第四十二話:迷宮の謎
俺達は現在、迷宮の第一層の攻略を進めている。あの後、巨大蛞蝓以外の魔物にも遭遇していた。まず食人葛、こいつは動くことはなく、どちらかと言うと魔物と言うより性質は罠に近い。見た目は巨大なウツボカズラそのもの。近づいた獲物を蔓を伸ばして捕らえようとする。自ら移動することもない為、離れて魔術で処理すれば特に問題はない。厄介なのは唾吐き蟻だ、こいつは巨大蛞蝓と同じように酸を吐く魔物だが、此方は蛞蝓とは異なり動きがそれなりに速い。それに加えて集団で行動する為、各個撃破も難しい。さらにこの魔物の酸は毒性を持っているらしく、一度唾吐き蟻の群れにマリオンが飛び込んだ時に彼女は毒を受けた。マリオンは弱りながらも唾吐き蟻を蹴散らしたが、戦闘が終わると普段元気によく動き回るマリオンが蹲って動けなくなるほどだった。
毒を受け蹲っていたマリオンはクリスによって解毒が為され、事なきを得たが、一歩間違えば命を落としていた事態だ。本人はケロリとしていたがジャックとアンリエッタの二人にこってりと絞られていた。
第一層をしばらく歩き回っていたがその通路にはかつてこの迷宮に挑戦したであろう冒険者達の遺物が所々に遺されていた。とは言え、かなりの年月が経っている所為か、どれもとても使えるような物は無く、何れもが朽ちてしまっていた。
ジャックが先行した先々には拳大の石が所々に置かれていた。ジャックの話によるとこれは罠の位置を示す目印らしい。一度ジャックに「触ってみろ」と言われ床の出っ張りを触った所、石礫が飛んできて酷い目にあった。
まだ第一層ということもあるのか、この程度で済んだが、他にも槍や矢が飛び出してきたり、強力な魔物が徘徊しだしたりすることもあるらしい。
迷宮内を歩き回っていると時間の感覚が薄れてくる。頭に刻陽石をイメージし、時間を確認するともう既に陰の四刻を回っており、既に全員の顔に疲れの色が見え始めている。
それに気付き忙しなく壁や床を調べ回っていたジャックに声を掛け呼び止める。
「ジャックさん、そろそろ休みませんか?」
ジャックに提案すると彼は懐から刻陽石を取り出し時間を確認する。どうやら、迷宮の探索に夢中になっていたのか今の時刻に気付き驚いていた。
「おお、もうこんな時間だったか。よし、今日はここでキャンプだな」
その言葉で全員が荷物を置いて地面に腰掛ける。
荷物を下ろすなり、ジャックは羊皮紙を広げ、すぐにこれまでに探索した箇所の記入を始める。
「地図、ですか?」
「ああ、迷宮は一度の探索で攻略できるとは限らん、寧ろ何度も挑戦した上で踏破するってのが普通なんだ。だからこうやって地図を残していれば無駄な探索も減らせるし危険な箇所も把握できるってわけだ」
地図の書き込みを進めながらジャックが質問に答える。
他の面子は装備の手入れ等、各々次の行動開始に向けて準備を進めている。いつも通り、見張りを立てて順番にだ。
「恐らく…この層の七~八割の探索は済んだってところか。思ったより広いな…」
地図の書き込みを終えたのか、ジャックが筆を止めて呟く。
確かにこの迷宮は広かった。途中途中で戦闘により探索が中断された点を加味しても丸一日探索し続けてこの層の探索が終わっていない。ましてや次の層への階段も見つかっていない。この迷宮の深さがどれだけあるのかが分からない以上、この迷宮の踏破にどれだけかかるのか、全く見当が付かない。
「下手すりゃ長丁場になりかねん。状況次第で撤退も視野に入れといた方がいいかもな」
ジャックの言葉に俺とクリス以外が頷く。俺とクリスも同じAランク冒険者とは言え、迷宮は今回が初挑戦、その辺りの判断が付かない。パーティーリーダーとして最終的な判断は下すが、今回は道中の指針はジャックが主立って示していくと予め話し合っていた。
ーーー
いつも通り、交代で仮眠を取り休憩を終えると再び探索を開始する。昨日と同様にジャックが先行して偵察、俺達はその後を追いかける形だ。
暫くしてジャックが血相を変えて戻ってきた。
「とんでもない数の魔物が奥にいた!多すぎて奥まで見えねえ!」
ジャックからの報告を受け、問題の現場に行くとそこには報告通り、部屋を埋め尽くさんばかりに魔物が集まっていた。
「…これは流石に多すぎますわね」
「うーん、これは無傷ってわけにはいかないわね…」
「何かいい方法…ダメだ、なんも思いつかねぇ…」
魔物の大集団を前に名案がないかと思案を巡らせている俺達を余所に、一人が前に踏み出す。クリスだ。
「土壁!」
クリスが土壁で通路を完全に塞ぐ。臭いものには蓋という訳だろうか、クリスの意図が読めない。
クリスが自ら塞いだ壁を指差してアンリエッタに話しかける。
「アンリエッタさん、この壁のこの辺り…ここに槍で穴を開けて下さい」
指名を受けたアンリエッタはキョトンとした顔だ。
ただでさえ道を塞いだだけでも訳がわからないのに今度は穴を開けろと言う。アンリエッタはクリスの意図が読めずただただ困惑するのみだ。
「構いませんけれど…どうする気ですの?」
そう言いながらも指示通りに槍で壁を突き、土壁に女性の腕が入る程度の小さな穴が開けられる。
クリスはアンリエッタから開けられた穴の中を覗きアンリエッタに親指を立てる。その直後、クリスの手に赤く強い光が宿った。
「こうするつもりです!…火炎放射!」
クリスが土壁に空いた穴に手を突っ込むとその奥から炎が燃え盛る音が聞こえてくる。
その後、二度三度とクリスは念入りに火炎放射を繰り返す。壁の向こうにいる魔物は王虫種と植生種だ、炎属性には弱い。
クリスが土壁を引っ込めると熱気と共にタンパク質の焼け焦げた匂いが辺りに漂ってきた。そしてそこにはクリスの魔術によって消し炭にされた魔物だったものがあった。
「どうです、兄様?」
クリスは腰に手を当て、勝ち誇る様に胸を張っていた。俺とアンリエッタは直ぐにクリスの頭をワシワシと撫で回した。ジャックとマリオン、アリシアの三人はその場に立ち尽くしていた。
「…アレでまだ十二なのよね?」
「ああ、しかも大魔術まで使えるぞ」
「今でアレなら将来とんでもない魔術師になるわね…」
「英雄の血筋、でしょうかね」
俺達はそのまま炭クズの山を退け始める。アリシアもこちらに合流した。マリオンとジャックはそのまま話を続けていた。
「でもその割には兄はちょっと地味よね。その辺の剣士よりは強いのは分かるけどさ」
「まぁそうだな、つってもまだ成長期だろ、剣の腕はまだまだこっからだよ。寧ろあいつは頭の回転が早い、今回の銀装備の件もあるがよく本を読んでるクリス以上に知識量も多い。それで魔術も並みの魔術師以上、妹が魔術師特化ならあいつはなんでも卒なくこなすオールラウンダーだな」
「ふぅん…」
話が終わったのかマリオンとジャックも炭クズの処理に参加する。その中でジャックが炭クズの山から何かを発見したようだ。
それを炭クズの中から掘り起こし、覆っていた炭を払うと銀色の箱が姿を現した。
「こりゃあ宝箱、だな」
全員が銀の宝箱を注視する。この迷宮に入り最初の戦利品だ。アリシアだけは表情が読めないが全員がその中身に期待を寄せているといった表情を浮かべる。
「ジャック、早く開けなさいよ!」
「わぁってるよ!ちょっと待て!」
マリオンが宝箱を開けるのを急かすがジャックは用心深く箱を調べていた。床や壁にも罠はあるがこの宝箱も例外ではない。開けたら毒ガスが発生したり爆発したりと言った罠が仕掛けられている事があるのだ。
そして遂にガチャリ、と言う音を立て、箱の施錠が外される。箱の蓋を開けると直ぐにジャックが声をあげた。
「全員伏せろ!」
ジャックの大声に驚かされていると俺とクリスはアリシアに無理やり伏せられた。
その瞬間宝箱の蓋が大きな音と共に爆発した。多少爆発で飛んだ破片で頰に小さな傷を負ったが全員無事だ。中身も吹き飛んではいない。
宝箱の中には赤い液体の入った瓶が三本、それに若干の食料、そして美しい白銀の刃を持った手斧が一本だ。マリオンは手斧を奪う様に手に取る。まぁ斧をまともに扱えるのは彼女だけだ。皆納得しているのか、誰も彼女を咎めることはなかった。
俺が中の瓶を手に取った。瓶の蓋を開けてみると不思議な匂いが漂う。甘い果実のような匂いと腐った肉の匂いが混ざった様な匂いだ。数滴を床に垂らすと微かに液体が輝く。
ジャックが液体を手に持つレンズを通して見る。
「こいつは霊薬の一種だな。魔素が塊みたいに含まれてる。あと一度開けると数分で魔素が消えちまうから試しに飲んでみな」
俺はジャックに言われるまま、霊薬とされる液体を一気に飲み干す。匂いはアレだが味は果汁の様に甘美なものだった。
「兄様、先程の傷が…」
クリスが声を漏らすのを聞き、先程負った頰の傷をなぞる。その指には血は付いておらず、また傷口に痛みを感じる事も無く、傷口が完全に塞がっているのが分かった。
戦利品を回収し、霊薬は前衛と言う事を考慮し俺とアンリエッタで分け合う事となった。ここで俺の中で一つ疑問が生じる。
「でもこの迷宮って以前にも冒険者が入ってるはず…。なぜこんな大っぴらな宝箱の中身がそのままあるんだろう…」
浮かんだ疑問をつい口をついて呟いてしまう。するとアリシアがその疑問に答えた。
「一般的には…迷宮の宝箱は大半が迷宮が冒険者を食らう為に用意した餌、と言われています」
「…餌?」
アリシアの答えにさらにクリスが疑問を呈する。
「不思議な事に迷宮は踏破されたからと言って、その後回収された道具などが失われたままってワケじゃないわ。なぜか中身を持って行くと一年後ぐらいにはその中身も一新されてるみたいね」
「それに、宝箱だけじゃ無く、中の構造や罠の位置や種類も一新されているそうですわ。学者の方では迷宮は魔物という説まで出ているそうですわね」
「ああ、踏破された迷宮はその位置も変わる。しかも今迄あった迷宮が無くなって新しい迷宮が生まれることも少なくない。それが迷宮が魔物って言われる一番の理由だな」
迷宮のなんたるかについて話をしつつ奥へと進むと程なくして下層へと続く階段が見えた。漸く地下二階だ。
「こっからは未知の領域だ、気を引き締めて掛かろう」
ジャックが全員に呼びかける。全員が息を呑み、その呼びかけに頷いた。
ジャックを先頭に俺達は地下二階への階段を下って行った。




