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第四十三話:不死種

俺達は迷宮の第二層へと辿り着いた。傍目では階段を降りただけで第一層とは何ら変わらないが、目に見えない部分で俺達は明らかな違いを感じた。


「臭ッ!何なのこの階層!ひっどい臭い…!」

「吐きたくなるような臭さですわね…」

「兄様…気分が…」


凄まじい臭気だった。確かに第一層も常に腐った卵、否、硫黄の匂いが漂っていたがこの層の匂いは明らかに何かが完全に腐った様な匂いが充満していた。


「屍臭、だな。こりゃマリオンの出番だな」

「不死種…厄介ですね」


 そう言っている内に早速その臭いの主が姿を現す。通路の先からではない。それが姿を現した先は地面からだった。それも一体ではない、次から次に湧くように出現する。


 「屍人形(ゾンビ)っ…!早速の歓迎ですわね!」

 「チッ…もう出てきやがったか!…マリオン!この階層はお前の仕事場だァ!しっかりやれぇ!」

 

 屍人形の出現を既に読んでいたマリオンは準備を整えていた。


 「言われなくても…解ってるわよォォォォ!」


 マリオンの手には既に盾は握られていない。右手に握られていたのは槌矛(メイス)、そして左手には先程宝箱から入手した白銀の手斧、そして両手に握られた武器は白く強い光を湛えていた。

 マリオンが武器を振りかぶる。振り上げた手は左手、手斧を握る手、踏み込む足も左足。


 「ちょ…マリオンさん!? …そっちじゃ届かないっ!」


 マリオンの位置は俺やアンリエッタの位置より後ろ。振りかぶった手斧では届き得ない距離だ。


 「手斧にはこういう使い方もォォォ!あるのよォォォォ!」


 マリオンが左手の手斧を振り下ろす。その手にはあったはずの手斧は握られていない。

 俺達が手斧の行方を追うと手斧は屍人形の群れに向かって一直線に飛んでいた。


 「オオォオオォォオオオォォ…」


 超高速で回転しながら飛んでいく手斧、それは強力な鎌鼬となり屍人形の首を刈り取っていく。

 首を刈り取られる屍人形、首を飛ばされた矢先から次々と灰に帰していく。そしてマリオンの攻撃はそれだけでは終わっていない。手斧で薙ぎ倒した屍人形の目を縫う様にその小柄な体を這わせる。今度は右手の槌矛を大きく振りかぶって。


 「ガアァアアアアァァァァァ!」


 マリオンの飛び込んだ屍人形の中で爆発が起こる。飛び散る屍人形は宛ら花火の様だった。屍人形の中で暴風が吹き荒れる。そして投げつけた手斧がマリオンの手元に戻り暴風はさらに加速する。

 気がつけば俺達はマリオンの戦いに見惚れていた。しかしマリオンの両手の得物が生み出す風を以ってしても屍人形の群れが止まる気配はない。

 

 「…! …私たちも援護へ!」

 「はいっ!」


 俺とアンリエッタもマリオンに援護しようと足を踏み出す。――がそれをジャックとアリシアが止める。


 「お待ちなさい」

 「慌てんなお前ら。…クリス!」

 「はい! 魔力付与(エンチャント)聖剣(ホーリーセイバー)!」


 俺とアンリエッタ、そしてアリシアの武器もマリオンと同様に白光を帯び始める。


 「不死種に通常の打撃や斬撃は殆ど効果はねぇが光や炎の魔力付与を受けた攻撃なら話は別だ」


 ジャックが静かに呟くのを聞き届け、クリスも光属性の魔術をマリオンが暴れまわるそのさらに先へと放つ。


 「広域治療(ワイドヒール)!」


 クリスが放った魔術は上位の治癒魔術、その矛先は屍人形達の群れに向いていた。

 屍人形の群れの足元に治癒効果を持つ魔法陣が発生し、屍人形達の肉体が朽ち果てていく。

 不死種にとっての治癒魔術は防御能力や再生能力を無視して通る最大の攻撃手段だ。生命エネルギーが正から負の方向へと逆転し、第二の生となってしまった不死種にとって負に転じた生命エネルギーを回復させる事は二度目の死に近付く事に他ならない。

 クリスの治癒魔術の範囲に入っていた屍人形達の体からは肉が剥がれ落ち、次々と崩れ落ちながら灰燼と帰していく。

 

 「だいぶ減ったとは言え…キリがないわねっ!」

 

 屍人形の群れの中で大立ち回りを続けているマリオンだが、少しずつ顔色に疲労が見え、自らが巻き起こす暴風も心なしか勢いを欠きつつある。

 屍人形達は一体ずつの戦闘力は大したことはない。だが奴らは圧倒的な物量で力押しを仕掛けてきている。幾ら鉱山族(ドワーフ)の体力を以ってしても広い通路を埋める程の屍人形の群れをほぼ単独で押し返すのは至難の業だ。

 犇めき合う屍人形、押し合いながらマリオンに近づき、仲間に押し倒され這いずる屍人形がマリオンの元へ到達する。そしてその手はマリオンの足首を掴んだ。


 「…えっ!?」


 回転の勢いを突然止められ、重心を崩したマリオンは防御の態勢も取れず、無防備のまま屍人形の群れに突っ込んでいく。

 

 「嘘っ…!」


 突っ込むマリオンに屍人形達の無数の手が伸びる。屍人形達は歯を剥き出しに、今にもマリオンに齧りつこうと口を開けて待っていた。


 「マリオンだけにっ!」

 「いい格好ばかりさせませんわっ!」

 「私達だっていますよ!」


 再び屍人形の群れの中で屍人形が花火のように吹き飛ぶ。マリオンは無事だ。間一髪、俺達三人の援護が間に合った。


 「言ったでしょう? 絶対に見捨てたりしないって」

 「あなたはいつも無茶が過ぎますわ、ちょっとは自重してくださいまし」

 「一旦下がってクリスさんに治療してもらって下さい、足首、大変な事になってますよ?」


 マリオンは三人の援護によって命拾いしたが、屍人形に掴まれた足首は痛々しい赤紫色に変色していた。


 「フ…フンッ! 『武装修道女(バトルシスター)』を舐めないで頂戴! ―清らかなる光よ 其を蝕む不浄を除け! 解毒(アンチドゥーテ)!」


 マリオンは自らに解毒の魔術を施す。痛々しく変色した足首は元の褐色の肌の色に戻る。そのままマリオンは三人の戦列に加わった。

 四人の戦列は徐々に屍人形の群れを押し返し始めていた。

 

 「一気呵成に攻めましょう!」

 「押し込めェェェェ!」

 「何れにしろ、ここを突破しなければ踏破なんて出来ませんわ!」

 「吹き飛べェェェェ!」


 四人の構成は屍人形を薙ぎ倒し、蹴散らしていく。

 

 「討ち漏らしは私が処理を! 魔力誘導弾(エーテルミサイル)!」


 クリスの放つ魔力誘導弾が群れから分断された屍人形を貫く。突き進む前衛四人の後ろに屍人形の姿はない。後顧の憂いはクリスが断つ。四人は真っ直ぐに続く廊下を埋める屍人形を吹き飛ばしていく。


 「見えたっ!奥の部屋の扉だっ!」


 屍人形の群れの奥に扉を認め、灰を散らしながら四人は屍人形の群れを突き進む。

 最後の一体、俺は一足前に出る。体を引き絞り渾身の突きを屍人形の顔面を捉えた。

 眉間からはじけ飛ぶ屍人形の頭は白い炎に包まれ瞬時に灰燼となり周囲を舞った。それと同時に残った下顎から全身へと白炎に包まれ全身も灰燼と帰した。

 地下二階の階段を降りてから真っ直ぐに続く廊下を埋め尽くしていた死者の群れは白い灰だけを残し、一切の姿を消した。


 「…とんでもない数、でしたね」

 「ああ、間違いなく百じゃあ利かない数だった…」

 「正直…足掴まれた時は終わったと思ったわ…」

 「どうにか間に合ってよかったですわ…」

 「兄様、怪我はありませんか」

 「ああ、俺は大丈夫、皆は?」


 屍人形の群れとの戦いを終え安堵している中、全員の安否を確認するが、誰もが大丈夫だと首を縦に振った。

 目前には巨大な扉。直前の屍人形の大群との戦闘を考えるととてもじゃないがいい予感はしない。だが後退の二文字はまだ考えられない。全員の息が整い、不死種相手に相性の良いマリオンを先頭としてジャックが扉の取っ手に手をかける。


 「じゃあ…開けるぞ? 三、二、一、零!」


 ジャックが扉を勢い良く開けると同時にマリオンが勢い良く部屋に飛び込んだ。マリオンが武器を構えて周囲を見回す。魔物の気配はない。その部屋にあるのは第三層への入り口の階段、そして四つの宝箱。なぜか肩透かしを食らったような感覚だ。しかし、あれだけの戦闘の後の戦利品だ。喜びもひとしお、というヤツだ。


 まずはジャックの手によって全ての宝箱の確認が始まった。一つ目の宝箱には罠は無く、第一層の宝箱と同様の霊薬(ポーション)が三瓶、銀の短剣。二つ目の宝箱には毒針が仕込まれていたが、ジャックの手によって解除された。中身は食料と魔導銀(ミスリル)製の手甲。そして三つ目、此方にも罠はなかった。中身は霊薬が一つと赤く光る魔石が三粒入っていた。

 ジャックが最後の宝箱を調べているが、結局この四つ目の宝箱は「危険だから開けるな」と言い放置することになる。


 「罠、ですか?」


 最後の宝箱は他の三つと違い、金属製ではなく木製だった。だが外観以外は特に何の変哲もない宝箱だ。俺には危険の理由が解らなかった。


 「こいつは擬態生物(ミミック)だ。宝箱に仕掛けられてる罠よりも数倍タチが悪い。絶対開けるなよ?」

 

 絶対開けるなよ、なんて言われると開けたくなるのが人間というものだがジャックの顔は真剣そのものだ。それにこれは遊びではない。…どうやらそんなことを考えているのは俺だけだったようだが。


 宝箱の確認が終わって第三層へ行く前にこの宝箱の部屋でキャンプすることにした。攻撃こそマリオンが足首を掴まれただけではあるが、それでも百体どころではない数をいきなり相手にしたのだ、少なからず全員が若干の疲労感を感じていた為、万全の態勢で臨むべく休憩することにした。

 第三層…次はどんな魔物が待ち構えているのか…。


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