第三十五話:討伐作戦前夜
翌日の朝、俺達六人はエルダの街を立ち、カルマン村へと移動を始める。
此処に来る時はバーナード達のような素人の旅人を連れての移動だった為、四日程掛かってしまったが、今回は全員が上位の冒険者だ。素人からすれば駆け足程の速度で黄金街道を駆け抜けて行った。
移動の途中、遭遇する魔物を蹴散らしつつ、街道を駆け、丸々一日程余裕を持ちカルマン村を囲う森の外に到着した。今日はここで野営となる。
今回はマリオンも同行している。受注そのものは六人のパーティーとして依頼を受注している為、マリオンも同行していなければ受注そのものが成り立たない、というわけだ。
正直不本意だったが仕方あるまい。この女の鼻っ柱を圧し折りたいと思っているのは俺だけではないからだ。クリスもこの女の言動には不満を募らせている。しかしここは我慢だ、明後日の勝負までの辛抱だ。
「そうだ、勝負ってわけだし、負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くってのはどう?そんでアタシが勝ったらアンタら私の犬にでもなってもらおうかしら!勝負に負けて、本当に『負け犬』ってヤツね!」
俺達に言っているようだが、俺とクリスはマリオンの言葉に耳を貸さない。聞けばどうせ罵詈雑言が飛び出すだけだろう。勝手に妄想にでも耽けていてくれ。どうやら自分が負けた時の都合の悪い結果は頭の中には無いようだ。
他の三人はそれぞれが明日の朝に備えている。得物の手入れ、装備の確認などこれがベテラン冒険者の行動だ。
夜が開け、カルマン村に入る前に俺とクリスは変装を済ませる。俺もクリスもアリシアの姿を参考にしておりフード付きのローブと口元以外を隠す仮面で元の姿とは全く別人だ。ただし似たような格好が三人もいて別人では流石に苦しい為、アリシアと親子であるという設定で口裏を合わせている。
この話をした時、アリシアは少し困惑の様相を見せたが、「解りました」、と引き受けてくれた。パーティーに加わってくれたばかりなのに本当に申し訳ないと思う。
何はともあれ、ここからの俺とクリスは仮面の少年剣士テオドールと、仮面の魔導少女ヴァイゼだ。
森を抜けカルマン村に到着すると、門の前に数人の村人が出迎えに来ていた。
「おお、エルダから来てくれた冒険者達だな!頼りにしてるぞ!」
茶の短髪の大男が軽快な笑い声と共に俺達を迎え入れる。自警団の分隊長の一人、ジェイソンだ。
「確か全員Aランクの冒険者って話だったが…この坊主達もか?」
赤髪のリーゼントヘアーの軽そうな男、こちらも自警団の分隊長、ヴァリオだ。俺達の正体には気付いていないらしい。
「ええ、私の息子と娘です…。早いうちから冒険者として鍛えておりますので…」
アリシアがヴァリオにそう返し、俺達は声は発さずに身振りだけで相槌を打つ。
少し遅れて一人、軽装の鎧に身を包んだ男がやってきた。この男はかつて『流星』の二つ名で王都中に名を轟かせた男、そう、俺達の父、アルフレッドだ。
「エルダの街の冒険者達だな。この度は依頼を請けてくれた事、誠に感謝する。Aランク冒険者達のお手並み、拝見させてもらう」
「…『流星』のアルフレッド、まさか本当にお会い出来るとは思いませんでしたわ。私、アンリエッタ・グリーングラスと申します。『流星』の名前は幼少の頃からの憧れの存在でしたわ」
アンリエッタがアルフレッドに頭を下げる。彼女は今回は軽戦士の装いで細剣に小盾の装備だ。
「ああ、『剛壁』のアンリエッタか、君の話はこの村まで聞き及んでいるよ。『流星』、か…昔の話さ。今はただのカルマン村の自警団長だ。だが、その名前で呼ばれるのは久しぶりだ、光栄に思うよ」
アンリエッタの挨拶に少しはにかむ父、まぁ鼻の下を伸ばしているようには見えないか。俺達がいなくなった後もそれなりにしっかりしているようで少し安心した。
その後、お互いに自己紹介を終えて和気藹々とした空気になっていた。だがその空気を一人の幼?女が一瞬でぶち壊す。
「へえ、アンタが『流星』ね!もっと逞しそうな人を想像してたけど思ったより冴えない見た目ね!そんな『流星』が森の弱い魔物の討伐の為にわざわざ冒険者を呼ぶなんて。『流星』の名前通り、堕ちたものね!」
この場にいる全員が一瞬顔色を変えて振り向く。その視線は礼儀知らずな小娘に向けられていた。
「ハハ、これは手厳しい。本当は私自身が先頭に立って討伐に向かいたい所だが、立場というものがあってね生憎、村を離れるわけにはいかなくてな」
アルフレッドは大人の対応でマリオンの暴言を受け流す。
「フン、まあいいわ、明日は期待してて頂戴、そこの五人とは比べ物にならない数の魔物を倒してみせるわ!」
そう言ってマリオンは一人、村の奥へと歩き出す。すかさずジャックがフォローに入った。
「すまねぇ、急場で組んだヤツでちょっと協調性に難があるヤツでな…。そうだ、『流星』さんよ、明日の作戦について色々聞いておきてぇ事があるんだ、一緒に来てくれねぇか?」
ジャックは俺たちに目配せをする。
「ああ、いいとも。君がパーティーのリーダーかい?そうだな、周辺状況など、伝えておくべき事が幾つかあるし、私の屋敷で話をしようじゃないか。」
そう言ってアルフレッドとジャックは俺の実家、アルフレッドの屋敷へと向かう。
「じゃあ残りは自警団の詰所に案内するか。全員付いてきてくれ!」
俺とクリス、アンリエッタ、そしてアリシアの四人はジェイソンの案内で自警団の詰所へと連れられた。
---
「あら、いらっしゃい、冒険者の方達ね?今回は宜しくお願いね。」
詰所で迎えてくれたのはミシェイルだ。彼女も自警団の装備で、背中に矢筒と弓を、腰には短剣を携えている。彼女は優しい笑みで俺たちを迎え入れた。
詰所には他にも見覚えのある顔が並んでいる。本当は話しかけたい所だが、声を出せば俺とクリスは気づかれてしまうだろう。駆られる気持ちをぐっと押さえ込んで、俺達は無言を貫いていた。
詰所での会話はアンリエッタとアリシアで対応し、俺とクリスは同席はするものの、相槌だけで済ませる。
「済みませんね、私の子供達はどうも人見知りなもので…」
ずっと無言でいる俺たちのフォローをアリシアがしてくれている。彼女には街に戻ったら感謝せねば。
暫くするとジャックがアルフレッドの屋敷から戻ってきた。そして戻ってくるなり、明日の作戦会議に移行する。
テーブルを囲んでいるのは隊長格のジェイソンとヴァリオ、そしてケビン、それにマリオンを除いた俺達五人だ。
「今までは俺たちでやって来てたもんでな、半数程は村の門を守り、残りは森に入って魔物の討伐って形だったんだよな」
「だが三年前はちょっと訳あって、自警団の主戦力になってた人間が二人村を去っちまったし、今年も数人自警団にいた人間が旅に出ちまったもんで、今回俺たち自警団は全員村の防衛に回る。森の中での討伐はアンタ達冒険者の仕事ってワケだ。頼りにしてるぜ?」
「今年の俺達の仕事は三つある村の門の防衛と村の中の巡回さ、今年こそは、と思ってたんだが」
ジェイソン、ヴァリオ、ケビンの順に言葉を発する。次に口を開いたのはジャックだ。
「さっき自警団長に確認したんだが、周辺に出てくる魔物はほぼ依頼書通り、それ以外は弾頭猪や血熊、鱗蜥蜴、それと一度だけらしいが巨躯蜥蜴が現れているらしい。どれもBランク以上の魔物だ」
「巨躯蜥蜴だけは強敵ですわね。それ以外はジャック以外は全員単独で撃破できそうですわね」
「ああ、だから俺は小鬼や森林狼の討伐をメインに大物が出た時の伝令に務める」
アンリエッタが続き、ジャックもそれに答える。
「ジャックさんもA-の冒険者って聞いてたんだが、アンタはそこまで戦えないのか?」
ヴァリオがジャックに尋ねるが、アリシアがその質問に答える。
「彼は主に後方支援と調整役で、冒険者のパーティーというのはそういう役割を持った人間が必ずいます。彼のような役割の人間が居なければ困る状況というのは多々あるんですよ」
アリシアの回答を聞いてヴァリオは「悪かった」とジャックに謝罪する。ジャックも「いいんだ、よく言われる」と笑って流していた。
一通りの情報を整理し終え、談笑していると、詰所に子供を連れた女性、そして先程ジャックと個別に話していたアルフレッドがやってくる。子連れの女性は俺の母セリーヌと弟のシグルドだ。
「ほらシグ、冒険者の方たちよ、挨拶なさい」
「冒険者の皆さん初めまして!自警団長のアルフレッドの息子のシグルドです!明日の作戦、頑張ってください!」
シグルドの元気よく、礼儀正しい挨拶に全員の顔が緩む。俺達が村から出て一年も絶たぬ間にシグルドは見た目こそ幼いがかなり賢くなったようだ。俺達に甘えていた頃とは雰囲気がまるで違う。
「先ほど私の屋敷に来たジャックは知っているが、私の妻セリーヌと息子のシグルドだ、宜しく頼む」
アルフレッドが自分の家族を俺達に紹介する。さらにアルフレッドが続ける。
「エルダの街と言えば、確か私の息子と娘が魔術学校へ入学する為に旅をしていて、今エルダの街で冒険者として活躍していると聞いているが君たちは知っているかね?」
俺とクリスは一瞬反応しそうになるが静かに聞いている。アルフレッドの質問にアンリエッタとジャックが答えた。
「ええ、セオドアくんとクリスティンちゃんですわね。あの子達現在Aランクの冒険者として活躍していますわ。今回の依頼にも誘ったのですが、生憎、別の依頼を請けていたようで」
「前に一緒にアトラシア山脈にも行ったんだが歪魔獣討伐の依頼もあいつらのお陰でなんとかなったんだよな」
二人がそう答えると、アルフレッドとセリーヌは嬉しそうに笑い出す。
「そうか、私達の子供はどうやら健勝そうだな。これからも宜しく頼む」
「まだ二人とも若いので無茶をすると思いますけど、息子と娘を宜しくお願いしますね」
そう言ってアルフレッドとセリーヌは俺達に頭を下げた。
「お兄様とお姉様も来ればよかったのに…」
シグルドがぽつりと呟く。一応目の前にいるが姿を表すわけにはいかない。ごめんな、シグ。
その後も引き続き談笑を続け、今夜は明日に備えて早めに寝床につく。
全員が眠りに就いた頃にマリオンが戻ってくるが、どうも寝床に不満があるらしく、結局一刻程、一人で喚き散らしていた。




