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八甲田山転生 ~現代知識で雪中行軍を生き抜く。犠牲者は、出さない~  作者: 露李鈴
第六章 1902年1月27日(五日目)

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第四十七話 過去へ渡す未来

 夕刻。


 福島泰蔵フクシマ タイゾウ大尉を連れて、

 俺と、神成文吉カンナリ ブンキチ大尉で田代新湯の案内を続けていた。


 そして、田代新湯の母屋に入り、

 二階へ向かう階段の途中で、俺たちはふと足を止めた。



――――――――――


 薄暗い土間の隅、

 囲炉裏の明かりに照らされながら、


 二人の男が、真剣な表情で、

 帳面を突き合わせている姿が見えた。



 我が隊の兵站を支える、

 井上徳三イノウエ トクゾウ中尉。


 そして、弘前隊の田崎十三郎タザキ ジュウサブロウ中尉だ。



 田崎中尉は、井上中尉とは対照的に、

 どこか柔らかな物腰の男だった。


 体つきは軍人らしく引き締まっているが、

 押し出しの強さはない。


 むしろ、整った顔立ちと、

 落ち着いた目元が先に印象に残る。



「弘前隊の携行している餅と、豆……、

 それに、この宿に残された『米六七斗』を合算すれば……」


 井上中尉が筆を止め、眼鏡を押し上げる。


「二百五十五名が、明日一日、

 全力で行軍するための熱量は確保できますな……。

 ギリギリではあるが、不可能ではない」


「ええ、助かります」


 田崎中尉が、深く頷く。


 それは、昨晩、井上中尉が、

 長内氏と密に話し合った成果でもあった。


「青森隊がこれほどの管理体制を維持していたとは、

 正直、驚嘆のほかありません……」


 田崎中尉が、帳面の数字を几帳面になぞっていく。


 数値を突き詰め、

 現実的な「生」を計算する二人の合理主義者。


 彼らが、連隊の垣根を越えて共鳴している光景は、

 極めて頼もしく、また、美しいものに見えた。



――――――――――


 その背中を見つめながら、

 福島大尉が、噛みしめるように声を漏らした。


「そうだ、私が驚かされたのは雪濠設備だけではない。

 この『兵站』に対する思想、そのものだ……」


 腑に落ちたといわんばかりに、

 福島大尉は、乾燥している自分の手袋を見つめ、静かに続ける。


「私は、今回の行軍を成功させるため、

 荷を最小限に抑え、食料の補給や宿泊のすべてを、

 現地の民間に委ねる計画を立てた……」


「……ええ」



 * * *


 それは、決して間違いではない――


 現に、史実においては、

 その判断で、随行者に犠牲は出しつつも、

 弘前隊の三十七名は、全員、八甲田を踏破している。


 * * *



「兵の負担を減らし、機動力を最大化する。

 それが、雪中行軍の正解だと信じていたからだ……」


 福島大尉の理論は、この時代の軍事学として、

 一つの頂点で間違いないのだ。



「だが、貴官らは違った……」


 福島大尉の鋭い眼光が、俺を射抜く。


「案内人も置かず、自ら等高線地図を描き、

 この地獄のような深雪に、自力で拠点を築き上げた」


 信じられないといった福島大尉の表情。


「これはもはや『行軍』ではない……、

 一つの『都市』を山へ移動させているようなものだ……」



 * * *


 史実の悲劇――

 それは弘前隊が機動力を優先するため、


 案内人たちを、過酷な環境下で

 酷使せざるを得なかった歴史の悲劇。


 * * *



 この先、そんな悲劇を生み出さないためには、

 ここで俺が情報を伝えることだ――


「民間を頼ることは、

 平時の軍事学としては極めて合理的ですが……」


 ゆっくりと、俺は言葉を紡ぐ。


「この異常寒波は、

 民間の常識さえも容易く超えてきます……」



 自分で言いながら、皮肉な気もした。


 こんな未曾有の大寒波、

 元々、誰にも想定できるはずもないのだ。


 俺は、ただ少しだけ、

 その先に起こることを知っていたに過ぎない。



「頼るべき民家が雪に埋もれ、案内人が道を見失った時……」


「軍が自ら熱を生み出し、

 維持する能力を持っていなければ……その瞬間に破綻する」


「だからこそ『拠点の自己完結性』が不可欠だと、

 私は、考えました……」


 そこまで口にした時、

 胸の奥に、かすかな熱が灯るのを感じた。


(俺は、誰にむかって言ってるんだろうな……)


 これらの考え方は、それこそ、

 この「八甲田山雪中行軍遭難」の犠牲によって築かれるのだ。


 後に、自衛隊に引き継がれて「自己完結能力」と呼ばれる、

 組織的活動時の兵站ロジティクスの基礎として。


 その礎の犠牲となった人たちを前にして、

 俺は、ご高説を垂れている。


 我ながら、みっともないと思いながら。


 だが――

 それでも、今、

 この場で言葉にする意味はある。


 この人たちなら、きっと、

 さらに先に進んだ未来へ繋いでくれる。



「拠点の……自己完結性……」


 福島大尉は、その言葉を反芻しながら、

 その目を丸くしていた。


 福島大尉なら、今の知識から、

 より確かで豊かな未来を作り出してくれる。


 今日、出会ったばかりの相手を前に、

 不思議と、そう感じていた。



――――――――――


「二階へ参りましょう、山口少佐がお待ちです……」


 長引いてしまった話題を打ち切り、

 福島大尉と、神成大尉の両名を二階に促す。


 井上中尉たちの「二百五十五名分の粥」を巡る、熱い議論は、

 一階では、まだ続いていた。



 今、この瞬間にも、

 この田代新湯に居る誰もが、


 その内に「知識」と「経験」を積み重ねている。


 この「八甲田山雪中行軍」を経て、

 我々に「ひとつの強固な意志」が編み上げられているのを、


 俺は、確かに感じていた――


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― 新着の感想 ―
二隊行軍って目的地はどこだろうかと思って調べたら、青森駅まではまだまだ距離があるのね 救助隊がどういう決定がされて出されたかwikiを見てもよくわからなかったけれど、予定日を過ぎても連絡が無かったの…
宿に湯治客っていたんだろうか 食料をすべて使い果たしてしまったら客や従業員も施設を放棄して下山しなくてはならないのでは
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