031 メイド無双
後ろから肩を掴みかかろうとしてきたおっさんを屈みこんで躱すと、起き上がりざまに顎へ拳の一撃を入れる。
前方を確認すると、建物の影から飛び出してきたのは四人だ。どうやら武器の類は持っていないようだが、一番の不意を打ったはずの後ろのおっさんが速攻で無力化されたことに戸惑い、足を止めている。
今のうちに無力化すべく、右側の男へ向かって初速からのトップスピードで駆け出すと、未だに戸惑いの抜けない無防備な腹部に肘を叩き込む。
その場で崩れ落ちる男を放置し、そのまま流れるように左の人物へ向かうと、ようやく事態が飲み込めたのか腰からナイフを抜こうとしているが遅い。腰に回っている腕のせいでがら空きになっているわき腹に、力を掌に集中させて叩き込むと、面白いように後方へ吹き飛ばされる。
俺を引き連れようと向こうへ歩きかけていた痩せ男がようやく振り返るがそっちはスルーだ。
ようやくナイフを構えている残り二人へと駆け出すと、こちらも同じようにそれぞれ一撃で無力化する。
こちらを無言で見つめる痩せ男の表情が驚愕に彩られている。
「もう一回聞いてもいいかな?」
「……ひゃい!」
声を掛けたとたんに、驚きが怯えに取って代わる。
「あなたに付いて行けば、お姉ちゃんに会えるの?」
「……えっと、あの……」
じりじりと後ずさりながら言葉を濁す痩せ男。
手紙はただの餌で、ティアは攫われていないという俺の予想が当たったかな?
などと考えていると、痩せ男が勢い良く回れ右をしたかと思うと脱兎のごとく逃げ出した。
答えを聞かないまま逃がす気はないので、懐からすばやく針を取り出すと男の太ももに向かって投擲する。
「ぎゃっ!」
針は狙い違わず男の足へ吸い込まれるようにして突き刺さり、短い悲鳴を上げてその場で転倒した。
「――くそっ、話が違うじゃないか!」
文句を言いながらも立ち上がり、足を引きずって逃げようとするがそうは行かない。
勢い良く男の前に先回りすると、分かりやすいようにゆっくりとした動作で、懐からもう一本の針を取り出してから告げる。
「その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
針を見て真っ青な顔になった痩せ男は、何度も顔を縦に振っている。
「……ああ、何でも話す! 話すから、助けてくれ!
オレはただ、ここに来るかもしれないメイドの子どもは奴隷として売り飛ばせば高く売れるぞって言われただけなんだ!」
「誰に言われたの?」
「……知らねーよ!」
「ホントに?」
針を男の顔に近づけてもう一度聞く。
「――本当だ! 灰色のローブにフードをかぶった男で、どこの誰だかまではわからなかった……」
ほう。宿の女将さんに手紙を渡したヤツと同一人物か?
詳しく聞いてみたが、会ったのは昨日だということで、俺がここに明日来るかもしれないからという話を聞かされたようだ。
まあ確かに、宿で手紙を渡してから急いでここまで来ても、誰か俺を襲ってくれそうな人物に会えるという可能性も低いだろうが。
そしてティアについてはまったくもって知らないとのことだった。「姉は?」と聞いた瞬間、目を逸らして言い淀んだところで、予想通りだったかと確信を持ったがその通りだった。
俺を連れて行こうとしていた建物の中からはティアの気配はしなかったし、間違いないだろう。
さてと、この男たちをどうしようか。
街中で襲われたとすれば衛兵にでも突き出せばいいんだろうが、このスラム街ってどういう扱いなんだろう。というか六人も連れて行くとか無理じゃね?
あー、うん。もうめんどくさいし、放置でいいや。子どもが襲われたけど大人六人撃退しましたって言っても信じてくれるかわからんし。逆に疑われでもしたら余計に面倒だし。
よし、帰ろう。そうしよう。
時間はそろそろリミットの夕方だ。手紙の示す現場にいるが、特に何が起こるわけでもない。
俺を襲ったにしてはお粗末な相手だったな。見た目はただのメイドだし、冒険者ギルドの依頼も今のところ採集しか受けてないしね。侮ってくれて助かったとも言える。
痩せ男から話を聞いている間にも、一撃を受けて倒れていた男が何人かよろよろと起きだしていた。もちろん、痩せ男を尋問している俺を見てあわてて逃げて行ったが。
というわけで、しばらく待機していても何も起こらないので、そのまま帰ることにした。
「ただいまー」
「おかえりー」
太陽も沈んで薄暗くなるころに宿に着いた。その頃にはどうやらティアも戻っていたようだ。
攫われていなかったようで一安心だ。
「ところで、私を探してたみたいだけど、何か用?」
ああ、書き置きを読んだのかな? 出かけるけどティアにも用があるから宿にいてください。夜までには帰ります。みたいなことを書いた気がする。
「あ、うん。ティアに会えたから用は済んだよ」
と言って例の手紙を見せる。
「ん? ――えっ!?」
疑問に思いつつも受け取った手紙を見た瞬間に驚きの表情に変わるティア。
「ちょっと、ナニコレ?」
「うーん。わたしをおびき出すための罠? だったみたい」
「だったみたい……って、そこに行ったの?」
「うん。もしティアが攫われてたらどうしようって思って……」
「だからって……、わざわざ罠に飛び込むなんて、危ないじゃない」
責めるような口調だが、どこか優しさも含まれている気がするのは気のせいだろうか。
「この内容なら放置でよかったかもね? 命の保障はないとか書かれてないし」
「そういうもの?」
胡散臭い目でティアを見るが、ティア自身もあまり自信がなさそうな気がしないでもない。
「そういうもの!」
なんとなく俺に危険なことはして欲しくないという意図は読み取れるので、これ以上は突っ込まないでおこう。
「それで、行ってみてどうだったの?」
「うーん。そこらへんのゴロツキが襲ってきたけど、返り討ちにしたよ」
結局相手の目的は分からずじまいだったんだよね。例の伯爵様が怪しい気もするけど、否定ができないだけのただの予想だし。
というようなことをティアにも伝える。
「なるほど……。今後も何かあるかわからないけど、特に対策できることもないか……」
「そうだねえ」
うん、まあ考えても仕方がない。ちょうど階下からいい匂いも漂ってきているし、夕飯にはいい時間だ。
「そろそろご飯にしよっか」
ティアと二人部屋を出て階段を降り、宿屋一階に併設された食堂へと進む。さて、今日のオススメは何かな~?
二人席へと座ってからメニューを眺める。ここの食堂のオススメは日替わりなのだ。そしてメニューにはきっちりとオススメの中身も書いてある。
「ほうほう、今日は魚かな?」
オススメの欄には『ソウスキーのムニエル』と書かれている。ムニエルと言えば魚だろう。しかしこの辺って魚が取れるのかな? いやでもカニはいたし、どうなんだろう。
「いらっしゃいませ~。ご注文はお決まりですか~?」
赤い髪がチャームポイントの店員さんに声を掛けられた。
「オススメを!」
「あ、わたしも!」
間髪入れずにティアに先を越されたので俺も追随して注文する。
「かしこまりました~」
厨房へ引っ込んでいく店員さんを眺めながらちょっとワクワク。
「ソウスキーってなんだろう? お魚かな?」
この世界に来てからというもの、魚をまだ食べたことがない。海どころか川にすらまだ出くわしてはいなかった。
いや、小川程度ならあるけど、少なくとも食べられそうな魚がいそうなサイズの川ではないし。
「どうだろうねえ? この辺りじゃ魚は見かけないけど……」
ムニエルに思いを馳せている間に料理が運ばれてくる。早いな。
「お待たせしました~」
お盆に乗せたお皿とスープとサラダを二人分テーブルへと置いていく店員さん。
お皿に乗った料理を見た瞬間、疑問が沸く。
……これって魚、なのかな?
「いただきまーす」
疑問に思う俺をスルーしてティアはもう『ムニエル』に手を付けている。
まあ考えてもわからん。とりあえず食うか。
「いただきまーす」
一口食べたが、おかしい。魚じゃない。この食感はどう考えても肉だ。ムニエルって書いてあったのに。
「……おいしい、けど、魚じゃないね」
もしかすると俺の世界でのムニエルと、この世界のムニエルは違うものということだろうか。
「うん。おいしいね」
困惑顔のままムニエルを食べる俺をスルーして、ティアは黙々と肉を胃袋に収めていく。
結局俺は食べ終わるまで困惑顔のままだった。
翌日、朝から冒険者ギルドに来ている。
あれから少し話し合ったのだが、ひとまず普段どおりでということになった。そろそろ討伐系の依頼でも受けようかと話をしていたところだったので今日はその依頼を探しに来たのだ。
「何があるかな~?」
依頼が張り出されている掲示板へと若干の人を掻き分けて進む。討伐系の依頼が掲示してあるのは俺の顔の高さより上だ。
相変わらずティアが上段の依頼を物色し、俺は下段を担当なのだが討伐系ということもあり目線の高さ近辺のものしか探せない。
おや、オークの討伐依頼があるな。ちょうどいいかも。
「これなんてどうかな?」
そう言って手を伸ばした依頼票を掴むのと、自分の頭越しから伸びてきた腕が同じ依頼票を掴むのは同時だった。
無双は一瞬で終わりました……。