032 ランクCの冒険者たち
「ああん?」
依頼票を掴んだまま視線を後方へと向けると、そこにはいかつい冒険者が一人。焦げ茶色をした頭頂が若干薄くなりかけている、三十代ほどの男だろうか。オッサンがこちらを睨みつけていた。
うぬぅ。ここで引いては冒険者が廃る。
「これはわたしの」
後ろのオッサンを睨み返しながら一歩も引かずに呟く。
「おいおい、強気なお嬢ちゃんだな」
頭の薄いオッサンの後方で待機していた、同じパーティと思われるローブを纏った細い兄ちゃんが声を上げる。
「いいや、オレが先に目を付けた」
オッサンも負けてはいない。
「わたしが先に掴んだの」
俺も負けるわけにはいかない。なぜか負けてはいけないと心が叫ぶ。
「ああん? やるか?」
「おう、望むところよ。表へ出ろ」
俺はビシッとギルドの入り口を指差す。
「いいだろう、相手してやる」
オッサンはニヤリと笑ったかと思うと依頼票から手を離し、ギルドの表へと出て行った。
その後ろにいたローブの兄ちゃんがあわててこちらへ声を掛けてくる。
「ちょ、本気か? 大丈夫なのか?」
俺はというと、依頼票を剥がしてそのままカウンターへと並ぶ。表へ呼び出しておいて何だが、相手をする気はない。
「えっ?」
ティアは目を丸くしている。
「ちょっ!」
「ぎゃはははは!」
「まじかよ」
周囲からはドッと笑い声が上がる。良く見るとローブの細い兄ちゃんまで大爆笑している。同じパーティだと思ってたけど違うのかな?
そしてカウンターへ並ぶ順番が一人進んだ頃だろうか、ようやくギルドの外で俺を待っていたオッサンがキレてギルドに怒鳴り込んできた。
「おいクソガキ! 表に出てやるんじゃなかったのか!」
どうやらカウンターで依頼が処理されるまでは持たなかったようだ。
怒鳴り込んできたオッサンが俺を見つけると、他の冒険者を押しのけてこちらへやってきて胸倉を掴んで持ち上げられる。
「どういうつもりだクソガキ!」
「ん? 依頼票を先にカウンターへ持っていった方が勝ちっていう勝利条件を聞かずにノコノコ表へ出て行ったオッサンが悪いんじゃない?」
しれっとオッサンの怒りをスルーする。
そのセリフでさらに観客から爆笑が発生する。
オッサンは額に青筋を浮かべて言葉もないようだ。無言で俺の胸倉を掴んだままギルドの表へと出ると、俺を地面へと放り投げた。
「決闘だ! ぶっ殺してやる!」
子ども相手に物騒なセリフを呟いたオッサンに、通行人は何事かとこちらに意識を向ける。
その間にギルドからは好奇心旺盛な冒険者がゾロゾロと外に出てきて、あっという間に俺たちは人に囲まれた。
「ちょっと、アフィーちゃん、何やってるの!」
事の展開に若干着いていけてない感じのティアは混乱気味だ。俺は自分の意思でギルドの外に出たわけではない。
「さぁ? なんか決闘だって。――あ、これ持ってて」
掴んだままの依頼票をティアに渡して、オッサンへと向き直る。
「ええー? ……まあ、アフィーちゃんが負けるとは思わないけど……」
ティアのセリフが耳に入ったのかどうかはわからないが、ローブの細い兄ちゃんがティアへ駆け寄ってきた。
「ちょっと、止めなくていいの? ああ見えてゴルズはランクCなんだぜ?」
ほほぅ。ランクCの冒険者か。一般的にベテランと言われるランクCの冒険者と手合わせができるのはいい機会かもしれない。
「おい、ローグル! 合図を頼むぜ……!」
こちらを睨め付けながら、ローブの細い兄ちゃんと思われる人物へ向けてオッサンが吠える。
ローグルと呼ばれた男がティアへ仲裁を勧めたようだが、その結果を待つつもりはないようだ。早く始めろと急かしている。
「ちっ、知らねーぞ!」
周囲の人間で俺たちを止めようとする者はいない。俺に同情の顔を向ける人が多少いるくらいだろうか。
「レディー……、ファイッ!」
ローブの細い兄ちゃんから合図が上がる。
身構えると同時に相手をよく観察する。相手は頭に血が上ってるようだし、受けに回りますか。
オッサンを見やると足に力が集まっているのが見える。魔力ではないようだが、なんだろう。でも、なんとなくあの感覚は知っている気がする。
……俺が副隊長の見よう見まねでやってる歩法だ。だが、副隊長のそれに比べて随分と制御が甘いようにも感じる。
――来る!
オッサンが一歩を踏み出して、初速からのトップスピードで一気に迫ってきた。予測していた俺は半歩右にずれると相手の拳を躱して、カウンターで腹部に掌底を叩き込む。
と、オッサンが一メートルほど吹き飛びながら仰向けで倒れこんだ。
「あっ」
様子を見ようと思ってたのに、フェイントもなくまっすぐ向かってきたからつい、対副隊長戦を想定したカウンターを無意識で出してしまった。
実際に相手が副隊長だったら躱されていた可能性が高いのだが、そこまでの相手ではなかったようである。
野次馬たちが非常にざわついている。
吹っ飛んだオッサンは腹部を押さえながら呻いている。おお、思ったより頑丈だな。
もう片方の手を地面に着いてゆっくりと起き上がると、歪んだ表情のままこちらを睨みつけてきた。心なしが足がぷるぷる震えているようにも見える。
「くそっ、……ガキだと思って油断した」
なんだよ、まだやる気ですか。
「おいおい、ゴルズさんやられてるじゃないですかー」
「綺麗にカウンター入ったなあ、ゴルズも運が悪い」
どうも野次馬たちはオッサンの不運を笑っている節がある。まあ俺は子どもですし。
「まだ終わってねえぞ!」
掴みかからんと手を伸ばして来るが、どうやら足が動かないようで、その場にくずおれてしまう。
「……くそっ! ……オレの、負けだ!」
拳を地面に激しく打ちつけながら叫ぶオッサン。
「じゃあこの依頼はもらうよ」
ローブの細い兄ちゃんがオッサンに肩を貸してそのまま去っていく。
こちらのセリフを無視されたのかと一瞬思ったが、ひらひらと手を振っていたのでそうでもなかったか。
ティアを振り返って一緒にギルド内へ戻ろうとしたとき、二人の冒険者がこちらに近づいてきた。
「お嬢ちゃんつえーな! ――なあ、よかったらオレたちとパーティ組まないか?」
どちらも二十代を過ぎたばかりだろうか。どちらもスラッとした体型で、声を掛けてきたさわやかイケメンと、少し後ろに野生のイケメンと言ったところか。
さわやかさんは水色の髪を後ろにひとつに束ねて肩まで垂らしており、何か鱗のような光沢のある鎧を着こんで、細身の剣を提げている。
隣の野生のイケメンは、くすんだ青い髪があちこちに撥ねて散らばっているが、適当に散らした髪形に見えなくもない。グレーのローブを着こんで杖を提げているが、こちらのほうが筋肉質に見える。
あんたらお互いの装備品間違えてない? と突っ込まずにはいられない二人組みだ。
「……えーと、あなたたちは?」
ティアが俺に依頼票を渡しながら尋ねる。
そうそう、俺たちもすでにパーティを組んでるんですよ。
「ああーっと、これは失礼。オレはグリザリード」
後ろにいた野生のイケメンが自己紹介をしながら、さわやかイケメンの襟首を掴んで引っ張る。
「すまん、オレはスクラウドと言う。二人ともランクCだ」
「あ、そうなんですか。ティアリスです。ランクはDです」
「アフィシアです。ランクはEだよ」
「――えっ?」
さわやかスクラウドは若干の顰めっ面で、野生のグリザリードはポカンとした表情だ。
「えっと、ランクEって聞こえた気がするけど、Cの間違い……、だよね?」
断じて言い間違いでも聞き間違いでもない。俺のランクはEである。
「Eで合ってるよ」
「私たちと組んだらパーティのランクが下がるわよ?」
ティアの言葉に一瞬顔を見合わせる二人。「まじかよ。EがCランクをぶっ飛ばしたのか」などと聞こえたりしないでもない。
「そ。だから止めといた方がいいよ~」
やんわりとだが追い討ちをかけるようにお断りを告げる。
「いやいや、それだけ強いならランクもすぐに上がるでしょ!」
そんなことは問題ないとでも言うように突っぱねるグリザリード。
だがね、こっちにはパーティを組むメリットがないよね? ランクCが二人入ったところでパーティランクはDのまま変わらないだろうし。というかイケメンだろうが野郎はお断りですよ。
「うーん、実は受けたい依頼があってね……。ちょっとそれだけでも手伝ってもらえないかなあと……」
さわやかスクラウドさんは顰めたままの表情で懇願する。
ふむ。手伝って報酬を別途もらえるなら考えないでもない。マジックポーチは高いのだ。しっかり稼がないとね。
「どうするアフィーちゃん? 私はどっちでもいいけど」
「……条件次第だね」
ティアを見つめ返してニヤリと笑う。ティアは俺がマジックポーチが欲しいということを知っている。
「ほ、ほんとか!」
顰めっ面のスクラウドの表情が和らぐ。隣のグリザリードはほとんど表情の変化はなく、ピクリと眉を動かす程度だったが。
「あ、でも、この依頼が終わってからね」
俺は先ほど勝ち得たオーク討伐の依頼票をピラピラと目の前で振るのだった。




