第三十四話:大鎚の鉱山族
ジャックが連れてきた黒尽くめの女冒険者は名をアリシアと名乗った。
黒いフード付きローブに身を包み、鈍色の鉄製の仮面で口元以外を隠しており表情は見えない。肌は白く透き通っている。
「十五年程のブランクはあるらしいが元A+の冒険者らしい、徽章も見たが間違いない」
「なるほど…ではその間は一切武器を持ったことが無い、ということですか?」
十五年のブランクは勘を鈍らせるには十分だ。徽章を見れば冒険者のランクは解るが、どれほどの実力を持つのかは解らない。十五年もの間、全く剣を持たなかったというのならかなり厳しい所だ。
「いえ、その間は冒険者としてではなく用心棒として働いていましたので剣を持っていなかったと言うことはありません、…何なら試してみますか?」
アリシアはローブを開き、その下をさらけ出す。漆黒の大きく胸元が開いており大きなスリットの入ったロングワンピースを来ており、腰に挿してある二本のそれぞれ意匠の異なる直剣とローブの裏に隠してある十本以上もある短剣をチラつかせ口元を傾かせる。挿してある刀剣は全て使い込まれた物だった。それだけでも冒険者としては十五年のブランクを持っていたとしても、剣士としてのブランクは少ないと感じさせられた。
「いえ、失礼しました。僕も剣士ですのでその剣を見れば熟練の剣士であるとお見受けします。試すような事を言ってすみません」
アリシアは開いていたローブを戻し、元の黒尽くめに戻る。
「納得頂けたようで幸いです。私もご一緒しても良いでしょうか?」
「ええ、歓迎致します。これから宜しくお願い致します」
素性はよくわからないが少なくとも嘘も敵意もあるようには見えない。ただし一つ気になることがある。
「一点だけ、答えたくなければ構いませんが…その仮面は?」
「…かつて冒険で顔に大きな傷を負いまして、それを隠す為に、他にはありますか?」
アリシアがそう答えるが、この一点だけがどうしても本当の事を言っているようには聞こえなかったが女性にそれを聞くのも失礼に当たるだろうし、些細な事だ。俺は敢えてそれ以上は問い質すことはなかった。
「じゃあ、後一人、後衛に回れる人間が欲しいトコだな」
「ああ、クリスの様な後衛の攻撃役でもいいけれど、やっぱり傷の治療を専門にしている人が欲しいところだ」
ジャックと残る人員の確認をしていると、アンリエッタが外を見ている事に気付いた。どうやら大通りを見ている様だ。
「…ジャック、どうやらあの娘、最近見なかったけれどこの街に戻ってきたみたいですわ」
どうやらアンリエッタとジャックは既知の人間のようだ。それを聞いてジャックが頭を抱える。
「マジか…確かに今の状況考えりゃうってつけなんだが…」
ジャックが悩むが、それを待たずクリスが口を開く。
「ええと…ジャックさんその人を勧誘しては…?」
「ああ…確かにうってつけなのは解ってるんだがよ…」
「問題があるんですわ」
ジャックとアンリエッタの返答に、俺とクリスが揃って質問を重ねる。
「「問題…とは?」」
「性格というかなんというか…基本あの娘は他人とつるむのを好まないんですわ…恐らく仲間に引き入れても言うことを聞くかどうか…」
アンリエッタが眉間に皺を寄せてその娘の抱える問題について説明する。確かにパーティーを組む以上、指示や方針に従わないのは困る。特に今回挑むのは迷宮だ。一つのミスが命につながる。
「話だけでも聞いてみては如何ですか?迷宮に挑んだことのある人間ならばその程度の分別はあるかと」
静かに話を聞いていたアリシアが口を開く。ジャックとアンリエッタは「仕方ない」とばかりに渋々アリシアの案を受け入れ、俺達はギルドへと移動する。
ギルドに行くと相変わらずいつもの飲んだくれ達が戻ってきていた。ただし一人だけ見慣れない少女が傍らに大きな槌を立てかけ葡萄酒を飲んでいる。金色のツインテール、肌は健康そうな褐色で、肩を出した白いベストと短いスカートを履いている。その双眸は俺を見るなり、険悪な物と変わった。
「よ…よう、マリオン。久しぶりじゃねえか。どこ行ってたんだ?」
「アンタには関係ないわね。あらアンリエッタと、それに新米の冒険者の兄妹まで…アンタらパーティーでも組んでんの?」
マリオンと呼ばれるその少女は不機嫌そうにジャックと会話をする。見るからに我の強そうな少女だ。見た目だけでいえば十歳ぐらい、俺達より年下に見える。
「セオ、クリス、こいつはマリオン。こいつもこの街じゃ数少ないA級の鉱山種の冒険者だ」
「初めまして、マリオンさん、僕はセオドア、Aランクの冒険者で剣士です」
「私はクリスティン、同じくAランクの冒険者で魔術師です、宜しくお願い致します」
俺達がマリオンと呼ばれる少女にそれぞれ自己紹介をすると彼女が急に怒り出す。
「ハァ!?こんなガキ達がAランク?ふざけんじゃないわよ!アタシがどんだけ苦労してAランクまで上がったと思ってんのよ!」
マリオンが甲高い声で一通り喚き散らすと彼女はギルドマスターの所へ肩を怒らせて足音を大にして向かう。そもそも彼女の方が子供のような容姿である以上、ガキ呼ばわりされるのは心外だ。
「ちょっと、カリサ!今のギルドの評価どうなってんのよ!あんな子供二人がAランクなんて納得出来ないわ!」
ギルドマスターの名前はカリサと言うらしい。皆知らず知らずと「マスター」と呼ぶため俺も聞かずにいた。それはさておき、確かにパーティーに迎え入れるには問題があると言う意味が解った気がする。
「あらぁ、前に見た目で判断するなって言ってたのはどこの誰だったかしらぁ?一応言っておくけれどあの子達、S-ランクの魔物も撃破してるし、何より今の所Aランク帯の依頼達成率もほぼ100%に近い数字なのよねぇ。そろそろ二人ともA+も考えて然るべきかしらぁ…で、それに引き換え、一人に拘るあまりにBランクの依頼ですら偶に失敗報告があるマリオンちゃんがこれでもまだ文句はあるかしらぁ?」
「ぐぬぬぬぬ…!」
カリサがつらつらと俺達の実績を告げるとマリオンは歯軋りを伴って体を震わせる。そしてカリサはマリオンにトドメとなる一言を放つ。
「ギルドとしては能力が高いだけの人より請けた依頼を確実にこなしてくれる人のほうが大事って何度も言ってるのよねぇ…」
カリサの言葉にギルド内に入り浸る飲んだくれ達ですら「うんうん」、と頷く。周囲を振り返るマリオンはその様子を目にして激昂する。
「ああーーー!いいわ!もうあったま来た!」
カリサが再び自分の座っていた座席まで戻り、立てかけてあった大槌を片手で軽々と持ち、先端を俺とクリスに向ける。
「アンタ達がどれだけの優等生かは知らないけど、新米如きに舐められるのは鼻持ちならないわ!この『武装修道女』、マリオン・カッパーフィールドと、勝負なさい!」
突然突き付けられた宣戦布告に俺とクリスが目を丸くしているとジャックが俺に耳打ちする。
「一応、あれで三十四だ…」
それを聞き、俺は突然の宣戦布告以上に驚く。
「ジャァァック!今何か変な事吹き込んだでしょう!」
「な、何でもねぇよ!」
ジャックは確かに知りたくなかった事実を俺に吹き込んだ。この幼?女、鋭い。
「しかし、勝負と言っても一体何で?」
またアンリエッタの時の様に練兵場で決闘でもすればいいのだろうか。
アンリエッタの場合は全身を鎧に包んでいた為、ほぼ全力で掛かっても問題はなかっただろうがマリオンはそうはいかない。
いくら三十路を過ぎているとは言え、相手の容姿はどう見ても幼女だ。いくら大鎚を片手で軽く持ち上げると言っても見た目は華奢な子供、それに全力で刃を向けるのは絵面的にもヤバいだろう。
「決闘じゃないならこんなのはどうかしらぁ?」
カリサが依頼書を取り、此方に見せる様にひらひらと翻している。
俺とクリス、マリオンの三人はカリサの持つ依頼書に食いつく様に目を走らせた。
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討伐依頼
*依頼内容*
カルマン村周辺の森にて小鬼等の魔物が大繁殖している。例年は村の自警団で対応していたが今年は自警団の主力となる人間が村を去った為、人手が足りない状況となってしまった。
また、過去にA-ランクの魔物の出現も確認している為、ある程度の実力を持った冒険者の受注を願う。
討伐作戦は五日後を予定しており、陽の三刻から十一刻までの八刻間実施する。
*報酬*
討伐した魔物に応じた報酬を支払う事とする。
小鬼…銅貨一枚
豚鬼…銅貨二枚
森林狼…銅貨一枚
野闘牛…銅貨三枚
上記以外の魔物の場合、魔物の危険度に応じた報酬を別途与えるものとする。
*依頼主*
ワイナール領々主 モーリス・ノール・ワイナール
同自警団長 アルフレッド・ホワイトロック
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カリサの提示した依頼書を読んだマリオンは奪う様に取り上げ、俺達に見せつける
「あら、御誂え向きじゃない。アンタ達これで勝負しようじゃない!勝敗は簡単、討伐作戦が終わって清算した報酬の金額で勝負よ!」
マリオンが見せつける書類の依頼で勝負する点は異論は無いが俺とクリスは依頼書の依頼主の項目を見て渋い顔をする。
「あら、どうしたの?不満そうな顔してるけど、何?自信がないのかしら?アッハッハッハ!」
マリオンが露骨に煽ってくる。煽りに乗るつもりはないがこういう手合は正面から叩きのめしたくなる。
沸き立つ激情を抑えて、カリサに尋ねる。
「…マスター、受注の際に変装と偽名を使うのは大丈夫ですか?」
一応勘当の様な体で村を出ている以上、ギルドの依頼とは言え、素直に村に戻るのはバツが悪い。だが、それを理由に勝負を断るのも逃げる様で寝覚めが悪い。
「そうねぇ貴方達は…、まぁギルドとしては構わないけれど、依頼者がどう言うかまではわからないわぁ」
それだけ聞ければ十分だ。この五月蝿い合法ロリに灸を据えてやろう。
「じゃあ済みません、『テオドール』の名前で受注させてください、クリスは…どうする?」
「…兄様に任せます」
「そうだなぁ…じゃあ『ヴァイゼ』で」
俺は元のセオドアの別の読み、クリスは賢者を意味する言葉だ。
「じゃあ、受注するのは…テオドールとヴァイゼ、マリオン、と…あとの三人はどうするのかしらぁ?」
「折角だから俺達も行くか。小鬼、豚鬼ぐらいなら俺も全く戦えないわけじゃねぇしな、たまにゃあいいだろ」
「なら私も行きますわ。たまにはこういうのも悪くないですわね」
「ブランクを埋めるには丁度良さそうですね」
ジャック、アンリエッタ、アリシアも参加するようだ。正直この程度の依頼にAクラス冒険者が六人だ。一人は直接の戦闘能力はほぼないが過剰戦力と言えるだろう。カルマン周囲の生態系が崩れないかがやや不安だ。
「尻尾巻いて逃げるんじゃないわよ!新米!」
最後までマリオンは俺達を煽っていたが正直耳を貸すのも面倒なくらいだ。
俺とクリスは帰りに仮面と新しいローブを新調し、アンリエッタの屋敷へと戻った。




