第二十四話:不足分
あれから一ヶ月、幾つかの依頼を俺達はこなして見たがそのうち色々と問題点が見えてきた。まず盾役となる戦士だ。
少数の相手ならば俺が抑えていればいいが、多数の魔物の群れとの戦闘ではどうしても討ち漏らしが発生し、クリスは接近戦を強いられる。クリス自身、接近戦はてんでからっきし、というわけではないが流石に俺程ではない。
ランクBの依頼ゆえに、魔物が群れで出現しても何とかなっている場合は多いが時には危険な状況もあった。
現状のままではランクA以降の任務で群れの相手は難しい。それを鑑みると魔物の注意を引きつける盾役となる人間は今後必要になるだろう。
次に必要なのは盗賊だろう。時には移動に数日かかる依頼もあった。その際、道中の斥候、これが有ると無いとでは戦闘に移る時に大きな差ができる。
それに盗賊は冒険者として必要な知識を多く備えている。先日、猛毒蜂の巣の駆除の依頼を受けた際、巣を駆除する所までは良かったが、その時に十数匹の猛毒蜂との戦闘になった。その戦闘中、俺は辛くも無傷で猛毒蜂を撃破したが、数匹の猛毒蜂がクリスに襲いかかった。
クリスは猛毒蜂を撃破したがその時に猛毒蜂の一刺しを受けて猛毒に冒された。予めジャックから毒対策の準備を聞いていた為、その場で解毒をし事なきを得たが、もし予めジャックから猛毒蜂の対策を聞いていなければクリスは死んでいたかも知れない。
斥候役がいれば大抵の戦闘はアドバンテージを握った状態から始められる。リスクを減らす上でもこれは重要な事だろう。但しこちらに関しては宛がある。そう、ジャックだ。彼はベテランの盗賊故に、経験も知識も豊富だ。きっと役に立つだろう。
兎にも角にも、俺達はギルドへ向かいパーティーの勧誘を始めることにした。
「ジャックさん、俺達のパーティーに入りませんか?」
「んあ?俺か?どうした急に。というか俺でいいのか?」
まずはジャックの勧誘だ。ジャックにパーティーの参加を打診すると、少し驚いたような顔で聞き返してきた。
「いえ、寧ろジャックさんだからです。今この街にいる冒険者で経験が豊富な盗賊はジャックさんぐらいです。今俺達はパーティーのメンバーを増やそうと思っています。その上で相談できる人間も欲しいので」
そう、経験の多い冒険者は全体の方針の助言もできる。斥候役と相談役を務められるであろうジャックはまさにうってつけだ。
「おい、ジャック!久しぶりじゃねぇのか?相手から声かけられるってよ!」
「そうだそうだ!受けてやれよ!酒ばっかり飲んでねぇでたまには冒険者らしくしてみたらどうだ!」
「それにAランク冒険者様から直々にご指名だぜ?この街じゃ滅多にねぇいい話じゃねぇか!羨ましいぜオイ!」
ジャックの周囲から次々に野次がとぶ。この街にいるAランク以上の冒険者は少ない。故にAランク冒険者からの勧誘はかなり名誉なことだ。大抵の冒険者は直ぐに話を飲むだろう。
「お、おう…だがいいのか?もう四十二のオッサンだぞ?それに戦闘はそこまで得意じゃねぇんだ、役に立てねぇかも知れねぇぞ?」
ジャックは自分を卑下しながら確認するように聞き返してきた。恐らくは長らく冒険者としてパーティーに参加してはいなかったのだろう。だがこれまでジャックの助言が俺達の助けになっていたのは事実だ。この男の知識は本物だ。信頼できる。
「いえ、ジャックさんの知識は必ず役に立ちます。断言します」
「そこまでいうんなら…。解った、セオドア。お前のパーティーの盗賊、この『裏道のジャック』が引き受けよう。」
こうして盗賊『裏道のジャック』が俺達のパーティーに参加することになった。選ばれなかった他の冒険者達は相変わらずブーイングを飛ばし続けている。
「それと…盾役となれる戦士の方が欲しいところですね」
「ああ、俺だけじゃクリスとジャックさんを同時に護るのは厳しいからな…ジャックさん誰か心当たりはありませんか?」
多くのブーイングを無視して話を進める。次に必要なのは盾役の戦士だ。
このギルドには多数の戦士がいるが大抵はD~Bランクの戦士だ。盾役も実力など信頼できる人間でなければならない。俺達がこの街に来て一ヶ月程経つが、まだ信頼出来るような冒険者には出会っていない。
「んー…一応実力面で言えば間違いなく信頼できる奴はいるんだが…アイツは…なぁ…」
ジャックには心当たりがあるようだが言葉を濁す。どうにも歯切れの悪い返答だ。
「どうかしたんですか?」
「アイツは…いや、お前ならあるいは…」
ジャックの心当たりはどうにも問題があるのだろうか。実力的に信頼できるのであれば俺達にとっては願ってもない話だが。
「セオドア、剣の腕に自信はあるんだろう?」
「ど、どういう事ですか?」
唐突にジャックが俺の実力について問い質す。突然の質問に面食らってしまったがそのまま俺は頷いた。
「じゃあ、『剛壁』のとこに案内してやる。戦闘の準備をしとけ」
ジャックはそうとだけ言い、東の居住区、騎士区へと案内した。
目の前には貴族区の屋敷と遜色ない大きな屋敷が建っていた。
「これは…下級騎士の屋敷ですか?」
「いや、違う。冒険者の屋敷だ」
この街に住む冒険者の屋敷だろうか。非常に大きい屋敷だ。ジャックが玄関の大扉を開ける。
「『剛壁』!いるか!」
大扉の先は綺麗に磨き上げられた直線の廊下があった。貴族の屋敷のように美しい調度品の数々が並んでおり、未だにこの屋敷が冒険者のものだとはにわかに考えにくい。
程なくして、廊下の奥から桃色のウェーブの入った長髪を下ろした長身細身の若く美しいの青白磁色のケープを纏った女性が現れる。女性はやや不機嫌そうな顔で此方を睨んでいる。
「なんですか『裏道』。騒々しいですわね。今私はお茶の時間です、お引き取り頂けないかしら?」
「『剛壁』、用があるちっと面貸せ」
女性は面倒くさそうにジャックをあしらおうとするが、ジャックの言葉を聞いた瞬間、途端に様子が豹変する。
「おんどれェ誰が『剛壁』じゃァ!そこに直れェ!たたっ斬ってくれるわァ!」
「ヒィッ!?」
ものすごい剣幕だ。ジャックは恐怖か固まってしまう。どうやら自分の二つ名をかなり嫌悪しているらしい。廊下に並ぶ調度品の剣を掴み取り、ジャックを叩き切ろうと大きく振りかぶった瞬間に俺達に気付いた。
「あら、そちらの方は?私に何か御用でも?」
先程の剣幕が何もなかったかのように元の美しい顔に戻る。
「お、おうアンリエッタ、お前に用があんのはこいつらだ」
「は、初めまして、セオドアと申します。」
「クリスです、宜しくお願い致します。」
女はアンリエッタというらしい。二つ名で呼ぶとさっきの様に突然キレかねないので、こちらで呼ぶことにしよう。
アンリエッタは「あら」と言いかけると奥の茶室へと俺達を案内してくれた。アンリエッタは自分で淹れた紅茶を振る舞ってくれた。そして椅子に腰掛け優雅に紅茶を口に運ぶ。
「それで、『裏道』。用というのは?もしかして縁談でも?」
「違ェよ。用があるのはこいつらだ」
「もしかしてこちらの方が縁談を?」
「それも違う。こいつらの用は冒険者としてだ」
アンリエッタは縁談ではないと聞くと「ふぅ」と嘆息した。アンリエッタは見るに二十代前半から半ばといったくらいの年頃の女性だ。結婚願望が強いのだろうか。かなり切羽詰った様に縁談にこじつけようとしていた。
「冒険者として?私、弱い殿方とパーティーを組む気はありませんわ。それに私、現在貴族の嫁となるべく努力しておりますの。冒険者は廃業するつもりですのよ。ですのでお引き取りくださいまし」
「こっちのセオドアがお前より強いと言ったら?」
アンリエッタはジャックの申し出をにべもなく断ろうとするが、ジャックの一言で表情を変えた。その美しい表情は冒険者や騎士の険しい顔へと変わっていた。アンリエッタは手に持っていたティーカップをソーサーに置き、不敵に告げる。
「へぇ、そちらの殿方が?見るからに子供、にわかには信じ難いですが…私より強いと?面白いですわね。いいでしょう、今夜、陰の四刻、守護騎士団の練兵場へとおいでなさい。あなたの実力、見極めて差し上げましょう」
ジャックは「後は任せた」と言わんばかりに嘆息して俺の肩を叩く。なるほど、アンリエッタは見た目こそ貴族のお嬢様のような見た目と仕草をしているが、武人気質の冒険者か。しかし、俺もあの女性が『剛壁』と呼ばれる防御に長けた戦士とは信じられなかった。
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その夜、俺は戦闘の準備をし、クリスとジャックを引き連れて貴族街の練兵場へ向かう。
練兵場の中には松明が灯され、一人の鎧騎士を除いて他に誰もいなかった。その光景は練兵場というよりは闘技場だ。
白銀のスリムな全身鎧とフルフェイスの兜に全身を包み、自身の身長の半分程の大盾と槍を握った騎士のような姿が一人佇んでいた。その姿は松明と月の明かりに照らされ美しい輝きを放っている。
「来ましたわね」
鎧騎士がそう言うと騎士は槍と盾を地面に突き立て、空いた両手でフルフェイスの兜を外す。そこには昼間に見た桃色の美しい長い髪をした若い女性の顔があった。
「私の名はアンリエッタ。このエルダのA+ランク冒険者。この私の槍と盾、抜けるものなら抜いて見せなさい!」
アンリエッタは不敵に笑い名乗りと口上を告げる。フルフェイスをかぶり直し、そして槍と大盾持ち直し構える。
鎧騎士『剛壁のアンリエッタ』が俺の前に立ちはだかる。




