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八甲田山転生 ~現代知識で雪中行軍を生き抜く。犠牲者は、出さない~  作者: 露李鈴
第六章 1902年1月27日(五日目)

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第四十六話 賞賛の痛み

 弘前隊の案内人たちの応急処置が、

 ひとまず落ち着いた頃――


 田代新湯には、ようやく、

 穏やかな時間が流れ始めていた。


 一歩外へ出れば、八甲田の風雪は、

 なお猛威を振るっている。


 だが、宿の周囲に整然と並ぶ「かまくら型雪濠」の列が、

 その暴風を和らげる外郭として機能していた。



――――――――――


「……信じがたいな」


 福島泰蔵フクシマ タイゾウ大尉は、

 軍服の肩に積もった雪を払いながら、

 感嘆とも、驚愕とも、つかぬ声を漏らした。


「この雪濠の構造――

 一体、誰が考えたのだ?」



「小林少尉の発案です」


 神成文吉カンナリ ブンキチ大尉が、簡潔に答えた。


 福島大尉の目が、

 ゆっくり、こちらへ向けられる。


「……」


 思わず、視線を逸らしそうになる。


 胸の奥にあるのは、誇らしさよりも、

 鈍い、後ろめたさだった――



 * * *


 史実において――


 福島大尉は、

 この雪中行軍を踏まえ、

 冬期行動の知見を体系立てていく先駆者だ。


 これまで、

 俺が、口にしてきたことの多くは。


 本来なら、

 福島大尉のような人たちが、


 命を賭して掴み、積み上げ、

 後世へ残していくはずだった知識である。


 俺はそれを、最初から、答えだけ知っている。


 * * *



(……こんなの、カンニングみたいなものだ)


 胸のもやを押さえ込み、

 俺は一歩前へ出る。


「入口を、一段低く取って、

 中に冷気の溜まる場所を作ってあります。

 それで、内部の暖気を逃がしにくくしているんです」


 説明は、最低限に留めた。



「……なるほど」


 福島大尉は短く言うと、

 自ら身を屈めて雪濠の中へ入っていった。


「うむ、実に合理的だ……」


 その静寂と、暖かさを、

 一通り肌で確かめると戻ってくる。



「我々が三本木で学んできた、

 雪を掘り、焚き火を囲むだけの露営とは、

 発想そのものが違う……」


 福島大尉は、

 もう一度、雪濠の列を見渡した。


「中は静かだ……外の風音が消え、

 この零下の世界が、壁一枚で別天地のように感じる」



(……根っから、研究肌の人なのだろうな)


 ただ感心するのではなく、

 体感したことをすぐに言語化し、

 構造として呑み込んでいく速さがある。


(……だからこそ、余計につらい)


 本来なら、この人たちが、

 ここから長い時間をかけて辿り着くはずだったものを、

 俺は先回りして差し出しているような気分だった。



 そんなことを考えながら――


「……図にするとこうなります」


 俺はしゃがみ込み、雪の上へ簡単な図を描いた。


「……冷たい空気は下に落ちるので、

 入口を下げるだけで暖気が抜けにくくなります」



「ふむ、単純だが、強い理屈だな」


 福島大尉が、すぐに応じる。


「こういうものは、聞けば分かるが、

 極限の現場で思いつけるかどうかが違う……」


 そんな一言が胸に刺さる。


 俺は、思いついたんじゃない。

 知っていただけなんだ。


 けれど、それを言えるはずもない。



「小林少尉の知識は、

 ただの思いつきではないな……」


 福島大尉は立ち上がり、まっすぐ、俺を見た。



「冬の八甲田という敵を、

 最初から、構造ごと理解していたかのようだ……」


「……軍人として最悪を想定しただけです」


 苦笑で返すしかなかった。


 まさか、百年以上先の未来を知っているなど、

 口にできるはずもない。



 未来を知るということは、

 この先、訪れることまで知っているということだ。


 この国が辿る末路も、また――


 そんなこと、

 語れるはずがなかった。



――――――――――


 そのまま、俺たちは、

 湯小屋の脇に広がる地熱の一帯へ、足を運んだ。


 そこでは、温泉の余熱で、

 地表の雪が部分的に溶けている。


 そこに、青森隊の兵たちが、

 弘前隊の濡れた外套や、靴下を並べていた。


 布地からは、

 かすかに白い湯気が立っている。



「……温泉の熱を、

 ただ、湯に浸かるためだけに使わぬのか」


 福島大尉が、

 乾いていく軍服を見つめながらに呟く。


「濡れた衣服では、

 明日も、また同じ地獄ですから」


「たしかに」


 福島大尉は深く頷いた。


「身体を温めるだけでは半分か、

 衣服まで熱を戻してこそ、部隊は明日も動ける、か……」


 福島大尉の理解の速さに、心が軽くなる。


 この人は探求心の塊だ。

 見れば学び、学べば、次に活かす。


 だからこそ、俺は思う。


 悩んで抱え込むくらいなら――


 こうした優れた人たちに、


 持てるものは、

 すべて渡してしまえばいいのかもしれない。



「小林少尉……」


 福島大尉が、不意に言った。


「貴官は、軍人というより、

 熟練の探検家か何かのようだな……」


「それは買いかぶりすぎです」


「いや」


 福島大尉は首を振る。


「雪、風、地形、熱――それらを個別に見ず、

 ひとつの戦場として捉えている」


 そして、わずかに口元を緩めた。



「正直に言うと、今、私は感嘆している……」


 その言葉に、一瞬、呼吸を忘れそうになる。


「この行軍で、最も得がたい戦果は、

 田代へ辿り着いたことだけではない……」


 福島大尉は、

 雪濠と地熱の帯、その向こうの母屋を見渡した。


「貴官のような知を、

 このような場で、直に目にできたことだ」


 胸の奥が、ずしりと重くなる。


 嬉しい。

 けれど、痛い。


 本当に優秀な人から向けられる賞賛だからこそ、

 なおさらだった。


「……光栄です」


 ようやく、それだけを返した。



 福島大尉は言葉を切り、吹雪の空を見上げた。


「少尉は、あれだ……まるで未来を見てきた、

 そう、予言者のようだな……」


「……はは、それは、ロマンがありますね」


 俺は、苦笑いをするしかなかった。



 この調子なら、いつか、どこかで、

 俺のことに勘づかれる日が来るのかもしれない。


 そんなことを、

 ふと、考えてしまうほどに――


 福島大尉の言葉は鋭かった。


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― 新着の感想 ―
>(……こんなの、カンニングみたいなものだ) カンニング上等。 命懸けなのだ。 使えるものは何でも使う。 知識のみではなく、現場で実践してみせたこと。 誇れ。貴殿の実力を。
>そんなこと、  語れるはずがなかった。 こういう事を語り出してしまうと仮想戦記定番の9月1日に帝都全体を巻き込んだ防災訓練とかをやることになりそう あとこれで雪洞の効果に注目されたら、雪の扱い…
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