第二十六話:護衛任務
俺は敗北を認めたアンリエッタの手を離し開放する。
練兵場の端で戦いを見届けていたクリスとジャックが此方に駆け寄ってきた。
「兄様、流石です」
「いや、クリスが叫ぶまで気付いてなかった…。助かったよ。」
クリスの助言が無ければ最後の詰めもできなかっただろう。あの魔導具の短剣で動きを止めた所を攻めたにしても確実に勝てたかは解らない。クリスは「流石」と言うがそれこそクリスのお陰だ。
「まさか『剛壁』に勝っちまうなんてなァ!驚い…ヘブァッ!」
アンリエッタが大盾でジャックの顔面を打ち抜く。ジャックが鼻血を吹き出して卒倒した。
先程までうつ伏せのままだったアンリエッタは兜を取り、いつの間に起き上がっていた。
「だーれが…『剛壁』じゃあ…?儂のどーこが『剛壁』なんじゃあ…?のう、『裏道』ィ…?」
アンリエッタの声が変わる。鬼神でも宿ったかのような気迫だ。髪の毛が闘気で逆立ちそうな程に。このままでは、ジャックが殺されかねない。
「ちょ、ちょっと待って下さい。アンリエッタさん、『剛壁』の二つ名の意味、多分勘違いしてませんか?」
アンリエッタが「え?」とでも言わんばかりの顔に変わる。恐らく何もかも勘違いしているようだ。
「『剛壁』の二つ名ですけど、多分アンリエッタさんの防御技術の事を言ってるんだと思います…」
アンリエッタの眼だけが見開いた。そして次に人差し指を自分の顔に向ける。俺とクリス、そしてジャックも静かに頷く。
「あ…あはははは、そ、そうでしたのね…私ったらつい、勘違いを…ごめんなさいね、『裏道』」
アンリエッタは笑って誤魔化し、ジャックにウインクを投げる。
ジャック、殴られ損である。可哀想な男よ。
「まぁ確かに胸はねぇけどよ。それ以外は上だ…グホァッ!」
ジャックの顔面に大盾が再び直撃する。寸分狂わず先程殴った場所を的確に捉えていた。
前言撤回。ジャックはやっぱり殴られるべきだ。
そうしている内にアンリエッタが俺の前に跪いた。頭を下げ、右手は胸の前だ。この世界の騎士の最敬礼の姿勢を取っていた。
「セオドア様、約束を果たしましょう。私は貴方様に破れました。この『剛壁』のアンリエッタの命、貴方様に預けます」
洗練された騎士の所作でアンリエッタが告げる。だがこの形は俺にとって不本意なものだ。冒険者とは主従関係ではない。
「顔を上げて下さい。私は下僕や奴隷にしたくてアンリエッタさんと戦ったつもりはありません。仲間として迎える為です。ですのでその最敬礼は困ります」
「ですが」とアンリエッタは食い下がろうとするが俺はそれをあっさりと断る。
「仲間に最敬礼をする騎士がいますか?」
俺が真顔でそう言うとアンリエッタが笑った。
「フフッ…参りましたわ。これは私、勝てそうにありませんわ…フフフフ…」
俺達はこの日、『裏道』のジャックと『剛壁』のアンリエッタの二人をパーティーメンバーに迎え入れた。
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翌日、新たにパーティーに迎えた二人を連れ、四人で冒険者ギルドに向かう。
「あらまぁ、珍しい取り合わせねぇ~、アンリエッタちゃんなんて一年ぐらいご無沙汰かしらぁ~」
今日のアンリエッタは銀色の甲冑は身につけていない。本人曰く、街中ではさすがに動きにくい、とのことだ。
「ええ、ご無沙汰しておりますマスター、私、セオドア様達とともに戦うことにしましたの。またお世話になりますわね」
「いいのよぉ。アンリエッタちゃんも戻ってくるとなると私も心強いわぁ。ランクAの仕事をやってくれる人があんまりいないから溜まってたのよねぇ」
相変わらずギルドマスターの話し方は色っぽい。仕草一つ一つに艶やかさがある。
アンリエッタがマスターに挨拶を済ませると俺は早速仕事を探す。
俺はランクA-の依頼が張り出された掲示板を見るがギルドマスターの言葉通り、かなりの依頼量だ。
俺はその中から一枚の依頼書を手に取る。
「護衛の依頼か…」
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討伐依頼
*魔物生態調査の護衛
*依頼内容*
エルダの街より四日ほど南に進んだ先にあるアトラシア山脈にこの大陸には滅多に現れない大型の魔物、歪魔獣が出現したと聞きました。私は魔物の生態を調査している研究者ですが、本を読むばかりでは本来のその魔物の生態を知ることはできません。実際にその魔物の生態を観察してみたいのですが、私一人では危険ですので冒険者の方に護衛を宜しくお願いします。
*報酬*
金貨三枚
*依頼主*
魔物学者 ギーシュ・ウィルキンス
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「歪魔獣…確かにこのあたりでは滅多に見ませんわね。確かランクはAでしたかしら、『裏道』?」
「ああ、個体差はあるがA-~A+が相場ってトコだな、本来なら大魔大陸、それも白蛇山脈の魔物だ、だが偶に大陸渡ってこっちに来ることがあるって話だ」
「大魔大陸の魔物…あちらの魔物の実力を知るには丁度いいかもしれませんね」
「ああ、でもクリス、この依頼はあくまで護衛だ。必ずしも戦うとは限らないからな?」
とはいえ、アトラシア山脈の魔物はやや強力な物が多い。今までは二人で依頼をこなしていた為避けていたが、今は違う。アンリエッタを擁した今ならアトラシア山脈の魔物とも戦えるだろう。
「じゃあこの依頼を請けるのねぇ。依頼人と連絡を取っておくわぁ。ええと…木の葉亭の食堂で落ち合うって事でいいかしら?」
「はい、もうすぐに行っても大丈夫ですか?」
「そうねぇ依頼人も木の葉亭に宿を取っているらしいから直ぐに来ると思うわぁ。」
そう話しながら依頼書をマスターに渡す。マスターは直ぐに受注のサインを記入し依頼書をこちらに返した。
ギルドマスターに依頼人への連絡を頼み、木の葉亭の食堂へと向かう。
程なくして痩せぎすの男が食堂にやってきた。
「ああ、あなた方が私の依頼を請けてくれる冒険者さん達ですか。私は魔物学者をやっております、ギーシュ・ウィルキンスと申します。宜しくお願いします。」
男はにこにこと笑顔を絶やさず丁寧に挨拶をする。
「僕はセオドアです、このパーティーリーダーです。宜しくお願いします。」
お互い挨拶を交わし、パーティーメンバーの三人の紹介を済ませる。
「お若いとは聞いていましたがまさか此処までお若いとは思いませんでしたよ。その年齢でAランクの冒険者とは…いやぁまだ信じられません」
「いえ、あまり持ち上げないで下さいよ?」
「ギーシュさん、セオドア様の実力は私が保証致しますわ」
「『剛壁』の二つ名をお持ちのアンリエッタ様がそう仰られるのならば信じる他ないでしょう。護衛の方、宜しくお願い致します。」
アンリエッタのこの街での冒険者生活は長い。この街でギルドと関わりを持つ者なら知らない者はいない程の有名人だ。逆に俺達はA-ランクとは言え冒険者としては駆け出しだ。相手を信頼させるのにアンリエッタの存在は大きい。
「では、東門へ六刻に合流、そして合流次第出発、という形で宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。調査のための道具など部屋に置いたままですので。直ぐに準備して東門へ向かわせて貰います」
東門で再集合の約束を取り付け、旅の準備を始める。
数日分の着替え、各種装備、保存食など旅に必要なものを準備する。それなりの大きさに膨らんだバックパックを背負い、俺達は東門へ向かった。
先に東門で待っていたのはアンリエッタだ。黒のローブに白いケープ、少し高級そうな旅装だ。それに小盾と腰には細い剣を装備しており、大きいバックパックを背負っている。中身は恐らくあの鎧だろう。あの全身鎧を着ての移動は大変なのだろうが、荷物になるのではないだろうか。彼女に聞くと、彼女のバックパックは軽量化の魔力付与が施された魔導具らしく、実際に背負ってみるとかなり軽く、その重さはせいぜい十キログラムも無いほどだった。
程なくしてやってきたのはジャックだ。革製の軽装備を一式身に着けている、武器は短剣に投擲用の小型のスティレットが数本用意しているようだ。
最後にやってきたのは依頼主のギーシュ。布製の服に革のベストと身軽そうな旅装に最低限の武装としてショートソードを腰にしている。荷物は少し大きいが恐らく調査用の道具などが詰まっているのだろう。
「じゃあ、皆さん準備は宜しい様ですね?これから数日間、護衛を宜しくお願い致します」
ギーシュが最終確認を行い、全員が頷く。俺達は東門をくぐり抜け、エルダの街から南へと進路を取る。
「今のうちに目的地までの動きと戦闘時の動きについて決めとくか。移動時はセオが一番前、殿はアンリでいこう。護衛対象のギーシュとクリスは真ん中だ。俺は少しだけ先行して周囲の索敵をする」
街道を歩きながらジャック主導でフォーメーションの確認を行う。この依頼の要は護衛対象となるギーシュの死守だ。どこから襲われても対応できるようにギーシュはフォーメーションの中心に置いておくのが最善だろう。全員ジャックの案に異論はない。
「で、戦闘時だが前衛はセオとアンリだ。んで一番後ろはクリス。ギーシュは真ん中に置いて俺はギーシュの側に回る。状況次第でクリスと入れ替わる形だな。万が一の場合は移動時の隊形で俺がギーシュを護衛しながら逃げる形を取る、それでいいな?」
流石にベテランの盗賊だ。こういった方針を直ぐに決められるのは心強い。全員がジャックの話を聞き、直ぐにその通りの隊形を取る。
初日は斥候となったジャックがすぐに魔物を発見し、無駄な戦闘を避けながら南へ歩を進められた。
街道が大きく東へ逸れる辺りで、初日の野営をすることになった。
「今日の所は街道を進めたお陰で魔物との戦闘を避けられたが、明日からはそうもいかないだろう」
「野営中の見張りはどうしましょうか?」
「そうだな、取り敢えずは全員が起きてる間はアンリとセオで頼む。夜中は俺とアンリ、セオとクリスの二交替で行こう。ギーシュは護衛対象だし冒険者じゃねえ。一番足が遅いのもあるから無理をさせて移動時間を増やすのは避けたい。ギーシュにゃあゆっくり休んでもらう」
野営の体制を確認し、各々が野営の準備に取り掛かる。この日は特に何も起こることはなく夜が更けていった。




