第十六話:盗賊
バーナードの依頼で彼らの護衛の旅を始めて三日目、夜も更け見張りの交代のタイミングで俺とバーナードは会話をしていた。
「実は我々は王都から逃げてきたのです」
さらりとバーナードが爆弾発言を零す。
「多くは聞きませんが、何かあったのでしょうか?よければ聞かせて頂いても?」
動揺を隠して、理由を聞く。
「いえ、よくある貴族のお家騒動ですよ。つまらない話です」
バーナードが目を伏せて話す。
「私は王都の下級貴族、レイノルト・フォン・ティベリウス子爵に仕えていた執事です。レイノルト様にはなかなか男児の子供ができず、年老いて漸く出来た子供がハウト、いえ、ハウトリウス様なのです。エルザ、カペリーヌ様がその後に生まれたレイノルト様の娘です」
「で、家を追われ、旅人を装い王都から逃げてきた、と?」
「そうなります。レイノルト様の弟君、ガーランド様には既に成人した男児がいました。既に周囲はその弟君の息子が本家を継ぐものと考えておりましたが、レイノルト様は自身の息子であるハウトリウス様の存在をつい明かしてしまい、それが原因で分家筋が叛旗を翻し、レイノルト様と奥様は斬られました。
私はレイノルト様の遺言に従い、ハウトリウス様とカペリーヌ様を連れ王都から脱出し、旅人を装ってエルダの街へと逃げていました。そして現在に至る、と言った所で御座います」
なるほど、物腰の柔らかさは執事ゆえか。俺は納得がいった。これまでハウトやエルザを呼び捨てにしていたのも大人が子供を様付けで呼ぶのは私たちは貴族ですと言っているようなものだ。そうすれば怪しまれる。
分家のガーランドにとってはハウトの存在は厄介な存在だ。本家の長男とあればほぼ間違いなく家督の継承権は優先される。それまで分家の立場に甘んじ虎視眈々と本家の座を狙っていた所を突然梯子を外された形となる。ガーランドとしては面白くない話だろう。
「我々は貴族のしがらみを疎ましく思っています。元々ハウトリウス様もそのつもりはなく、レイノルト様もガーランド様の分家筋に家督を渡すつもりでしたが、不用意な発言がこの悲劇を生んだのです」
話を聞くと確かに事の発端はレイノルトの不用意な発言だ。それが原因でハウトとエルザは現在王都で命を狙われている。はた迷惑な父親だ。
「我々は貴族のしがらみから離れ、地位を捨て、別の土地で静かに暮らしたい。それだけなのです。その為に我々はグリモルデ大魔大陸にある連邦国家、ルミネシアを目指しているのです」
バーナードは目を伏せ、淡々と話していた。しかしそこで一つ疑問が頭に浮かぶ。
「なぜ、その話を僕達に?僕たちはまだ子供です。どこかでうっかりその話を漏らしてしまうかもしれませんよ?」
俺の質問を聞くとバーナードは薄く笑いながらこう話す。
「見ず知らずの人間を助け、親切にも護衛まで引き受けてくれた。その後も護衛とは言え、必死に我々を助けてくれる貴方を信用して、です。現に我々は三日間で何度も魔物集団に遭遇しましたが一切の怪我もなくここまで来れました。ひとえに貴方方のお陰です」
「解りました。この話はここだけの話。聞かなかった事にしておきます」
俺はそう言って櫓を後にし、ターフの下で横になり眠りにつく。
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「敵襲!」
辺りが闇に包まれる中バーナードの声で俺とクリスが目を覚ます。
薄暗い月明かりの中に十数人の人影が映っている。人影はそれぞれ剣や短剣を握っていた。
「バーナードさんはハウトとエルザを!クリス!辺りを照らしてくれ!」
俺は二本の剣を抜き、クリスとバーナードに支持を出し人影の前に躍り出る。
「兄様!目を伏せて!照明弾!」
クリスの魔術が発動すると小さな強い光を放つ光源が上空に放たれる。
人影は全て毛皮のような服と黒いズボン、腰布を巻いている。
魔物ではない。奴らは盗賊だ。
クリスの放った照明弾に目が眩み、僅かに蹌踉めくも直ぐに武器を構え直す。
幸い弓矢を持った敵はいないようだが殺傷能力の高い刃物を持っている。油断は禁物だ。
「ハハッ!子供ばかりじゃねぇか!楽勝だァ!」
「坊主、剣はちゃんと使えんのかぁ?」
こちらはバーナードを除き、皆子供だ。盗賊たちは此方を舐めてかかっている様だ。
俺は息を飲む。今までは魔物が相手だった。魔物相手なら言葉も通じない。物を言わぬ魔物に対しては命を奪うのに躊躇いはない。しかし今回は人だ。相手は此方の命まで奪うつもりかは解らないが、場合によっては命まで奪おうという考えはあるだろう。しかし俺達は今まで人を殺したことはない。俺は躊躇っていた。
そう考えている内に一人の盗賊が襲いかかる。
「大人しく荷物を寄越しなァ!」
命も荷物もくれてやるつもりは毛頭ない。実力で言えば俺やクリスのほうが圧倒的上だ。俺はショートソードの刃を逆に返し、直剣を収めてショートソードだけを手に持った。
襲いかかる盗賊を一瞬で叩きのめし意識を奪う。峰打ちだ。
「返り討ちに逢いたくなければ退け!さもなければ全員この男と同じ目にあうぞ!」
説得ができるとは思えないが声を上げ威嚇する。やはり効果はなかった。
「野郎やりやがった!このクソガキ!舐めやがって、ぶっ殺してやる!」
盗賊達は逆上し、一気に襲い掛かってくる。寸でのところで躱し、カウンターを加える。
剣を使えば瞬く間に全滅できるだろうが、相手は人だ。殺したくはない。俺はショートソードで峰打ちにして一人ずつ倒していくしか無かった。
盗賊たちは一人、また一人と倒れていく。半数程を叩きのめした所で後ろから少女の叫びが響く。
しまった、別働隊だ。
「へへ…ガキィ、だいぶ腕が立つようだが、ここまでだ!」
後ろを振り向くと、剣を持ったバーナードが肩から血を流して膝をつき蹲っていた。所詮はただの執事。戦闘を本職としていない為、剣の腕は人並みだ。普段から命のやり取りがつきまとう盗賊に比べれば、実力は劣る。
「兄様!」
「おっとぉ、動くなよォ?命が惜しけりゃ動くんじゃね。」
俺はクリスの叫びに反応するが、盗賊の言葉の前には剣を下げるしかなかった。
「まぁなんだ、俺たちゃ別に命を奪おうってんじゃねぇ。仲間の命も取られちゃいねぇだろうから荷物さえ頂けりゃ命だけは見逃してやるよ」
男は顔をニヤつかせて言い放つ。
「なりません!セオドア様!」
「てめぇは黙ってろ!」
「ぐうっ…」
盗賊が叫ぶバーナード蹴り飛ばし無理やり黙らせる。
「兄様…。覚悟しましょう」
クリスが目配せをする。俺も腹を括ろう。
俺はショートソードを置く。
「へへ…それでいい。ほぉ…このガキなかなかの上玉じゃねぇか。奴隷にして売り飛ばすか…へへへ」
そう言いつつ盗賊がクリスの膨らみ始めた胸をまさぐろうと手をのばす。
俺は今直ぐにでも叩き斬りたいと思う気持ちを堪え歯軋りしていた。
「別に触られて減るものでもありませんが、その汚い手で触られるのは些か不快ですね」
「ぐあァッ!」
クリスが口を開き、手に魔力を溜めながら懐から出した短剣で盗賊の手を突き刺す。クリスの行動に盗賊が逆上する。
「…ンのガキがァ!ナマ言ってんじゃねぇ!ここで犯してやろうかァ!」
盗賊がクリスに襲いかかる。
「火球!」
後ろ向きのクリスから放たれた火球は盗賊に直撃し爆炎を伴い炎上した。盗賊は一瞬で炎に巻かれ炭クズとなった。
「野郎、やりやがった!野郎共、容赦すンな!ぶっ殺しちまえ!」
盗賊は仲間の死に逆上し、一斉に襲いかかる。最も前にいた俺に盗賊たちの凶刃が一斉に迫る。
ヒュッ…。
剣が風を切る音だけが響いた。振り抜かれたのは俺の腰に収めていた直剣だ。
赤い血が数滴、俺の頬を濡らす。
その瞬間盗賊達は腹から血を吹き出して地面に崩れた。
もう、躊躇いはない。俺も、クリスも。
残る盗賊達は三人。二人が破れかぶれで斬りかかる。俺はふらりと上体を反らし、片方の盗賊のがら空きの腹を剣を薙ぎ払う。勢い余ってもう一人の盗賊が転倒する。転がって起きようとするが俺は短剣を持つ手を踏み、俺はその腹に剣を無言で突き立てる。俺は残る一人の男を据わった眼で睨みつけた。
「ひ、ヒィッ!く…くそっ!なんて強さだ…俺は死ぬのはゴメンだァ!」
最後の一人が背を向けて逃げ出す。
クリスが魔術を放とうと手をかざすが、闇に溶け込もうとした影が脳天を割られ絶命する。影から大柄な髭面の男が大斧を担ぎ姿を現した。
「ケッ、ガキ相手になんてぇザマだ。役立たずの穀潰し共め」
盗賊の首領だろう。今までの下っ端と比べ、明らかな実力の違いがわかる。
「へへ、おいガキィ、俺の子分にならねぇか?てめぇはこんな役立たず共と違って役に立つ。俺について働いちゃあくれねぇか?アン?」
いかにもテンプレな盗賊のスカウトだ。乗る気はない。そんな要求に耳を貸すつもりなど毛頭ない。
「断る、さっさと帰れ。気分が悪い」
俺はふつふつと滾る激情を仕舞い込み、帰るよう促す。
「オイオイ、おっかねぇな」
そう言いながら盗賊の首領が斧を構える。
「そうかィ…だったら、死んでもらうぜェ!」
盗賊の首領が両手で斧を振り下ろす。俺は後ろに飛びその一撃を躱す。
凄まじい威力だ。振り下ろされた斧が地面を抉り、石や土を弾き飛ばしていた。
「今ならまだ許してやる。そこで暢てる子分を担いでさっさと失せろ。」
最後の忠告だ。これ以上はもう見逃す気はない。
「ガキが図に乗ってんじゃ…ねぇェェェ!」
盗賊の首領が斧を振り回す。だが遅い。斧は重量のある武器だ。当たれば重いが避けるのは容易く、返りも遅い。連続で振られる斧を掻い潜る。避ける中で斧を掠らせたか、頬に薄い傷ができ、そこから血が流れる。
後ろで赤い光が輝くのに気づきバックステップで俺は距離をとる。
「爆炎」
その瞬間、盗賊の首領の眼の前で爆発が起こる。クリスの魔術だ。
突然発生した爆発に盗賊の首領は顔を焼かれる。
「ぐおおおぉぉぉォォ!クソガキがぁァァァ!」
盗賊の首領は爆炎に焼かれ顔ごと潰された眼を押さえて斧を振り回す。
俺は振り回される斧を擦り抜け、盗賊の首領を袈裟に斬り捨てる。
「こんな…ハズは…ぐふっ…」
盗賊の首領は体から血を吹き、膝から崩れ落ちた。
俺の体はその返り血で赤く、黒く、染められていた。




