始めた。
はい、一章あたり十一話、無理でした!
多分四章はあと二〜三話続きます…。




