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第四十一話:帰らずの迷宮

 エルダの街の武具店で酸蜥蜴の革を用いた服を受け取った翌日、俺達は遂に迷宮の探索の為にエルダの街を立った。マリオンは一日の間ずっとアンリエッタに盾の扱いについて厳しく指導を受けていたらしく、顔に幾つか絆創膏が貼られていた。その成果か、道中の魔物との戦闘でも遺憾なく発揮されていた。…主に攻撃に。

 マリオンの膂力から放たれる盾撃(シールドバッシュ)は強力無比と言うべきだろう。道中で出会った血熊(ブラッドベア)が小柄な体躯から放たれる盾による一撃であっさり伸される瞬間は壮観だった。


 「どうだ!」

 「何処に…何処に間違いがあったんですの…」 


 血熊を力尽くで叩きのめし、盾を掲げ勝ち誇るマリオンを他所にアンリエッタは頭を抱えていた。


 ---


 国境付近の漁村に到着したのはエルダの街を出て十五日程だったろうか。黄金街道に沿って真っ直ぐに帝国との国境に続く道をなぞる。道中に点在する小さな村を訪れる度に保存食を買い込んでいき、迷宮探索の食料には余裕がある。一日二食で十五日分程度は保つだろう。

 漁村を訪れる前に、一度地図で示されている迷宮の場所に向かったものの、地上に入り口は見当たらず、そこにあったのは海に面した切り立った崖があるのみだ。俺達は手掛かりを探すため、漁村に戻り村の住人に迷宮の情報を尋ねて回った。

 村の若い衆からは特に有力な情報は得られなかったが、村の長である老婆からその情報は得られた。


 「あの迷宮はやめておきなされ。二十年前にかなりの数の冒険者が挑んで行ったが殆どの冒険者達が戻ってきておらぬ。戻ってきた者ですらその口を開こうとはしなかった。悪いことは言わぬ。生き急ぎなさるな」


 確かに危険な迷宮なのだろう。だがそれだけで俺達が冒険を諦める理由にはならない。

 老婆は頑なに俺達が迷宮に挑むのを拒み続けたが、只管に迷宮の情報を得ようと食い下がった。


 「…ぬう、此処まで言っても諦めるつもりは無いと申すか…。…よいか、あの迷宮の入り口は地上にはない。アトラシア大陸の王国と帝国の国境が入江となっておるのはわかるな?入江の最奥、切り立った崖の下にその入口はある。徒歩で行ける位置ではないのだ。中には止めていた舟が流され、帰ることも出来ずに迷宮で倒れた者もおる。戻ってくる人間の少なさ故に『帰らずの迷宮』と呼ばれておったこともあるのよ」


 漸くこの老婆から迷宮の情報が得られる。成程、道理で迷宮の位置が地上から見つからない訳だ。だが老婆はこの迷宮に挑む事をどうしても良しとするつもりは無さそうだ。『帰らずの迷宮』の名が嘘か誠かはともかくとして、老婆は頻りに危険を強調ししている。


 「…そうじゃな、一つ覚えがあるとすればあの迷宮から帰ってきた娘が一人おったな…。その娘は酷くふさぎ込んでおった。体からは腐った卵の匂いが染み付いておったし、来ていた服は酷く傷んで灼けたかのような焦げ付いた跡が残っておった。詳しくは分からぬがよほど恐ろしい物に出会ったのじゃろうな…」


 思い出したくないかの様な表情で老婆は話す。俺達は老婆の話を静かにただ聞いている。しかし俺達が未だ迷宮へ挑戦する気を失っていないのを老婆が察したか、諦めたように嘆息し、暫く沈黙していた。

 沈黙した老婆がふと思い出したかの様に棚を探り出す。老婆が取り出した小瓶は埃に塗れ薄汚れていた。中には真っ白な粉が詰まっている。


 「かつて数少ない迷宮から戻った者達が残していった物よ。『この迷宮の最奥で役に立った粉だ、もしこの迷宮に挑む命知らずがいたら渡してくれ』と、そう言って儂に渡して行きおったよ。これが何の役に立つかは儂には分からぬがの」


 そう言って老婆はその小瓶を俺に寄越す。瓶を開けて中身の粉を調べてみたが、匂いを嗅ぐも特に匂いがする訳でもない。本当に何の変哲も無い白い粉だった。

 何に使えるのか全く見当が付かないが俺は荷物の中にその小瓶を入れておいた。

 老婆に礼を言い、その場を去る。次は舟の調達だ。幸いにもこの村は漁村、舟の調達に困ることはなく、少々の銀貨を握らせることで村の漁師は快く舟を貸し出してくれた。

 準備は万端、早速俺達は舟を漕ぎ出し、入り江にあるという迷宮の入り口へと向かう。


 迷宮の入り口となる洞窟までの道程はそれ程遠くなく、水面も静かとまでは言えないが、比較的穏やかな波で特に苦労することもなく迷宮の入り口となる洞窟へと辿り着いた。


 海から洞窟の中へは舟で入り込むことができた。まだ魔物の気配はなく、クリスが光球(ライトボール)の魔術を発動させ、それを光源として周囲を照らす。光で照らされた水面は青白く輝き、何とも幻想的な風景を映し出していた。

 洞窟内の水面から泡が立っており、それに近づくと情報通り、卵の腐ったような匂いがそこから漂っているのが解った。直に匂いを嗅ぐ事で想像が確信に変わる。間違いない。これは硫黄の匂いだ。


 洞窟に入って暫く進むと、人工物と思える様な石材で作られた波止場があった。そこには二隻の舟が泊っていたが、既に朽ちかけており、恐らく以前に入った冒険者が乗り入れ、そのまま帰ってくること無く放置されたものと考えられる。

 俺達もそこに舟を付け、波止場に降り、ジャックがロープでしっかりと舟を固定する。

 大きく口を開けた洞窟の入り口はやってきた冒険者を全て喰らわんと不気味な雰囲気を醸し出している。

 不穏な雰囲気を感じた俺達は全員が揃って唾を飲んだ。


 「じゃあ、突入する前に装備と持ち物の確認だ」


 ジャックの言葉で各々が荷物の入ったバックパックを開き、この迷宮の為に用意した装備を身につける。

 

 クリスとアンリエッタ以外は酸蜥蜴の革をローブ、ブーツ、グローブに加工して貰っていた。緑と深緑の斑模様はさながら迷彩服のようだ。マリオンはそれと別に、普段身に着けているスカートもその革で作成してもらっている。クリスの物はそれにフード付きのコートのようになっており、現在の装備の上から着ている。アンリエッタは鎧の下に着込むスーツにしており、さらにマントを別に装備していた。

 装備の確認が終わると次は持ち物の確認だ。全員が数日分の食料と幾つかの松明を持っている。特に先行して罠の有無を確かめるジャックは松明を多く持たされ、逆に光球の魔術が扱える俺とクリス、マリオンの三人は短い松明を二本ずつと少なめに持っている。

 所持品の確認中、アリシアが洞窟の入り口をぼんやりと見つめていた。過去にこの場所を見たことでもあるのだろうか。


 「アリシアさん?…どうかしましたか?」


 俺の声を聞いて我に返ったのか、驚いたような仕草で振り返り「いえ、なんでも無いです」とだけ答え、荷物の確認を再開する。

 全員が荷物の確認を済ませるとジャックが全員の顔を見る。


 「準備は済んだな?じゃあ…行くぞ!」


 ジャックの合図で全員が迷宮へ足を踏み入れる。いよいよ迷宮の探索が始まった。迷宮の通路はそう狭くはなく六人が並んで歩いてもやや余裕がある程度だ。天井もそれ程低くはない為、少々長物の武器を振るっても問題はない程の広さはある。

 中の空気は少し淀んでいる程度か。若干臭う硫黄が少し気になるがそれ程キツくはない。俺達は予め決めておいた隊列になって奥へと進む。先行したジャックは忙しなく動き回り罠の有無や魔物を警戒しながら奥へと進んでいった。


 暫くすると先行していたジャックが曲がり角の手前で手招きをしてくる。全員が曲がり角の手前まで来るとジャックが小声でその先の様子を告げた。


 「早速いたぜ、巨大蛞蝓(ジャイアントスラッグ)の群れだ」


 ジャックの報告を聞いた俺達は各々武器を抜き、曲がり角の先の様子を伺う。そこには二十匹はいるかと思われるような成人男性の腕と変わらないほどの大きな蛞蝓が徘徊していた。曲がり角に近づくまで、それまで薄かった硫黄臭がかなり強くなっているのを感じ、ほぼ全員がこの蛞蝓がその匂いの発生源だということが解る。アンリエッタと俺が先んじて曲がり角から躍り出ると、それに反応する様に巨大蛞蝓が触覚を伸ばした。

 蛞蝓達は反応はしたがまだ周囲の変化を伺うような仕草を取っている。触覚を伸ばしては辺りをゆっくりと見回す様な動作だ。後衛も俺達の後ろに着くように移動する。


 「先手必勝!」


 俺が右手に持った銀の剣を蛞蝓に振り下ろす。一刀のもとに蛞蝓の頭を叩き斬ると遂に此方に気づいたのかゆっくりと動き出す。一匹目の撃破を皮切りにジャックとクリス以外も前に飛び出していた。

 俺とアリシアが剣で斬りつけ、マリオンが槌矛(メイス)で叩き潰し、アンリエッタが槍で突き穿つ。次から次に仕留めていると最後に残った天井に張り付いた個体が頭を大きく膨らませていた。


 「下がって!何か仕掛けてきますわ!」


 アンリエッタが前に出ると巨大蛞蝓から粘性の液体が吐き出される。飛ばされた粘液をアンリエッタは自慢の大盾で受け止めるとそのまま天井の蛞蝓を目掛けて槍を突き出す。頭を貫かれた蛞蝓は力をなくしたかのように地面へと落ちていく。絶命した蛞蝓達は溶けるように消えており、最後に仕留めた個体も多分に漏れず、溶けるように消滅していった。

 俺はアンリエッタが粘液を吐きかけられた盾を確認する。アンリエッタの盾は微かに黒くくすんでいた。

 

 「やっぱり…間違いないみたいだ」


 俺が声を漏らすとジャックがその呟いた言葉を確認するように問いかける。


 「その様子だと読みが当たっていた、って所か?」

 「はい、その通りです。疑念がほぼ確信に変わりました」


 この魔物が吐き出した酸は硫酸だ。とは言え現在の装備ならば気にする事も無い。銀は鉄とは違い、ただの硫酸に反応しても黒くくすむだけ。勿論多少の劣化はするが、それでも取るに足らない劣化だ。気にする必要はない。

 

 「全部が全部、とは限りませんが、ここの魔物の酸は銀製装備なら受け止めてもやや黒くくすむ程度で済む筈です」


 実際に酸を受け止めたアンリエッタが自身の盾を見る、金属は全て酸で溶かされると思っていたが少し黒くくすんだだけで済んだ盾を見て不思議そうな顔で見ていた。


 「兄様、なんでそんな事を知っていたんですか?」


 クリスが素直な疑問を俺に投げかけるが俺は「前に本で読んだ」と誤魔化す。そもそも前世の知識、と言っても信じてはくれないだろう。…いや、クリスなら信じるか?

 何にせよここの魔物が硫酸を使ってくる事が解った。素肌に直接浴びせられない様に気を付けねば。

 

 蛞蝓達に直接攻撃を仕掛けた全員が武器に付着した粘液を拭き取り、俺達は更に迷宮の奥へと歩みを進めていく。

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