第十五話:黄金街道
俺達は旅の途中、血熊に襲われていた旅の一行を救出、そのまま彼らから護衛の依頼を請け、東にある街、エルダを目指して黄金街道を進んでいた。
「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね。お伺いしても?」
護衛の依頼を引き受けたはいいが、まだ名前を聞いてすらいなかったので、依頼人の名前を聞く。
長身の青年はたしか、バーナードとか言っていた気がするが。
「ああ、私としたことが、失礼。私はバーナード。こちらの少年がハウト、で、そっちの少女が…」
「エ、エルザ、…です」
「なるほど、僕はセオドア」
「妹のクリスティンです」
お互いに自己紹介を済ませた。先程倒した血熊を解体しながらバーナードと話す。
「エルダまではどれくらいの日数を要しますかね」
「恐らくではありますが、ここから三日程…私達の足ならば四日はかかるものかと思います」
「なるほど。皆さんは戦闘の方は?」
「私は少しであれば、エルザは炎属性の初級魔術ですね。ハウトは短剣を持たせていますが魔物とは戦えませんね」
「了解しました。では前衛は僕が、クリスは三人を護ってくれ。バーナードさん、戦闘になったら二人が離れないようにしてください。離れられると恐らく守りきれないと思いますので」
「解りました、善処いたします」
バーナードは話せる男だ。此方の質問にスラスラと答えてくれる。
血熊からは毛皮と肉、爪、牙、そして肝を剥ぎ取った。肉と肝は氷魔術で冷凍し革袋に放り込む。ハウトとエルザは恐らく解体の現場を見たことがないのだろう。グロテスクな血肉を見て少し離れた位置で吐いていた。
バーナードは特にそんな様子はなかったが俺達は慣れた物だ。村の自警団で討伐した獲物をそのまま村に持ち帰り解体をしていたため、魔物を倒せば解体する、というのが身に染み付いている。
血熊の解体を終え、不要な肉、可食部ではない内蔵、骨を焼き処分を終える。
一通りの片付けを済ませると旅を再開した。
道中、エルダの街についてバーナードから話を聞いていた。街の大きさは中規模、マクシミリアン帝国との国境にある関所に続く街道があるため、交易の拠点ともなっている街らしく、商業が盛んで、一通りの施設はほぼ揃っているとのこと。また、街には通行証がいるらしいが、持っていない場合は多少の金を積めば外でも通行証は発行できるらしい。少し肝を冷やしたがそう問題とする必要はないだろう。
ちなみにこの街道は黄金街道と呼ばれており、王都ヒルデガルダとエルダを結ぶ街道とのことで、多くの商人が利用する街道らしい。
魔物は厄介な魔物はそれほど多くなく、むしろ魔物よりも盗賊の方が厄介でとも言われている。
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しばらく街道を歩いていると、魔物の群れが立ちはだかる。軍隊小鬼だ。
それぞれが役割を持った小鬼の群れでカルマン村周辺の森にいたただの小鬼と比べて知能が高く、棍棒を持った小鬼戦士、弓矢を持った小鬼弓兵、初級魔術を使う小鬼魔術師が徒党を組んだ魔物の群れであり、まとめて軍隊小鬼と呼ぶ。
俺は荷物を放り、七体の魔物の群れと対峙する。
「敵襲!クリス、そっちは任せた!」
「弓兵は任せてください!飛翔物防御!」
「ハウト、エルザ!私から離れないように!」
クリスは弓兵を認めると防御魔術で護衛対象の三人を護る。バーナードは少年と少女が離れないように御している。
小鬼弓兵が矢を放つ。狙いは俺ではなく後ろの四人だ。しかしクリスの防御魔術がある。魔力も宿っていない矢ならば全く危険はなく、全てクリス達の前に全て落ちていた。
「ただの矢ならば、問題はありません。兄様、此方は大丈夫です。存分に戦ってください」
矢が通じない事に気付き、小鬼戦士が俺に襲いかかる。後ろでは小鬼弓兵が俺を狙うが小鬼戦士との同士討ちを避けるため射てないようだ。此方にとっては好都合だ。
「ギャアッ!」「ガアアッ!」
早々に小鬼戦士を斬り伏せる。
「ギャギャッ!ギャッ!」
同士討ちを避け、撃つことを躊躇っていた小鬼弓兵が俺に矢を放つ。
迫りくる矢を二本を躱し、一本を弾き返す。弾き返した矢が小鬼弓兵の脳天に突き刺さる。
小鬼弓兵達の影から火矢が飛び出した。狙いはクリス達だ。
「クリス、火矢だ!」
「わかってます!水柱!」
水柱が立ち上り火矢を防ぐ。
クリスが攻撃を防ぐの確認し、小鬼弓兵に駆け寄る。
二体の小鬼弓兵は弓では間に合わないと察したのか、懐から錆に塗れた短剣を取り出すが、一体を防ごうとする短剣ごと叩き斬る。その脇から小鬼弓兵が俺に短剣を突き立てようと突っ込んでくる。剣を捻り短剣を巻き上げる。そのまま袈裟に振り下ろし斬り伏せる。
前衛と中衛を失い、自分を護る仲間を失った小鬼魔術師が踵を返し逃げ出す。
巻き上げた短剣を掴み、小鬼魔術師に投げつける。投げた短剣は小鬼魔術師の項に深く突き刺さり、そのまま絶命する。
その横では薄紫の電撃が小鬼魔術師を貫いていた。クリスの放電撃だ。
「これで全部か」
「伏兵は…いないようですね」
周囲を確認するが、敵影は無い。襲撃は退けられたようだ。被害は無い。
「お見事でした。流石ですね」
「セオドアさん、かっこよかったです!クリスティンさんも!」
クリスに守られていた三人は俺達の戦闘を後ろからずっと見守っていた。
少年以外の二人は瞬く間に魔物のパーティを殲滅する俺達の実力に素直に讃えている。
「は、早く進もう!も、もう奴らはいないんだろう?」
大勢の魔物の襲撃に恐れているのかハウトは落ち着かない様子だ。正直鬱陶しい。
荷物を持ち直し、再びエルダを目指す。
以降の道中は魔物の襲撃もなく順調に歩を進められていた。俺とバーナードは情報の共有や野営時の打ち合わせを、クリスはエルザに魔術を教えながら足を進める。ハウトは話に入れず退屈そうにしているが誰も気にかけない。ハウトはいわばぼっち状態だ。邂逅時の印象もあり、俺とクリスは自分からハウトに話しかけなかった。
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バーナード達の護衛を始めて三日目の夜。俺達は小高い丘で野営の準備を始める。
俺とバーナードがターフの設置を行い、クリスとエルザが食事の準備を行う。落ち着きのないハウトには見張りを任せた。
「バーナードさん、旅には慣れてないと言ってましたが手際がいいですね」
「いえ、実際に長旅をするのは初めてです。知識としては知っていましたが。私も子供の頃は冒険者に憧れてましたので」
バーナードは器用だ。戦闘らしい戦闘はさせていないのでその実力の程は不明だが、大抵のことはそつなくこなす。剣も少々とは言っていたが戦闘時にいつでも動けるようにと剣は抜いていた。構えを見ても全くの素人というわけではないようだ。
「で、これをこうやって…そう。エルザちゃん上手ね」
「えへへ…クリスお姉ちゃん、ありがとう」
エルザはクリスに食事の準備を教わりながら手伝っている。エルザはクリスに懐いている。
それにしても、クリスって姉らしく振る舞えたんだな…。かつては兄様兄様ってくっついてきてたんだけどなぁ…。俺は妹の成長にうんうんと頷きながらバーナードと野営の準備を終わらせる。
野営の準備を済ませ、俺達も見張りに加わる。
ハウトが隣に来て何かを言いたげにそわそわとしていた。俺は彼から口を開くのを待っていた。
「な、なぁ…俺もあんたみたいに強く、なれるかな…?」
ハウトが唐突に話かけてくる。俺は簡単に応えた。
「そうだね、ある程度センスもあるかも知れないけど、真面目に鍛えれば、ある程度は、と言った所かな」
俺もクリスも恵まれていた。俺には父が剣術を、クリスにはガスターが魔術を。一流の講師がいたし、元々センスもあった。恐らく十二歳の時分としては同レベルの人間などそうはいないだろう。俺達は特例だ。
一般のレベルはカルマン村という狭い世界では分かりにくいがカルマン村の自警団の面々の隊長格以外の人間はそれほど強くない。騎士である父の指導の所為もあるがそれでもその辺の低級冒険者よりは強いくらい程度らしく、俺達は九歳ぐらいの頃には既に圧倒していた。
「皆さん食事の準備ができましたよー」
クリスが全員に声をかける。香ばしい芳醇な肉の匂いが辺りに漂う。
今日の夕食は血熊の肉と道中木に成っていた木の実を使ったスープだ。
土魔術で作った器に移し全員に配る。俺はスープを受け取り土壁で作った簡易櫓の上で食事だ。
旅が始まって直ぐは自身の我儘が原因で孤立していたハウトも輪の中に溶け込んでいる。少しは素直になり、我儘も無くなった。というより一度危機に瀕して頼りになる人間と俺達を認めたからだろうか。
俺は土壁の上で胡座をかき、スープを啜りながら見張りをする。時折狼のような獅子獣種のような影が近づいてくるが特に襲い掛かってくる様子もないので適当に石を投げて威嚇すると此方を向くなり直ぐに逃げていく。獣の本能だろうか、力の差を感じて諦めるのだろう。
食事を終えクリスがエルザに魔術の指導を、バーナードがハウトに短剣の扱いを教えていた。
エルザの魔術は初級だけでまだ拙いが本来ならあれが魔術師の普通だろう。クリスの方が異常なのだ。
エルザは最初は攻撃魔術は火矢だけしか使えなかったがクリスの指導もあり、道中で石弾を覚えた。
ハウト本人の希望もあり、俺は見張りの間に土魔術で石短剣を作り、ハウトに与えていた。先程の俺の言葉を素直に聞いて鍛錬を始めたようだ。
夜が更けバーナードはエルザとハウトを寝かしつけて土壁の上に昇ってくる。道中の野営は三交代態勢で見張りにあたっている。最初が俺、次にバーナード、そしてクリスの順番だ。クリスも二人の横で明日に備え既に眠っていた。
「どうにか無事エルダに辿り着けそうです。ありがとうございました」
バーナードが見張りの交代の際に声をかけてくる。
「いえ、まだ到着するまでは油断はできません。「百里を行く者は九十を半ばとす」とも言いますし」
「初めて聞く言葉ですが、そうですね、肝に銘じておきます」
前世の言葉を持ち出すがこの世界にはない諺のようだ。だが意味は理解したらしく、バーナードが剣帯のずれを正す。
「優秀な冒険者に出会えたことは我々にとって幸いでした。しかし貴方方はお二人ともお若いのに本当にお強い」
「実は僕らも冒険者としては駆け出しですよ?出会った日の前日、父に村から追い出されたばかりだったんですから」
俺はあの日の事実をそれとなく話す。
「ならば、恐らく貴方方を認めた上で送り出したのでしょう。良いお父様だと察します」
「ええ、本当に強く…、偉大な父です」
俺は最後に父に殴られた腹を擦りながら父を思い浮かべる。普段の父はとてもじゃないが間抜けで締まらない人だ。だが本当に締めるべきところはしっかり締める。俺から見ても格好いい男だ。
暗闇の中、薄ぼんやりとした光球の明かりの中、バーナードと話しながら夜は更けてゆく。




